第三章 花弔封影 PART13  (完結)

  13.


 9月9日。


「それではここで初七日の儀式を終えます。各自ご焼香をお願いします」


 千月の掛け声と共に遺族が焼香を始める。焼香を終えた弔い客は喪主に頭を下げた後、帰りの支度に入っていた。


「ありがとうね、黄坂さん」


 千鶴が振り返ると未橙が立っていた。憔悴している様子もなく背筋は伸びている。


「いえ、私は何も……」


「あなたがいたから英四郎さんは安心して逝くことができたわ。本当に感謝してるのよ」


 葬儀を終えた後の未橙は落ち着いていた。きちんと準備していたおかげなのかいつもとほとんど変わらない感じだ。


 午代が病室を移動して二週間。彼はゆっくりと息を引き取った。その死に顔はやすらかなものだった。


「英四郎さんはいっていたわ、あなたが死を恐れていないから自分も死を恐れるわけにはいかないと。死は精神を残すことができるんでしょう?」


 ――死ぬとは一体、どういうことだ? 教えてくれ、黄坂。


 生と死の授業が蘇る。あの時の午代は自分のことを考えながら授業に臨んでいたのかもしれない。


「そうです。死は全てがなくなるわけではありません。故人の言葉、思いは生き続けていきます」


「……そうね、私もそう思うわ」



 未橙の家に納骨の儀を済ませに行く。彼の遺影が飾られた時、千鶴はなんともいえない気持ちになった。


 未橙は今どういった心境にいるのだろうか。彼女の気持ちを改めて想像してしまう。彼女は兄を失い、生涯を誓った恋人まで失った。その思いは味わってみなければわからないだろう。


 リビングには未橙が扱っているピアノがあった。そこには『花弔封影』と書かれた絵葉書がある。その言葉が不意に脳裏を掠めた。


 私にも一つの影がある。それはただの憶測で本当の影ではないのかもしれない。だが考えれば考える程、辻褄が合ってしまう。


 もしそれが正しいのなら――。


「未橙さん……不謹慎かもしれませんが、今、あなたの気持ちが痛いほどわかります」


「ん? どうしたの?」


「いえ、何でもありません」


 慌てて首を振り、感情を押し殺す。


 私は今後どうやって、彼女に顔を合わせればいいのだろう。再び陰湿な考えが頭の中を巡っていく。彼女を苦しめるようなことはしたくないけれど、自分の感情を抑えることも辛い。


 ……どうして私は人のものばかり好きになってしまうのだろう。


 それはいけないことだとわかっているのに。既視感を覚えながらもその幻影に希望を見出さずにはいられない自分がいる。


 ……やはりこの気持ちだけは封じなければならない。


 千鶴はぐっと気持ちを押し殺すことに決めた。今の自分の感情を昂ぶらせても誰も幸せにはならない。私は未橙のように自分の中にある影を封じなければならないのだ。


 そう、のように――。


 千鶴は未橙をじっと眺めた。その姿には何の感情も見えず、ただ彼女の肉体が留まっているだけのように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る