第四章

第1話

 ビルの屋上は風が強かった。


 乱れる髪を手で押さえながら、イーノック=トンプソンは屋上の縁で下方を見ていた。視線の先には教会があった。確か聖ジョージ教会とか言ったか。彼の視界には教会以外にも一組の男女が入っている。黒瀬夜刀と春海夢果。悪魔憑きの少年少女だった。


「悪魔憑きだから、教会に入れないのか」


 そんなことを独りごちるイーノック。


「ふむ。ならば一つ手助けでもしてやるか」


 ――と、そう言った直後。背後から声を掛けられる。


「お前がイーノック=トンプソンだな」


 男の声だった。イーノックは振り返る。


 祭服を着た集団がそこにいた。ほとんど見たことのある顔だ。イーノックのアジトを襲撃した奴ら――アド・アボレンダムの連中だった。


「アド・アボレンダムか。えーと、お前、名前は確か……」


「ジルベール=ギー」


「そうそう。ジルベール。それで、何か御用かな。てか、なんで俺がここにいるってわかっただ?」


「お前のお仲間が教えてくれた。お前は売られたんだ」


「それは夜刀くんのことかな」


「そんな名前だったかな」


「そうか」


 言って、イーノックは少し俯く。そんな彼の様子をジルベールは無視して言う。


「お前はどうして我々の拠点を知っていた?」


「そりゃあ調べたからな」


 顔を上げてイーノックが答えた。


「調べたくらいで見つかるわけがない。情報の統制はちゃんとしていたからな」


「しかしそれが事実だ」


「ふざけるな。お前はいったい何者だ。ただの市民か? 実は悪魔憑きじゃないのか?」


「悪魔憑きはこの世界にはいられない。この地上の世界に出現した悪魔憑きはみんな君たち祓魔師が処理をするからな。俺はずっと地上に住んでいる。もし俺が悪魔憑きだったらすでに君たちに見つかっているだろう」


「じゃあ、お前は何だ?」


「答える義理はない」


「答えろ」


「嫌だね。それとも何かな。祓魔師が俺に手を上げるか? 祓魔師が悪魔憑き以外の人間に危害を加えることは許されないよ」


 そこでジルベールが思案顔になる。何かを考え、考え抜き、答えを出す。


 ジルベールは隣にいる部下に「あいつをやれ」と一言告げる。部下は「しかし」などと反論をするが、それでもジルベールは「俺が責任を持つから言う通りにしろ」と言った。


 部下は腰に差してある剣を抜き、前へ出る。


「祓魔師の風上にも置けないな」


「一ついいことを教えてやる」ジルベールが言う。「明るみに出ない罪は罪ではない」


「なるほど。愚かだな」


 ジルベールの部下の男が剣を振りかざしイーノックに迫る。そしてイーノックの眼前で剣は振られる。剣はイーノックの右肩口から入りそのままずずっと斬り込まれる。意外とすんなりと刃はイーノックの身体に入り込み、右肩口から入った剣は腹の所まで進み、そこで止まる。


 しかし。


 イーノックの表情に変化はなかった。むしろ笑みさえ浮かべている。


「まったく」と溜息交じりにイーノックは言う。身体には剣が刺さったまま。「罪深き聖職者だね」


 イーノックは剣を振った男の襟首を掴み、持ち上げ、投げる。


 屋上の外へと。聖ジョージ教会の方へと。


 投げられた男は凄まじい速度で飛ばされて聖ジョージ教会に激突。


 轟音が轟き粉塵が舞い上がり、聖ジョージ教会は破壊された。


「ふむ。これで彼らも幾分か楽になるだろう」


 イーノックは呟いた。それからイーノックは再びジルベールの方を向く。


 ジルベールは驚きに満ちた、いや、恐怖に満ちた表情を浮かべている。


「お前、本当に何なんだ!?」


「ん」と億劫そうに身体に刺さった剣を抜きながらイーノックは言う。「知りたいのか?」


 静かに頷くジルベール。


「仕方ないから特別に教えてあげるよ」


 イーノックはジルベールの問いに答える。


「俺はね――」

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