第2話
俺たちは、黒瀬夜刀と春海夢果は壊れた教会に足を踏み入れた。細々とした瓦礫が散らばっていて中には下敷きになっている人もいた。
俺は周りを見渡して灰ヶ峰椿姫の姿を捜す。すぐに見つかった。灰ヶ峰は瓦礫の下敷きになっておらず、床に寝転がっていた。
駆け寄ろうとする。しかし、そこで瓦礫が動く。瓦礫を押し退け、誰かが立ち上がる。
「いてて……」と言いながら立ち上がったのは金髪の女性。ローズ=デュランだ。そしたもう一人、静かに何事もなく立ち上がるのは少年だった。彼は確かローズの側近。御手洗清二。
「大丈夫? 御手洗くん」
「はい」
ローズは白い祭服に付着した土を払い、俺たち二人を視認する。
「まったく。何をどうすればこんなことができるのか。悪魔憑きのはずのあなた方が」
「これは俺じゃない。なんか空から降ってきてこうなったんだ?」
それより、と俺は言う。
「灰ヶ峰をこちらに渡せ」
「悪魔祓いは中止にしません。教会が破壊されても、悪魔祓いはできなくはないので」
ローズは隣の御手洗に指示をする。
「御手洗くん。悪魔祓いの準備をしなさい。私は彼らの相手をします」
「お気を付けて」
一歩前に出るのはローズ=デュランの方だ。
俺も俺で夢果に言う。
「灰ヶ峰を頼む。俺はあのローズとかいう祓魔師を相手する」
言って、俺も一歩前に出る。
俺は刀を出現させて、構える。
「祓魔師協会は悪魔憑きを殺さない。つまりお前は俺に手を出さない」
「だからと言って、私があなたに一方的にやられると思っているのですか」
「?」
「我々は原則、悪魔憑きを殺さない。可能な限り悪魔を祓い普通の人間に戻す。けれど、それが不可能な場合、我々だって悪魔憑きを殺します」
「だから俺を殺すのか?」
「いいえ。まだあなたから悪魔を払える可能性を私は感じていますので」言って彼女は懐から聖書を取り出す。「私はあなたの悪魔祓いに専念します。ただ用意もなしにする悪魔祓いはあなたにとって辛いものになるでしょう。しかしそれは致し方ありません」
なんかごちゃごちゃ言っているが知るか。俺は駈け出した。刀を振る。しかしローズは俺の振った刀を聖書で防ぐ。聖書には傷一つつかない。
「悪魔の力は聖なるものには通じない。むしろ、その力を無効化させる」
刀が消滅した。
「そして、十字架の前では悪魔はひれ伏すものです」
次にローズは十字架のネックレスを取り出して、それを俺の前にかざす。
頭の中が圧迫されるような眩暈に襲われ、俺は膝から頽れる。
「では。神の祝福をあなたに与えん」
そして、俺の耳から流れ込んでくるのは聖書の言葉。聞き慣れない言葉は、理解のできない言葉は、ただ不快でしかなく、ただ俺を苛むものでしかない。
つらつらと述べられる聖書の言葉は俺から悪魔を引き剥がさんと必死だ。俺の中から何かが浮き出てくるような、そんな感覚に陥る。これが祓われるということなのか。
「夜刀!」と声がする。
目を遣れば夢果がいる。夢果は御手洗相手に戦っている。いや、夢果に怪我の類が見えないから、夢果は御手洗の攻撃を躱しまくっているみたいだ。
「……ば、か」
よそ見をするな。よそ見をしたら、御手洗にその隙を衝かれてしまう。
俺の危惧したことはすぐに現実になる。
俺の方を心配そうに見る夢果。その隙を衝き、動く御手洗。
御手洗はスキットルと呼ばれる蒸留酒などを主に入れる携帯用の水筒を取り出し、蓋を開け、それを持った腕を振る。スキットルから出てきたのはキラキラと光る透明な液体――水、おそらくは聖水だ。スキットルから振り出された聖水は夢果の顔にかかる。
聖水。
当然ながら悪魔憑きには効果は抜群。夢果はその場に倒れる。
夢果! と声を掛けたかったが、こちらもそれどころではない。
眩暈に次ぐ眩暈。吐き気までもしてきた。
御手洗は倒れて動けない夢果を見下ろして、足蹴にする。
「邪魔」
そう言って、御手洗は自身の足を使って夢果を端の方へとやる。まるで道の真ん中にある虫の死骸を蹴るように、そんな風に夢果を扱う。悪魔憑きを手で触りたくないからか。それともやはりただの人間と悪魔憑きは相容れないからなのか。なんだかんだ言ったって、悪魔憑きは人ではない。そんなことを突きつけられる光景だ。
というか。
夢果を足蹴にした、そのことが俺には赦せなかった。
悪魔憑きだからとかじゃなく、俺の幼馴染である春海夢果を足蹴にしたその事実は俺を苛立たせる。
ローズが唱える聖書の言葉はいつまでも俺の身体にのしかかる。俺から悪魔を奪い去る聖なる言葉は俺をただの人間へしていく。
しかし、俺は怒っていた。
悪魔憑きとは、人間とは何だろう。
ただみんなと違うというだけで、忌避され、異端視され、追い出された。
みんなと違うというのがそんなにも大きなことなのか。
だいたい異能力を持っている俺たちはただの人間よりも強いのではないか。なのに、俺たちは惨めに空へ逃げ、惨めに虐げられている。そういえば、中には利用されている悪魔憑きもいた。アド・アボレンダムに拘束されているあいつ。有用な力だから、祓魔師の集団であるアド・アボレンダムはあいつを利用していた。
身勝手だ。
人間とは身勝手なのだ。
結局、自分を守る。そういうものなのだ。
だから、自分とは違うものを気持ち悪く思う。
悪魔憑きはただ異能を持っているというだけで、その実は人間だ。
ならば、俺も、夢果も、甘木先輩も、ほかの悪魔憑きもやはり人間と同じように身勝手な生き物なのだろう。
俺のこの怒りも、俺が勝手に抱いているものだ。
どいつもこいつも俺たちに優しくない。他人と違うからいじめていいなんて理屈はないのに。
怒り怒る。
胸の奥底で蠕動していたこの感情は怒り。
他人の身勝手さに、俺は身勝手にも怒っている。しかしこれも俺が悪魔憑きである以前に人間だからなのだろう。
今までの出来事に怒り、何より今のこの現状に怒る。
ローズ=デュランは聖書の言葉を依然として紡いでいる。その言葉は俺にとっては煩わしくて、苛立たしい。そして何もできていない、やられているだけの俺自身がまた苛立たしい。
怒る。
胸の奥底で蠕動している怒りが一気にどす黒いものとなって湧き上がってくる感じがする。
――気分がいい。
「ははっ」
――最高に気分がいい。
「ははははっ」
俺は笑っていた。眩暈はぶっ飛んでいる。
俺は何だ?
「ん?」とローズが怪訝になる。
俺は笑う。
俺は誰だ?
気分は最高にハイだ。胸の奥からどす黒いものが湧き上がる感覚はいっそ清々しい。
俺は……。
――俺は、俺を失う。
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