第2話
10代前半であろうその少女は、最初は訝しげな顔こそ浮かべたが、「とりあえず、風呂は沸いているので入ってきてください」と言われて、千幸は、やっと自分の恰好を思い出し、こんな状況だというのに顔が赤く染まる。
「そんな恰好のままうちを歩かれたら困ります」という口上で、風呂場らしきところに案内された。
そこは温泉かというぐらい広いところで、謎のいい香りがした。
湯船は綺麗な乳白色で、今すぐにでも浸かりたいという欲望にかられるが、ぐっとこらえる。
「着替えは用意しますので」と美少女に言われて、はっとする。「そこに置いておいてください」帰ったら、制服をドロ塗れにした事をどう言い訳しようか。千幸が無事に帰れたら、の話だが。
「あ、じゃあ」とだけ言っておいて、美少女が扉を閉めて外に出るのを待ってから服を脱ぐ。
湯船につかると、冷静になった頭が、この異常な状況に対しての答えを導き出そうと、めくるめく歯車を回す。
しかし、何も導き出すことのない無駄な時間となり、だいぶん時間が経ったのかのぼせてきた千幸は、ざぶんと湯船から出た。
◇ ◆ ◇
どうやら最初にあった少女の名前は、藤野空というらしい。
彼女はこの館の主の妹らしく、今は主の元へ向かっている。
空の話では、主の名前は藤野地鶴というらしい。
二度ノックするが、応答がない。
空が中に入ると、中から悲鳴が聞こえた。
空のものだ。
あわてて中に入ると、中はたとえではなく、真っ赤になっていた。
その中心では、気を失っている空と、胸にナイフの刺さっている少女がいた。
その顔立ちは、どことなく空ににていて、姉妹であったのだろうか、と考える。
しかし、胸からはもう血は流れておらず、もう死んでいるのだろうか、と考えると、眩暈がした。
ふんばろうとしたが、一介の女子高生である千幸が人の死に直面して正気でいられるはずもなく。
千幸の意識は、闇に呑まれた。
◇ ◆ ◇
「__気が付かれましたか? 千幸さま」
氷のうが載せられているのか、千幸のおでこは妙に冷たい。
どうやら、千幸はベッドで寝かされていたようだ。
隣では、目を赤くした空が、湯気の立ったコップをもって座っていた。
自分はどうしたのか、曖昧な記憶をたどると、恐ろしい事実と直面する。
血でぬかるんだ部屋。鉄のにおい。少女の死体。少女に刺さったナイフ。
思い出すと身震いがした。思い出さない方が、よかったのかもしれない、と千幸は笑った。
「あの、地鶴さんは__」
「もう埋葬しました。館の庭に埋まっていますが__見に行きますか?」
「遠慮しておきます」
人の死体、目の前で死んでいた人の墓を見るとすれば、千幸は発狂できる自信がある。
「___通りすがりの人にこんな事を頼むのは、非常に失礼だと存じておりますが__」
空の言葉に耳を傾けた千幸の脳裏に、目の赤くなった佳恋の姿が思い浮かぶ。
「今晩、泊めていくので、姉を殺した犯人を捜してもらえませんか?」
お断りします、といいかけたところで、千幸の瞼はとろんと重くなった。
スマートフォンで時間を確認すると、もう十時を切っていた。
両親が心配しているかもしれない。電話しようとしても、圏外でつながらない。
諦めてホームボタンを押すと、ピコン、とメールの受信音が鳴った。
そこには、こう書いてあった。
【藤野 地鶴を殺したのは
A 藤野 空
B 藤野 地鶴
C 結衣
D 本理 千幸
正解は外への鍵を
失敗は死を意味する】
脊髄反射でスマフォを投げ捨てた。
しかし丈夫にできたスマフォは壊れず、闇はそれを覆い隠した。
「あの」
「なんでしょう」
「おたくには【結衣】さんという人がいるのですか?」
「……? えぇ、いますけど。何か?」
偶然にしては出来過ぎている。
千幸は、何が何だかもうわからなくなった。
「とりあえず、おやすみください。詳しい事は、明日また考えましょう」
その言葉に従って、ゆっくりと瞼を下した。
千幸は、気付いていなかった。
それは、悲劇の始まりに過ぎなかったと。
「____楽しくなりそうね」
「えぇ」
その声は、もう眠っている千幸の耳には届かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます