第12話 喉元過ぎれば古の記憶

 レーザーによる砕石術は予定通りの2時間だったのだろうか。なんか早かったようにも思えた。小さい石なら30分位といわれていたところの2時間だったから、なおさら長い時間を要すると思えていたが。どうにも痛かったと思えたものはなかったし、レーザーらしき響きを楽しんでいたくらいだ。

 何度も気を紛らしてくれた血圧計が外され、胸の吸盤がぺコン、ぺコンと取り去られた。左腕の点滴はそのままに、背中にも痛み止めの管が繋がっているらしい。その辺の状況は視界に入ってくる情報と聞こえてくる会話から理解するのだが、それ以外のことはよくわからない。分娩台状態の脚の内腿も丹念に拭かれているので血が出たりしていたんだろう。

 脚が下ろされると体の下にシートを潜り込ませるように敷いている。体を右、左と傾けながらシートがベッドと体の間に挟まれたことを確認するとシートごと私の体は「せぇのっ!」の掛け声とともに隣のキャスター付のベッドにスライド移動した。こういう風に患者を寝たまま移動させるのか。

 キャスター付のベッドは762号室から持ってきている私のベッドで既に寝巻きや紙おむつが患者を受け入れるように口をあけて待っているようにセットしてあった。再び千手観音の手によってこれもまた手際よく、私を”ザ・入院スタイル”にお色直ししてくれた。

 遠い昔の赤ん坊の頃の記憶、風呂上りに仰向けに寝かされて木綿のをしてもらっている感覚を寝巻きの肌触りに重ねた。


 緊張から開放され、終わったことの安堵感で私はすっかり腑抜けになっていた。なにか会話をしようにも声が腹から出ない。「ありがとうございました」と言っているのに自分にしか聞こえないような、か細い声しか出てこない。演歌歌手が歌い終わった後に、マイクを離して「ありがとうございました」と言っているような。


 ベッドに乗せられて天井を見ながら762号室に向かうが簡単に酔いそうだ。目を瞑るとさっきの手術が、そして”帯同息子晒しの刑”も遠い昔のことになっていた。


 ベッドが止まると昨晩見続けた天井があった。看護師さんの声、廊下を歩くスリッパの音、携帯電話の使用に関する館内放送。昨日と何も変わっていないが自分だけが大きく変わっていた。


 *「膝を曲げたりすると大変なことになっちゃったりしますから、安静にしていてください。」


 大変なことって・・。術後直後の患者をビビらすサディスティックトークだ。


こういう言われたことを私は昔から忠実に守るタイプで、曲げてもいいですよと言われるまで絶対曲げない自信がある。その辺は帯同していない息子や娘にも引き継がれているらしく、お預けを喰らっている犬のようにかたくなにまで守ろうとする。


 左手に繋がっている点滴の水滴を見ながら公約どおり膝を曲げないようにして術後1時間の巡回を迎えた。


 *「おしっこの色はきれいな色ですね。」


 その時自分の尿道から管が繋がれ、ベッドの横に備え付けてあるタンクにおしっこが溜まっていることに初めて気がついた。


 体温も血圧も異常ないようだ。

 手術も成功したし術後も順調だ。



 ここまでは・・。

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