第5話

 失った意識を取り戻し、春海夢果は目を開ける。


 そこに広がる光景を見て、早速彼女は驚いた。


 黒瀬夜刀が黒い翼を生やして刀を振っていた。まるで自我でも失ったようにゆらゆらと動いて、刀を振っている。


 いや、自我を失っている。


「夜刀……?」と呟いてみる。だけど、それで何が変わるというのか。何も変わらない。


 黒瀬夜刀は刀を振っていた。戦っていた。相手はローズ=デュラン。そして御手洗清二。


 二人がかりで夜刀に切っ先を向けていた。


 祓魔師協会は悪魔憑きを殺さないはずなのに、彼女たちは夜刀を殺そうとしている。


 何よりも、夜刀はどうしてしまったのだろうか。


 夜刀に憑いている悪魔はアバドン。奈落の主と言われる悪魔。


 その奈落にサタンを閉じ込め、それを管理している悪魔だ。


 夢果はその真実を知らないわけではなかった。


 甘木遊楽から聞かされていた。


 黒瀬夜刀に憑いている悪魔はアバドンだが、そのアバドンにはもう一つの顔がある。それこそが黒瀬夜刀に憑いている悪魔の本質だ。


「サタンが目覚めたんだね」


 アバドンの本質はサタンだ。奈落の底から這い上がってきたサタンは夜刀を飲み込み、そのまま喰らおうとしている。


 このまま夜刀の自我がなくなってしまったらどうなるかわからない。


 自我を取り戻させなければ。


 暴走を止めなければ。


 再びサタンを奈落の底へ落とさねば。


 だから夢果は夜刀の隣にいるのだ。いや、これがすべてではないけれど、夜刀を正気に戻すのは夢果の役目の一つだ。


 身体は怠かった。振りかけられた聖水の影響か。しかし、だけれど、それでも立ち上がらなければいけない。


 そうしなければ夜刀をどうすることもできないから。


 すべては夜刀のため。彼のために春海夢果は立ち上がらなければいけない。


 身体に力を入れ、ゆったりと夢果は立ち上がる。


 立ち上がり見据えるのはただ一人。


 黒瀬夜刀、ただ一人。

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