第17話 斜め右下がりの「ぬぬぬぬぬ」
手術翌日は検温、血圧に加え採血もあった。目覚め直後の採血とは人生初だ。看護師さんに聞くと執刀医の先生が尿道に繋がっている管を
朝食を終えてベッドに横になっていると、体が急に熱くなって汗をかいたり、今度は逆に寒くなったりと自律神経がおかしくなっているような感じがしたが、この時の発汗で熱が引いたのだろう。それ以降発熱はなかった。
9時になり執刀医の先生がもう二人連れて現れた。
*「では、尿道に繋がっている管を取りますからね。力を抜いていてください。」
二人連れの一人は同じ白衣の男性で執刀医の先生から指示を貰いながら実際に抜き取りをするようだ。研修医か?もう一人はミドルクラスの女性看護師。抜いた後の処理をするのだろう。ここだけは執刀医の先生にやってもらいたいと思う間もなく、連日の御開帳となり、
*「力を抜いてくださいぃ・・・。」
私は大きく息を吸い込むとその分だけ大きく息を吐いた。
ぬぬぬぬぬ。
思いもよらず簡単に抜けた。あっという間まではいかなくとも、ああああっという間だ。尿道を管が抜ける感覚をどう表現したらいいかと聞かれたら、”ぬぬぬぬぬ”としか答えられない。より正確に伝えるのなら『ぬ』の字の最後の丸める筆の終わりと次の『ぬ』の筆の入りが繋がって、斜め右下に連続して書いていくようなイメージ。個人的には的確な表現なんだが。痛さといえば激痛ではないが、やはり「先っちょ」が熱く沁みる感じがした。チラッと見えたが透明な管の先に黒く、決して細くないチューブを先生が手にしていた。あれが一日中入っていたのか。
*「これで明日退院になるでしょう。後は外来でステントを抜くことになるので、もう一度頑張ってもらいます。」
そうなのだ。手術の説明で把握していたが私の尿管にはステントが入っており、退院してから数日後それを抜く処置が控えているのだ。尿管とは腎臓と膀胱の間の管でそこに結石が詰まっていたのだが、除去した後、どういう理由でステントを入れているのかよくわからないが尿管よりも長いステントが入っておりさらにはその両端部がくるりんと『の』の字に丸まっているらしい。尿管から抜けないようにしているのかと想像するのだが、それを抜く時はどうやって『の』の字を
背中の痛み止めの針も抜いた。針の固定のために背中のかなりの範囲を巨大なセロハンテープのようなものが貼られていたことを今知った。針は針金のように『く』の字に曲がっていたと思う。完全固定されていたので動いても針の傷みは感じなかったというか、それ自身から痛み止めが注入されていたのだった。
*「後で別の看護師が来ます。体を拭いたり着替えの手伝いをしますので。」
点滴は退院の当日まで付けたままなので、着替えは手伝いなしには出来そうもない。動けるようになるとはいえ今日は点滴を曳きずりながらの生活、絵に描いたような院内をウロウロする入院患者デビューだ。
ベッドに腰掛け、看護師さんに背中を拭いてもらった。そして久しぶりに”床”を見た。手術台に乗ってから天井しか見ていないので、ようやく地面に足を着けることが出来た。ずっと横になっていた影響だろう、フラフラする。紙おむつには出血の跡が残っていた。布団の中から臭っていたのはこの出血だったのか。ここから退院までは自分でトイレに行き、その度におしっこを採取し、個人のタンクに入れていくことになる。色や総量を観察するためだ。基本的に色のサンプルが貼ってあるのでそれを目安に自分のおしっこがどういう状態なのか確認するのだが、他の人のタンクもあるのでついつい比べてしまう。この人よりはちょっと濃いなとか。
最初の尿意で自分の体に変化が起こっていることに気付いた。丸一日尿道に管が入っていたこともあり明らかに尿道の直径が太くなっている。おしっこの通り方に太さを感じる。また女性がどうなのかは知らないが、男性は尿意を我慢していた時にほんの気の緩みで膀胱が決壊してしまうことがあるが少量であれば「先っちょ」が最後の防波堤となってトイレまで持ちこたえることは可能だ。(各個人の持ち物によって防波堤までの距離は異なる。)今回は採取するためのジョッキのようなカップを用意している最中に若干の膀胱決壊が発生しそのまま便器に流れ出た。「先っちょ」の締りが悪くなっているのだ。膀胱で我慢するにも張りというか痛みに変換されて不安を感じるので、今日は雰囲気を感じたらすぐ行動したほうが良さそうだ。そしてこまめにトイレに行くようにしよう。
絵に描いたような入院患者がウロウロするのはトイレと病室の間だけになりそうだ。
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