第16話 運命の展覧会は突然に

 なんということだろうか。約50時間起きているのに眠れない。体の中の異変に脳が過敏になっているのか興奮状態なのか?3大翁のイビキ(i翁は今夜も無呼吸症候群)のハーモニーをかれこれ2時間も聞いている。

 カーテンの向こうから懐中電灯の灯りがこちらのほうへやってくる。真夜中0時の巡回のようだ。夜間の巡回は看護師さんも静かにそっと入ってくる。寝ている人を起こさないようにの配慮だ。


 *「あ、起きてました?点滴、変えますね。」


 看護師Sさんだ。昼間の明るい元気な印象とは違い、常夜灯の下、私だけに聞こえるような声で話している。右腕のリングのバーコードと点滴のラベルにあるバーコードを通し名前の本人確認をしてから点滴の交換をした。ベッドの横のタンクに溜まっているおしっこの量や色の確認をしてから尿道から繋がっている透明の管を確認した時、


 S「・・あぁ、なんか嫌な浮遊物がありますねぇぇ・・・。」


(・・!)


 腰痛は直接手術の影響ではないとして、若干おしっこの量が少なかったくらいで大きな問題もなくここまで来ていたが、いきなり核心的問題発生なのか!?


 Sさんは掛け布団を捲って管を揺らして浮遊物を観察しているようだ。管を揺らすと帯同する息子も根元まで揺れる。ちゃんと繋がっている証であり浮遊物が私の体内から出ていることに間違いない。私は仰向けで寝ているので浮遊物がどんなものか見えないし、見えたところでもそれが何かわからないので不安以外何もない。


 Sさんは一旦カーテンの向こうに消えると何やら器具のようなもの持ってきた。膀胱の中のおしっこの量を調べるポータブルサイズのエコーのようだ。



 その時は突然来た。


 S「失礼しまぁす。」


 紙おむつのテープを剥がすと、



 ぺろん。



『生誕46周年”帯同息子”大御開帳祭』



 予期せぬ事態に心の準備も出来ていない私は、検査するので動いてはいけないという気持ちと恥ずかしくてここから逃れたい気持ちが入り混じって、無意識のまま、


 ”仰向けの自分の体をベッドに埋め込ませようとする”


 そんな謎の行動をとっていた。


 何かが崩れ去った。こんなに貧弱でごめんなさい。だけど3倍くらいは成長する時期もあるんです。そんな言い訳を必死のテレパシーで送っていた。


 Sさんはエコーで内部を調べ終わると抗生物質の点滴を追加しますねと言い、紙おむつを元に戻してやさしく掛け布団をかけてくれた。


 S「また後で来ます。」


 仕事とはいえ気まずさもあるだろう。あまり見たくないものを見る不快な思いもあるだろう。今まで自分のことしか考えていなかったことに気付くとなんだかSさんが可哀想になった。入院すると患者は勝手に悲劇のヒーローになる。病気は敵対する悪でその脇役として医師、看護師を配置する。そんな物語がひとつひとつのベッドで繰り広げられ、すべての物語に医師、看護師は全出演している。ヒーロー面した悪役もいるだろう。曲者のヒーローのいるだろう。様々な台本に病院スタッフは何度も何度も登場し、それは短編であったり、長編であったりしてクランクインとクランクアップの繰り返し、且つ、同時進行している。すべての物語は勧善懲悪のハッピーエンドであってほしいと願っているのであろう。


 私の物語のヒロインが戻ってきて点滴をセットしている。ひたむきなその姿に私は私こそ脇役で充分だと思った。


 S「手術の後ですからゆっくり休んでくださいね。」


 私はありがとうと言いたかったがなぜかそれが言えず、


「今日はこれで退勤あがりですか?」


 と無意識に聞いていた。


 S「明日も来ます。」


 その答えにちょっと嬉しさを隠しつつ、”お疲れ様でした”としか言えなかった。入院してからいろんな人に”ありがとうございます”を安売りしているくらい口にしているのに本当に言いたい時に言えないなんて。


(明日はちゃんと言おう・・。)


 この時間、すべての物語のヒーローは休息というシーンに入っている。しかし廊下では脇役たちの懐中電灯が今も静かな足音ともにページを進めている。私に休息のページが来たのはその2時間後だった。


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