第6話
それはとても圧倒的で歯が立たない存在だった。
ローズが手に取った剣は聖性を内包したいわば聖剣であるものの、目の前のサタンはそんな聖性をものともせず襲い掛かってくる。
サタン。悪魔の王。魔王。
神と対になる存在。
だからなのか、聖なるものが通用しないのは、だからなのか。
――サタンを倒せるのは神様だけ。
「いや、まさか」
ローズは否定する。
「サタンとは言え、悪魔憑き。悪魔憑きならば祓魔師である我々の手に負えるはず」
ローズは剣を振る。対する夜刀はそれに呼応するように刀を振った。剣と刀はぶつかって、金属音を奏でる。そして拮抗――力負けするのはローズの方で、ローズはじりじりと後退を強いられる。
夜刀とローズが鍔迫り合いをしている最中、御手洗清二は夜刀の背後から剣を振り上げ、振り下ろす。
御手洗の剣は夜刀の背中を斬るが、夜刀は見向きもしなかった。だから御手洗は続けて聖水を傷口に掛けた。だけどそれでも夜刀は御手洗の方を気にする様子はなかった。
夜刀の力に衰えは見られない。
夜刀は刀を振り切る。ローズは飛ばされ、壁に当たる。
「がはっ」と息をつまらせ、咳き込み、痛みで動けない。
夜刀は振り返る。そこには御手洗がいた。
御手洗は剣を構える。剣を持つ手は震えていた。必死に震えを抑えようとするけれど、それでも手は震えていた。
有り得ない。御手洗は思う。悪魔を相手にして自分が恐怖を抱くなど、有り得ない。目の前にいるのは悪。自分はその悪を倒す正義。正義が悪に臆する理由がどこにある。
そう思っても、思い込んでも、それでもやはり手の震えは止まらない。
これは、御手洗が本能的に目の前の敵に恐怖しているということなのか。身体が目の前の敵との対峙を拒んでいる証拠なのか。
動いたのは夜刀の方だ。彼は刀を横に薙ぐように振る。
夜刀の振った刀は御手洗の持つ剣とぶつかり、御手洗は剣を持つ手に力をしっかりと入れていなかった所為もあり、彼の手元から剣は弾かれた。カラン、と。音を立てながら剣は床を滑る。
失った武器を惜しむように自らの手を見て、それから前を見る御手洗。
そこでようやく自覚してしまう。
自分は目の前の敵に恐怖を抱いている、と。
だが、遅い。
夜刀は足を動かし、一歩踏み込む。そして、踏み込みの際に夜刀は刀を振る。
慈悲もなく。
振られた刀は御手洗の横っ腹をバッサリと斬る。皮膚を裂き、皮下にある脂肪を裂き、肉を裂き、内臓を裂く。
血が出る。
いっぱい出る。
鮮血が噴き出て、床を濡らし、赤に染める。
「ぐぁはっ」
吐血までしてしまう。
御手洗は倒れる。床に横たわり、痛みに呻く。呻いても痛みは軽減されなかった。
どこまでも深く引くことのない痛み。いなくならない痛み。
凄まじい激痛についに耐えられなくなった御手洗は意識を途絶させてしまった。
そうして動くことのない御手洗を夜刀は見下し、刀を突き立てようとする。
だが、そこで動くのはローズだ。
彼女は痛む身体を押して立ち上がり、駆け、剣を振る。
夜刀は後退。御手洗に刀が突き立てられることはなかった。
ローズと夜刀は対峙する。お互いに睨み合う。
目の前の相手に対してローズは恐怖を抱いている。しかしこうやって対峙している以上、ぶつかり合わなければいけない。ローズには逃げるという選択肢がない。彼女は祓魔師だ。祓魔師は悪魔を祓魔するのが仕事。逃げるということは仕事を放棄することで、祓魔師が仕事を放棄するということは、神を裏切るも同義。
だから、退かない。
ローズはじりじりと少しずつ歩を進め、夜刀との距離を詰めていく。
周りの音は聞こえない。静寂。
これほどまで集中するのは久しぶりだ。
目の前の夜刀は悠然と佇んでいた。構えもせず、何もせず。背中から黒い翼を生やし、佇んでいた。翼は羽ばたくことがなく、見るからに持て余しているようだった。
完全にこちらを舐めている。
ローズは夜刀の佇まいを見てそう思う。
歯噛みをする。今すぐにでも浄化させてあげたい。だけど、不用意に動いてしまえばやられてしまう。慎重に。慎重にここは動かなければいけない。
そしてしっかりと距離を詰めた。
ここから駆ければ一気に夜刀に斬りかかることができる。
あとはタイミングの問題。どのタイミングで駈け出して、夜刀を斬るか。
改めて剣を握り直し、その手には力が込められる。
足にも力を込め、今にも駈け出す準備をする。
「よし」とローズはここで一つ覚悟を決めて、足を動かす指示を発す。
足は動く――と、刹那。
ローズと夜刀の間に入る一人の少女が現れた。
ローズは足を踏み出すのをやめた。
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