三章 突然の出来事2

「それじゃあ、僕は行くよ」

「あ、うん。ありがとう。引き留めてごめんね。ク・ルゥちゃん見つけたら、お部屋に帰るように言っておくわ」

 魔法使いの背中に手を振ると、メグは道の両側に咲いている薔薇の間に立つ。南を向くと、迷路の入り口が見えていた。

 

 ――遠くに見ゆるはふぞろいのこびとの群れ

 ――祝宴の声を背に吹きすさぶ赤の丘へ


 こびとの群れが、祝宴を揚げている。それを背にして赤の丘。

 このこびとはすでに見当が付いている。小説の中で、こびとたちは重要な役割を果たす。真実の巫女である証の、巫女の印は水晶でできた錫杖だった。偽の巫女は、その錫杖そっくりな偽物を作らせて騙していたのだ。本当の錫杖は、このこびとたちが守っていた。

「このこびとは間違いなく小説の中のこびとよ」

 そうなると、赤の丘にも思い当たる点がある。錫杖があるのは、こびとたちが言う炎の山の中央にある真実の泉の中だ。しかし、こびとたちにとっての山は、女王アルメルダや氷の騎士ヴァルヴァナスたちにとっては丘でしかなかった。

 赤の丘の中央に泉。この庭でそれが当てはまるのは、噴水だ。

「中庭のだいたい真ん中にあるしね」

 メグは迷路を通り、噴水へとやってきた。


 ――古き女王は天を仰ぎ帳を下ろし

 ――新たな女王は日中に輝く

 ――闇の冠いただく女王


 古きと新たなは女王二人のことだ。ちょうど錫杖を手に入れたころに、新しい女王の戴冠式が行われていた。

 闇の冠をいただく女王がアルメルダのことになるのだろう。

 

 ――羽のある獅子が背に

 ――目覚めた氷は歩み出す

 ――雲雀の唄う春の野へは

 ――冬の茨が多かろう

 ――山査子の棘がはばかろう

 ――朝の夢はひそやかに

 ――凍れる騎士へいざなわれむ


 そのままさらに南へ向かい迷路を抜けて獅子のトピアリーにたどり着く。

「あ、でも冬の茨は冬薔薇だとすると西にあって、山査子は東にあるのね。アルメルダが獅子の背に乗って見るのは、西の方向だから冬の茨だわ。なんか変」

 そして、朝の夢。これは何か引っかかっているのだが、思い出せない。

 獅子のトピアリーの下で、鞄から小説を出してページをめくる。何か思い出しそうで出せない。

 そうやってしばらく無作為に拾い読みをしていたが、メグは声を上げる。

「あった。そうよ。初めての神託が、朝食の後のちょっとした合間にあったんだわ」

 アルメルダは、新しい女王が指名され、自分のこれからに思いを馳せているうちに少し眠ってしまったのだ。そこで、自分が巫女でもあると知らされる。

「朝の夢。そして氷の騎士をいざなうことになるのね!」

 それに、考えてみればゴールは錫杖のあった泉ではないか?

「西と東を茨で守られて、南には獅子。北から騎士が来る。迷路の真ん中の噴水へ仕向けられている気がする」

 メグは元来た道を戻り、白い石でできた噴水の周りを捜し出した。何か手がかりとなるような物はないか。

「あ、薔薇だわ」

 噴水は八方の側面に花が彫られていた。そのうちの南西に、薔薇のレリーフがある。ここがカサンドラの言っていた詩の指し示す場所に違いない。

「よし、一番乗り。うん。絶対にそうよ!」

 叫び出したい衝動を抑えて、メグは屋敷へ向かう。嬉しくて嬉しくて、気持ちばかりがはやり何度も転んでしまいそうになる。

 だが、ガラスの扉をくぐり、玄関ホールから二階へ上がろうとして、気付いた。

「だめ。前半が何も解けていない」

 自分は馬鹿だ。すっかり忘れてしまっていた。

 メグが解いたのは詩の後半。最初の一文はまったく解けていない。カサンドラが無意味な文を入れるとは思えないから、きっとこれだけじゃ解けているとはいえない。

 やり直しだ。

 それに、詩のメモを見て最後が違うのに気付く。朝の夢が騎士を誘うのではなく、朝の夢が騎士へ誘われるのだ。

 いままでのことは無駄だとは思えないが、その前半に隠された秘密で場所がまったく違ってくることはあり得そうだ。前半を解けば、この部分の謎も解けるかもしれない。

「うん。そうよ。そうに違いないわ!」

 メグは自分を元気づけて、そのまま階段を上がった。昨日はなんとなく、二階のカサンドラの部屋がある方には行きにくくて調べていない。そこを調べてみよう。吹き抜けになっていて、中庭に面した壁の方に左側の建物へ行く通路が通っている。中庭へのガラスの扉になっている一階とは違い、ベージュの壁紙に大きく丸いステンドガラスがはまっていた。ステンドグラスには、女王の戴冠式が描かれていた。

 西の棟に歩いて行くと、声がする。角を曲がればちょうどカサンドラとドナルドが彼女の部屋から出てくるところだった。二人は抱き合って、濃厚なキスをした。

 慌てて帰ろうと思うが、気付かれてしまう。

「お、マーガレットちゃんか」

 非の打ち所がない笑顔で、彼が笑う。仕方ないので頭を下げた。まともに二人の顔を見られない。こちらが恥ずかしがることなんてないのに、なんでだろう。ここまで堂々とされると、逆に周りが困る。

「詩の解読?」

 人なつっこい性格なのだろう。昨日も食事の席でずっと話し続けていた。

「だいたい謎は解けたかしら?」

 カサンドラに問われて、メグは首を振る。まだ素直に頷けない。

「とっても、難しいです」

「頑張ってね」

「はい!」

 元気よく答える。どうしても、彼女の前ではいい子でいたくなる。

「それじゃあ私は上に行くわ」

 そう言って、さらに奥へと歩いて行った。その手にはあの原稿がある。西の塔、執筆部屋だ。もう書くのをやめると言いながら、それでも彼女は塔へ行くようだ。最後の手直しがあるのかもしれない。

「俺はどうしようかな。マーガレットちゃん、詩の中の手がかり探ししてるの?」

「え、あ。はい、そうですけど」

「じゃあ俺も一緒に行こう」

 彼はいったい何を言い出すのだ。

「ええと、いいんですか?」

 不公平ではないだろうか。

「だって、俺、答えは聞いてないから。他の三人は何度もここに来てるんだろう? マーガレットちゃんは初めてだって聞いたし。ハンディは必要だよね」

 そうか? と反論する暇もなく、腕を引かれる。

「で? 今は何を探してるのかな?」

 強引な展開にどうしようかと思いつつも、お言葉に甘えることにした。一人で悩むよりも、他人の違った視点が突破口をもたらすことは多い。しかも彼はカサンドラと親しく、この屋敷にも随分と慣れている様子だった。

 メモを見せて、最初の一文を示す。

「これがどうしてもわからないんです。何が堕ち行くか。昼と夜って?」

「うーん。これは俺もイマイチぴんと来なかったところなんだよね……ああ、前にね、カサンドラがみんなに問題を出すっていうから、先に俺もやってみたんだよ。結局解けないし、まだ答え教えてもらっていないけど。そうだな、昼にあたるようなものは見つけた?」

 メグは頷く。

「玄関ホールの天井の部分に太陽が。実は今、『ヴァルヴァナス・サーガ』という小説がヒントになるんじゃないかとおもっているんです。その小説の中で、太陽の王座と、月の神殿というのが出て来て、太陽の玉座に座る王は、その玉座から身を引くとやがて月の神殿に閉じ込められしまうんです。もしかしたら、王の激務から逃れるために、一度は月の神殿で余生を暮らしたいと、そんな風に考えてしまう、これが堕ちるにあたるんじゃないかなって思って」

 これは今朝思いついたことだ。誰だって現実が忙しければ忙しいほど、一ヶ月くらい南の島でのんびりしたいと思うものだ。実際女王アルメルダもそんな想像に思いを馳せていた。けれどすぐに自分の責任等を思い出し、自分をなじり否定するのだ。

「うんうん。今までに出た案の中でも一番意味が通ってるね」

「今まで出た案?」

「俺の中で挙げられた案ってこと。それで。太陽は見つけたけど月は見つけられないってことかな?」

「そうなんです。太陽の近くにないかなと思ってるんですけど」

「なら俺の出番だ。みんなより先に謎解きにチャレンジしてただけあって、この屋敷中にあるシンボルについてはちょっと詳しいよ。行こう」

 彼の後についていくと、吹き抜けの横を通り、壁のステンドグラスも通り越し、一階への階段横、談話スペースまで来る。

「そのお話って、女王は出てくるの?」

「あ、はい。ちょうど女王から女王へ代替わりするときのお話なんです。王は巫女のお告げによって代わるんですけど、その巫女が買収されてて、不当に代替わりとなるんです。それによっていろんなことが引き起こされるんですけど」

「じゃあ、あのステンドグラスも、意味があるのかもしれないよね」

 そうだ。

 女王の戴冠式。

 小説の一場面にもある。

「と、言うのも。ホラ見える? 玄関のちょうど真上」

 何かがきらりと光る。

「あそこにもガラスがはまってるんだ。月の形をして。青いガラスに、三日月の黄色がはまっていて、年に二回ぐらいしかないらしいんだけど、ちょうどあそこから光が入って向かいの女王の戴冠のステンドグラスを照らすことがあるんだって」

 太陽の光が、月を通って女王の戴冠式に届く。

「天井の絵はおまけか、まあ、関係ないとして。もしかしたら、これのことかもしれないよね。何よりその小説に符号する」

「はい」

 となると、気になるのはその光の指し示す先。噴水まではいかないかもしれない。だいたいの角度を覚えて、下から見てみれば、何か道筋が見えるかもしれない。

「まあ、期限決められちゃってるから大変だろうけど、とりあえず今日一日ぐらいここから始めてみるのもいいんじゃないかな?」

「はいっ!」

 光の先を求めて、メグは歩き出す。

 ドナルドもついてくる。彼ははっきり暇だと宣言するのだ。

「カサンドラが上に行ってしまったからね。あそこに入ったら、僕もなるべく邪魔をしたくないし。宝探しの方が面白そうだ」

 断る理由もないので、一緒に行動することにした。

 階段を下りようとしたところへ部屋から出てくるアーサーの姿をみとめる。

「おや? ミトラくんはアドバイザーを手に入れたのか」

 なんとなく自分がずるい気がしてあたふたと言い訳を考えるが、先にドナルドが助け船を出す。

「三人はこの屋敷の常連なんだろう? マーガレットちゃんは初めてだって言うし、これくらいのハンディは必要だ」

 アーサーは彼の言葉にちょっとだけむっとするが、眼鏡に手をやるとそうだな、としぶしぶ頷く。

「彼が答えを知らないという前提でだが」

 それが精一杯の反撃だったのだろう。ドナルドはにやりと笑った。

「ああ。残念なことに知らない。俺もカサンドラに言われて解読をやってみたが、正解を引き出せなかったクチなんだ」

「それなら結構。まあお互い頑張ろう」

 彼が歩き出し、メグも階段を下りる。アーサーは一階の、厨房の方へ消えて行った。

「ありがとうございます」

「いやいや。情報を引き出してどう処理するかは結局本人次第だし、情報を引き出す技術もその人の力ってことだろう? マーガレットちゃんは助けようって気にさせるから、作戦勝ちだね」

「頼りなさそうってことですか」

「違う違う。可愛いから手を差し伸べたくなるってことだよ」

 最後に満面の笑みを浮かべるドナルドに、顔が赤くなって横を向く。玄関ホールのガラスの向こうに、庭師のサイモンと話すバートの姿が見えた。庭を突っ切って行った方が早いと思い、ドアに手を掛けると後ろの玄関が開く。

「残念だけど、僕は見ていないよ」

「そうか」

 チャールズと、キィだった。

 白いシルクハットで表情は見えないが、こちらに気付き近寄って来る。

「まだ見つからないの?」

 あれから結構時間が経っている。

「二階から降りてきたけど、見てないし。……私の部屋にいるかも」

 右手に折れて、一階の奥、自分の部屋を目指す。

「こんなに消えることってないの?」

「こまめに帰って来るんだ。また遊び回って服を汚していたら昼食前に着替えなくてはならないから探し始めたんだが」

 小さなお子様の保護者はとても大変なようだ。

 そして、部屋に少女の姿はなかった。

 無言で踵を返すキィを、メグは追う。

「私も探す」

 ドナルドもついてきた。

「あの金髪のちびっ子だろ? 庭で迷っているとかじゃないか?」

 確かに、大人なら生け垣の向こう側を無理矢理覗くこともできるが、子どもでは屋敷の姿も見えずに東西南北がわからなくなってしまうかもしれない。

「庭はもう、迷ったりはしないと思うが……」

 いつもはっきりした物言いの魔法使いも、彼女のことになると少し自信がなくなるようだ。

「一応探してみようよ」

 また玄関ホールまで戻って来たので、そこから中庭に出る。

「ク・ルゥちゃんを見ませんでした?」

 扉の外のバートとサイモンは同時に首を振る。

「もう三十分ぐらいここで話してるけど、たぶん通ってないと思うよ。いくらちっちゃくても、昨日から元気よく走り回ってるから気付くと思うし。ただ、庭の奥にいかれるとわからないな」

「ありがとう!」

 無言で先へ進むキィに代わり、メグは二人に礼を言うと奥へ行く。

「それじゃあ、私は東から探していくね。キィさんは西から、ドナルドさんはこのまま南からってことで」

 一緒に探していても効率が悪いと、メグが割り振る。普段なら文句も出そうなものだが、魔法使いは頷くと左の生け垣の中へ消えて行った。

 庭の迷路は、単純な作りだ。東西南北に入り口があり、やがては中央に出るよう作られている。途中トピアリーもあるが、本格的なのは迷路の中には作られていない。南の入り口の前には例の羽の生えた獅子がある。そして、迷路の中心には噴水があった。

 大人の足で五分もすれば中央にたどり着く。今は全員が早足で動いているので、すぐに再会する。だが、誰の元にもク・ルゥはいない。

「迷路へ入る前に、東の方をちょっと見てみたけど、ク・ルゥちゃん見あたらなかったわ」

 ただあの身長であるから、絶対にいないとは言い切れない。物陰に上手く隠れてしまっていたら、見逃しているかもしれない。

「南の方にもいなかったなあ」

「それじゃあ、北に出て、そのまま大きく外側を回って西に行って、お屋敷の表の方に出てみましょうよ。東へ行ってぐるっと回ってもいなかったら、もう一度部屋を見てみるの。案外戻っているかもしれないわ」

 怖いほど静かなキィに、饒舌になる。

 歩きながらもついつい話しかけてしまう。

「いつもは自分で帰って来るの?」

「あまりうろついてると怒られるのはわかってるからな。だいたい一時間ごとに戻って来る。ここは【禁猟区】だ。何かあったら困る」

 もし【禁猟区】でなければ、彼は文字通り飛んで少女の元へ行く。何かあった場合もすぐ助けられる。普段できることができなくなるのは、きっととんでもなくもどかしいものだろう。

 それに、怒られるではなく、キィが心配してるのがわかるから、彼女は定期的に彼に無事を知らせに行く。それが帰って来ないでは、彼が心配するのも無理はない。過保護だとは思えなかった。

 北から西へ。途中昨日見た薔薇園を通り、屋敷の西側へ。ゼピュロスを右手に見ながら、さらに進む。

 金色のふわふわ頭が見えて、キィが駆けだした。

「ク・ルゥ!」

「……キィ」

 振り向く小さな彼女の顔は、無表情。

 何を思っているのかわからない。

 メグも走ろうとするが、ク・ルゥの足下を見て止まる。

「何? それ」

 赤い、ここに来て毎日見かけていた赤い髪。

「来るな!」

 先にク・ルゥの元にたどり着いた魔法使いがこちらに向かって怒鳴る。

 何と問う前に、後ろにいたドナルドが絶叫した。

「カサンドラッ!」

 ゆっくりと近づく。

 もう一度こちらを見たキィは、今度は何も言わなかった。ようやく見つかった少女を抱き上げ、地面に横たわったモノを見下ろす。

 まばらに生えた芝生の緑の中に、燃えるよな赤い髪の毛。

 駆け寄ったドナルドが、嘘だとつぶやきを繰り返す。

「嘘よ」

 メグも同じように漏らした。

 ク・ルゥはキィの肩に顔を埋めたまま、動かない。

「やだ、そんなの、嘘」

 騒ぎに気付いたアーサーたちが駆けてくる。誰もが次第に歩をゆるめ、この世で一番出会うことのないだろう場面に直面した。

「まさか」

「そんな」

 人々の口から次々とこぼれる言葉。

 信じられない。

 そんなことがあっていいはずがない。


 だが、 魔女カサンドラは死んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る