第10話 麻酔の冷たさと掌の温かさ
麻酔のための麻酔から時間にして数秒だったか、すぐに下半身麻酔が始まった。
こんな短い時間で初期麻酔は効いているのか?
*「では、麻酔の管を入れていきますからね。」
先生はやることすべてに前説を付けてくれる。足を触るだけでも「触りますね」と言ってくれるので、すべてにおいて心構えが出来る。背中などの見えない部分はなおさらだ。
*「押される感じがすると思います。」
押される?どういうことだ?
次の瞬間、
(うっっ!)
背中に驚くほどの衝撃が走った。例えるのであれば、腕時計用のボタン電池LR-44をぐりぐりぐりと背中に埋め込まれている感じだ。痛いのかといえば痛いという言葉を当てはめていいのかという感じだし、顔が歪むレベルではない。痛みとも違う気がする。やはり”衝撃”そのものだ。それを背中に4箇所もやった。
人間の脳ってものは痛みを感じないと”押された”とか”凹んだ”とかをインパクトを持たせながら物理変化として認識するのかもしれない。
背中を丸めて横になっている姿は、これから産道を通りこの世に産み落とされる直前の胎児にも似て、不安を体いっぱいで抱きかかえているように思える。知らないこと程不安なものはない。
*「寒くない?」
ベテラン三姉妹の一人が耳元で囁いた。自分はずっと目を閉じているので三人のうちの誰だかわからないが、私の横にいて左手は私の頭に、右手はふくらはぎの辺りを抱きかかえるようにずっと添えていてくれた。赤の他人の私にこんなにも安堵感を与えてくれる掌がここにあった。次第に足の感覚が鈍くなっていっても、その掌の感覚だけは道標のように、小さい頃親と繋いだ掌のように、守っていてくるという安心感を発し続けていた。
それから私の下半身は金属の冷たさも感じられない別人になった。下半身麻酔というものがどういう感覚なのか想像しきれない部分はあったので、今徐々に実感しつつある。触られている感覚はあるが温度は感じない。冷たい金属片を胸につけると冷たく感じるが同じものを足につけてもまったく冷たくない。こうやって麻酔の聞き具合を確認する。そのうち実際そうなのか感覚なのかわからないが、下半身が温度を感じなくなっているというより、下半身そのものが冷たくなっているのではないかと思うようになってきた。思わず聞いてしまった。
「先生、金玉が異常に冷たいんですけど、これであってるんですか?」
正解の金玉を求めた訳ではないが、脚よりもつま先よりも金玉が冷たいのが実感できている。麻酔が効いてきているからそれでいいらしい。
私の体半分はもはや別人、この下半身は自分のものじゃないんだ。だから敵はもう自分の中にいない。そんな一方通行的な思い込みで心電図の電子音を聞いていた。
執刀医の先生とベテラン三姉妹が集まって施術前の確認を行っている。予測される緊急事態はとか聞こえてくるので、あらかじめそういう事態になった時の想定をして対処方法の確認もしているのだろう。
*「それではよろしくお願いします。」
*「お願いします。」
その時がついに来た・・・。
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