第11話 石との対面は水族館の想い出に

 右足から持ち上げられ、次に左足。ちょうど分娩台の妊婦さんと同じ格好になった。

 私は天井を見上げるか、自分の心電図の鼓動を聞くしか出来ることがない。

 両足に手術用のシートが掛けられたが、感覚が麻痺しているのでなんかゴワゴワした薄いアルミのようなものが掛けられたように感じた。


 *「それでは入れていきます。」


 ついに尿道から内視鏡が入ってくる。麻酔は効いているし、先生の前説で心構えも出来る、そして勝手に思い込んでいるだけの”下半身他人説”で乗り越えていけるだろうと思っていても、この瞬間だけはひるんでしまう。


 これまでは入れる立ち場だった。


 今日は逆に入れられる立ち場よ。


 初めての女性はこんな心境だったのかしら。


 分娩台の妊婦スタイルも手伝い、頭の中でオネェ言葉になっている。



 ここからは先生の前説もなく、一気に進む。



 


 なんか、



 みる。



 実はどんなに下半身が他人になっても「先っちょ」だけはちょっと様子が違うことをなんとなく感じていた。そもそも麻酔は体のどういう部分に作用して麻痺させるのだろうか?仮に体に麻酔に反応する細胞があって、そこにだけ効いているのだとしたら「先っちょ」にはその細胞が存在していないとか?


 ぐいぐい押し込まれている。しかしどんなものがどんなスピードで入っているのか全くわからない。中に異物が入っているという感覚もない。ただスムーズに入っていっているようではない。得体の知れない物体の侵入に帯同する息子はさらに引っ込み思案になってしまい、それを先生が積極的に引っ張り出そうとしている攻防が「先っちょ」の感覚と単なる形状の物理変化として伝わってくる。庭仕事をしていて土の中に逃げ込もうとしているミミズを引っ張り出そうとしているようなスケールの小さい攻防だ。


 その後血圧が連続測定モードに切り替わった。この血圧というのが実にいい働きをしており、体内で行われている未知の作業に何かしら不安を覚えるような感じになるとタイミングよく、うぃ~んと圧がかかり右腕を締め付け、そちらに気を逸らし紛らしてくれる。何回も血圧に救われた。


 時間の経過は全くわからないが、麻酔をしてから時間は1時間は経ったであろうか。手術は順調に進んでいるのだろう、特にドタバタする気配もない。今のところ痛みらしい痛みといえるものは最初の注射だけだ。


 左舷10時の方向から心電図の音とは違う新たな電子音が聞こえてきた。


 その直後、喉に異変を感じた。


 口に入れるとぱちぱち弾ける粒状のキャンディがあるが、あれを食べているような感覚があるのだ。喉の調子がおかしいのかと軽く咳払いをするにも治らない。

(キンキンキンキン・・・・・)

 なにか鍛冶屋が鉄を打っているような甲高い金属音が小気味よくリズミカルに喉の奥で鳴っているような・・。


 冷静になって考えた相対的若者46歳、いろいろ考察するうちにこの異変の全貌が見えたきた(気がする)。

 まず、異変を感じる発端となった電子音と喉の奥で響いている金属音が同じタイミングで響いていることがわかった。

 その電子音の発信元はどうやらレーザーの装置らしい。電子音の鳴っている時にレーザーが発射されていると仮定すると、喉の奥で響いているのはレーザーそのものの音ではないか?いや、たぶんそうだ。


 ”結石を砕いているレーザーの周波数がのど仏に共鳴している。”


 すごい経験だ。石を砕いている時に発生する振動が体内を通って喉に響いているのだ。体の中から金属音が出てくるなんて。

(これが事実でないとしても、もうそう思い込むことにした。)


 口を開けると音が抜けたり、閉じると籠もった感じになる。

 口をパクパク開けたりしてこの患者はなにをしているのだろうと思われたかもしれないが、なんか楽しい。


 金属音がやむと砕かれた石を吸い出しているようだ。掃除機のような音がする。かといって体の内部が吸い出されているような感覚は微塵もない。


 *「終わりましたよ。」



 おわった。


 腎臓から膀胱に向かって旅していた結石は道半ばにして終わりを告げた。最後のトンネルを通るには大きくなり過ぎていた。


 *「これが中に入っていたんですよ。」


 先生が右手にしている先細りの試験管の中には、細かい粒が無数に沈んでいる。量にして大さじ1杯くらいはありそうだ。ちょうど竹島水族館で売っている”星の砂”のようで、小瓶に入れ替えて『市民病院の想い出』とラベルを貼っておいても違和感ない。


 CTの断面写真では10mmx9mmだった結石が、今はもう粉々に砕かれている。



 ようやく念願の人に逢えたが、既に遺影の写真だった。


 そんな気分でもあった。

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