第5話 華麗なる発想の転換

 時は年末もその日は仕事納め。同僚たちは休み中にどこどこへ旅行だのと年末カウントダウンに興じている。その一方で私は手術台へのカウントダウンも一桁台に突入する寸前である。


 *「お腹の上からレーザーで砕いちゃうから簡単なもんでしょ?」

 *「内視鏡ってお腹に穴あけちゃう訳?」

 *「連休明けにまた連休でいいねぇ。」


 おまえら、他人事も甚だしいな。結石素人の諸君たちに教えてやろう。私の手術は「経尿道的尿管結石砕石術(TUL)」というものなんだよ。


 *「TULのUってユリア(Urea)じゃねぇ?」


 私たちの仕事はディーゼルエンジンの排気ガスを浄化する排気システムの設計で、近年の排ガス規制に適合させるためにいろいろな化学反応を応用している。その中で数百度の排ガス中に尿素水(Urea)を噴霧し、アンモニアは発生させて浄化させる方法がある。この時温度が低かったりして尿素水が気化せずに堆積物(デポジット)が発生し、浄化性能を低下させることがあり、このデポ対策に頭を抱えながら形状を考えて設計している。

 仕事で悩まされているものが自分の体内にも出来ていたのだ。

(TULはTransurethral Ureterolithotripsyの略でTransurethral[経尿道の] uretero-[尿管の] lithotripsy[砕石術]だそうだ。)

 私は年明けにお腹の中のデポジットを取るために修理に出てきますのでよろしくお願いしますと上司に伝え、2016年の仕事を終えた。


 手術に必要なものを揃えなくてはならない。日本寝巻き、パジャマ、バスタオル、防水布、紙おむつ、T字帯・・・・。

 しかし、ぎりぎりまで買い揃えるつもりはない。今から自然排出という希望もあり得るからだ。自分で往生際が悪いと思いつつもこれくらいの抵抗くらいはしてもいいんじゃないかと日向ぼっこしている猫に目で訴えてみるが、猫はあくびをして細い目でじっとしているだけだった。


 手術というフレーズがかなり重くのしかかっているのは事実であって、ここしばらく素直に笑った記憶がない。今回の正月休みの連休に関しては、むしろ逆に仕事があったほうが気が紛れてよかったかもしれない。かといって運命の日は確実に近づいてくる。


 そんな中、音楽で気を紛らそうかと手にしたCDが『聖飢魔II』のライブCD。私は昔から聖飢魔IIが好きで『蝋人形の館』だけが聖飢魔IIじゃないと説いて回っており、大学受験時も験担ぎで『WINNER!』という曲を常に聴いていた。そして今『GO AHEAD!』という曲のフレーズに自分自身を照らす光を感じた。


 ♪見えない敵はいつもお前の中にいる。戦う勇気もまたお前の中にある。


 そうだ、これは全部自分の中にあるものばかりだ。手術に対する不安も結石そのものも。ならば自分の考え方次第で何とでもなるじゃないか。(若い女性看護師に晒すことは除く)


 よし、明日は笑顔で紙おむつを買いに行こう。

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