第14話 へんてこ”おにぎり”
時刻は18時になろうとしていた。
病院では18時が夕食の時間となっており、私も今晩の食事は摂取できることになっている。24時間ぶりの食事だ。
廊下で配膳の支度をする音が聞こえてきた。早く回復するためにも元気を出すためにも食事が必要と思えた。
*「夕食です。どこに置きましょうか?」
ベッド横のテーブルに置いてもらったお膳を見上げると、お茶碗に白いご飯がもってあった。
(えっ・・。)
入院した初日に入院生活についてのガイダンスがあった。その時に看護師さんからこう説明があった。
*「手術当日の夕食から食事は出来ますが、体があまり起こせないので食事が摂りづらいかと思います。世話をしてくれる人がいれば食べさせてもらうのもいいですが、”おにぎり”にすることも出来ますよ。」
私は迷わず”おにぎり”に変更を申し出た。が、届いたお膳は違うものだった。
*「もう変更は出来ないんで・・。どうしようかな・・・。ちょっと確認してきます。」
お膳は一度下げられて、私はひとりぽつんと取り残された。
その後、私は術後から食事を摂ってもよい時間にまだなっていないということが伝えられ、食べれるのは1時間後だということだった。
市民病院の看護師さんは受け持ちという形で担当患者を看ているようだが、実質3交代でまわしているので、私の担当の看護師さんは初日の館内説明以降、会っていない。なので交代時間になると「朝まで担当します、〇〇です。」といった形で挨拶に来る。
その日の夜の担当は看護師Sさんだった。20代前半であろう若い女性の看護師さんでとてもハキハキして看護師らしい雰囲気を持っていた。
S「夕食の連絡がうまく伝わっていなかったようで、本当はおにぎりで申し込みされていたんですよね。」
自分はまだ食事の出来る時間にはなっておらず、完全に痛みが引いたわけではない腰痛に引き続き病んでいた。食後と言われた痛み止めの薬をもう飲んでしまいたいと伝えると、
S「じゃあ、もうすぐ時間になるし食事にして薬を飲みましょう。」
そして思いがけない言葉が飛び込んできた。
S「食事のほうはもうおにぎりに変更が出来なかったので、私がおにぎりにします。へんてこなのになっちゃうかもしれないけど。」
(えっ・・!?)
目からうろこというか、実際そうなんだ、お茶碗によそってあるご飯も握ればおにぎりだ。変更できるとか出来ないとかに囚われていたけど、そういう発想はまったくなかった。
数分後、Sさんは一度下げられたお膳を持って現れた。お膳はベッドのサイドガードに取り付ける簡易テーブルの上に置いてくれた。体は多少ベッドの角度がつけれて起こせるが、お椀の中を覗けるまでの角度はなく、お皿の上のおかずを見上げる感じだった。汁物は到底無理だ。
S「はい。」
差し出された両手にはラップに包まれたひとつのおにぎり。私はS看護師の機転の良さに感心する以上にその優しさに触れたことで嬉しさと感謝でいっぱいだった。
S「おしっこの色もきれいですから、もう少しベッドを起こしてもいいかな。」
私は手渡しでもらったおにぎりを両手に持ったまま、ベッドに体を委ねてゆっくり起き上がった。目の高さに主菜の鶏肉が見えた。
S「食べ終わるくらいにお膳を下げに来ますね。」
SさんはPHSのバイブに引っ張られるように病室を出て行った。
おにぎりは暖かく少しも”へんてこ”ではなかった。本当にお茶碗のご飯をラップで包んでおにぎりの形にしたものだから、塩気もなく、海苔もない。だけどそれが逆に優しかった。もし依頼どおりにおにぎりで食事が用意されていたら、こんなに優しいおにぎりはここになかっただろう。
おかずは箸で突き刺して食べれるものだけは食べ、汁物はあきらめた。25時間ぶりの食事だった。
やっぱりおにぎりは少しくらいの塩気がほしいなと思ったが、目尻から出てきた”おしっこ”が充分しょっぱかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます