アマリリスの悲劇

@sanaesann

第1話

どうしてわたしはここにいるのだろう?

どうしてわたしは走っているのだろう?

__どうしてわたしは、得体の知れないものに追いかけられているのだろう?

千幸の頭に、そんな疑問が浮かんでは消えていった。

息が切れる。動悸が激しい。妙に冷静なのは頭だけで、運動部に入っていない千幸の体は限界を迎えかける。

いやだ。こんなところで死にたくない。必死に走るが、意思に体はついて来れず、ぬかるんだ地面に足を取られて転倒する。

後ろから、ウー、とうなり声が聞こえてきて、まだ彼女の頑張りが足りない事を物語る。

いや、実際は、千幸は頑張ってはいたのだが、相手のスペックが、千幸よりも二倍も三倍も上なので、距離はどんどんと血縮められている。

千幸はもう一度起き上がり、泥だらけの制服も、顔に付いた泥も拭わないまま走り出した。

やがて、目の前に大きな館が現れる。

こんな館があるなど、千幸は聞かされてなかった。

怪しすぎる。

しかし、殺されるよりはましだと思い切って館の門扉を開いた。

多少錆びついていたが、鍵はかかってなかったらしく、思いのほかあっさりと開いた。

パソコン部の部員である千幸は、うわぁ死亡フラグ全開だぁと思ったが、後ろから聞こえてくる徐々に大きくなる声に助長されるように館の扉を開いて、内側から鍵をかけた。



              ◇  ◆  ◇



そもそもなんでこんなところに千幸がいるのかというと、華の女子高生だというのにオタク道まっしぐらであった千幸を心配した、友達の佳恋が、「近くの山へいこう」と言い出した。

千幸は当然「なんでわたしが」と思ったが、「ちょっとダイエットした方がねぇ……」という佳恋の言葉に危機感を感じて付き合った。

実際は、彼女の体形は、食が細かったり、毎日遠くから学校に徒歩通学をしていたため標準か少し痩せ気味なところがあったのだが、その時の千幸には知るよしもない。

「で」

千幸は周りを見渡した。

友達の姿はなく、自分が迷ったのだと悟る。

手にはコンパス。あと充電満タンのスマートフォン。

とりあえずコンパスで来た道を戻りながら、スマートフォンで佳恋に連絡を取ろうとする。

しかし、一向に出る気配はない。

すると、斜面の先に見慣れた黒髪のポニーテール。

佳恋だ。千幸は軽く感動した。

「佳恋ー!」

試しに呼んでみるも、振り向く気配もない。

それに、様子がおかしいことに、千幸は気付く。

まず、妙にそわそわしている。がに股であり、普段の彼女からは考えられない動きをしている。謎だ。

「佳恋?」

近寄ってみると、その異常さに気付いてしまった。

顔に殴られた跡があり、何度も細い息を吐いている。震えているようにも見え、さらに、目が充血しているのとは別に、ルビーのように赤かった。

「か………れん?」

その声で千幸の存在に気付いたのか、「うあぁえぁあ!」と奇声を上げて張って近寄ってきた。

その異常さに、今走ってきているモノが__千幸の知っている佳恋ではないことを否が応でも物語る。

「う、うわあぁあぁ!」と悲鳴を上げて、千幸も走り出した。

しかし、千幸の妙に冷静な頭は理解していた。

「何か」がおかしい____と。



              ◇  ◆  ◇



はぁ、はぁ、と鼓動に合わせて息を吐き出す。

館の中は暗く、窓云々の問題ではなく、日の当たりにくい構造をした建物だと素人目にもわかる。

あまりにも暗いので、明かりを探そうかと思ったが、よく考えればこんな山中に電気など通っているはずもないと思い、スマートフォンの懐中電灯モードを起動する。

どうやら佳恋___だったモノは、千幸を見失ったらしく、館の中にまで入ってはこない。

パッと闇の一部が縫い取られ、館の内装が明らかになる。

花瓶には花が活けられており、水は変えられたばかりらしく、水滴がついている。

花の名前まではわからないが、石楠花に似た花だなぁと漠然とした印象を抱いた。

奥も照らしてみようかと思ったら、こん、こん、とカンテラの光が近付いてきた。

階段から降りてきた光に対して、千幸はうわぁ死亡フラグ立ったよと軽く絶望したが、カンテラの持ち主を見て、思わず息をのんでしまった。

「____どうされたのですか?」

そこにいたのは、長い黒髪を緩く巻いた、この世のものとは思えない美貌を持った美少女だった。

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