第3話
※ここから千幸sideに移ります
朝だ。
そのベッドのふかふかさにわたしはまだ夢を見ているのだはないか、という錯覚に陥る。
わたしは、何故ここに?
…………あぁ。
思い出した。
古ぼけた屋敷。暗い中のカンテラ。石楠花に似た花を後目に、交わされる言葉。
ちちち、と鳥が鳴く声が聞こえる。
その時、こん、こん、と扉を叩く音が聞こえる。
「千幸様。朝でございます」
聞いたことのある声だった。空さんだ。
「おはようございます。起きていますよ。入ってきてください」
音を立てずに、アンティークの扉が開かれる。
そこには、相変わらずの美少女。ほんの少しだけ口角の上がった、美しい顔立ち。やっぱり綺麗だ。羨ましいくらいに。
緩く巻かれた美しい黒髪に、どんぐりのような大きな瞳。
「おはようございます。……あぁ、改めて自己紹介させていただきますね」
彼女の、藤色のワンピースの裾をちょこんとつまんで、優雅な仕草で一礼してからほほ笑んだ。
「私の名前は藤野空。この館の現当主にして、元当主藤野地鶴の妹。年齢は十二歳で、趣味は花集めにございます」
花集め、とはなんなのか。聞けるような勇気はなかった。
「現当主」というのは、多分、昨夜地鶴さんが死んでしまったからだろう。
_____死。
思い出すだけで吐き気がする。体中に見える傷跡。隠しようのない血液。部屋中に広がる赤色。
やめて。思い出させないで。
それなのに、わたしの記憶は、面白がるように昨日の記憶を見せ続ける。
「どうされましたか?」
それに比べて、彼女はどうだろう。
実の姉が死んだというのに、寂しがる素振りも見せない。
しかし、考えてみれば、佳恋のアレはなんだったのだろう。
考えれば考える程、目の前の少女が犯人に思えてくるのだ。
不意に鼻先を掠めたのは、美味しそうなパンの香りだった。
わたしは朝はご飯派だから、少し新鮮だった。
「__お腹が空いたのですか?」
「そんな事!」
見透かされたような気がして恥ずかしくなり、とっさに否定したが、わたしのお腹は、「お腹が空いたよ!」という激しい抗議の声を上げる。
空さんはくすくすと少しだけ笑うと、「つかれたでしょう」と言って湯気の立った紅茶と焦げ茶色のパンを差し出す。
なんだか、夢みたい。
つい昨日まで血の匂いが漂っていた屋敷とは思えないくらい。
「食べ終わったら、玄関にきてください」
それだけ言って、扉の奥へ消えていった。
パンの香りだけ残して。
____佳恋。
佳恋は、どこにいるのだろう。
お母さんやお父さんは、心配していないだろうか。
今頃、警察が探していないだろうか。
そう思っても、佳恋の異常な姿が脳裏に浮かぶたびに、外に出たくないと思ってしまう。
嫌な考えを振り払うように、パンを思いっきり口の中に放り込んだ。
「まだでしょうか」
「えぇ、まだですね」
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