第8話 時は来たりて息子忘れる
時刻は8時50分。手術開始予定時刻の9時まではもう少し。シャワーも済ませた。レントゲンの撮影も済ませた。手術着に着替え、圧迫ソックスも履いた。もう自分で準備することはなにもない。
*「準備できてるか見に来ましたがーー、ああ、さすが若いだけあって大丈夫ですね。」
看護師さんが私の様子を見に来たのだが、若いというフレーズに少々違和感を感じた。
会社では毎年新入社員が入って来るたびに上へ追いやられ(役職は伴わない)、気がつけばベテランの域に入っていた。自分自身を若いと思えていたのはもう10年以上も前の話だ。
ただ、この場所に関していえば周りは高齢の患者ばかりなので、若いといえば若いのかもしれない。
しかしながら冷静にいえば、そこまでは年を取ってはいないが決して若くない。アラフォーも卒業した身分だ。
自分の子供が成人式を向かえ、甥っ子が結婚する。来年には孫世代が誕生するかもしれない。会社で押し上げられていただけに留まらず、家系図の下の世代がどんどん増えていく。時間はただ過ぎていくだけじゃない。
若さって何だろう・・。
そんなことを思った時点で、もう若くないんだ。
じゃあ、老いってなんだろう?
やっぱりそのことを思った時点で老いているんだろう。
小学4年生の娘が今、”お父さんの顔”を描いたらどう描くんだろう?
保育園の時に描いた絵が玄関に貼ってあるが、黒髪で描かれていた。
今はちゃんと白髪交じりに描くんだろうか?
大学生の息子は、・・・息子・・。
そうだ、「手術=帯同する息子を晒す」んだった。
すっかり忘れていた。
手術に対してはなるようにしかならない。見えない敵は我の内にありで手術そのものに対しての心構えでいっぱいだった。
*「じゃあ、3Fの手術室に行きますから一緒に来てください。」
時は来た。
相対的若者は看護師さんの後について762号室を後にした。手術に対しての心構えは出来ているつもりでいる。しかし息子の件は準備し忘れた。なんだか言い訳を考えているような気持ちで廊下を歩いている。
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