第三章

第1話

『今度はどうしたのかな、夜刀くん?』


 スピーカー越しから聞こえてくるのは甘木遊楽先輩の声だ。


 雑居ビルを出たところで俺は甘木先輩に連絡を取る。


「ここ周辺にどのくらい教会があるか教えてください」


『教会? どうしてそんな話になったの?』


「アド・アボレンダムを訪ねて、あいつらの使っていたものを使わせてもらって灰ヶ峰の居場所を捜そうとしました。けど、ダメだった。で、ダメだったということから推測して、灰ヶ峰が教会にいると推理しました」


『アド・アボレンダムの何を使ったの?』


「あいつら、悪魔憑きを利用して灰ヶ峰を捜していました」


『悪魔憑きを捜す悪魔憑き?』


「厳密には行方不明者を捜す悪魔憑きです」


『そう。で、保護は?』


「できませんでした。俺たちが手出しできないように結界が張ってあって」


『それは仕方ないわね。今回は諦めなさい。その人のことは。とにかく今は灰ヶ峰椿姫よ』


「わかっています」


『それで、教会とは?』


「はい。その悪魔憑きのサーチが及ばないということから、灰ヶ峰は聖なるものの内側にいると考えました」


『だから教会?』


「はい」


『なるほどねー。教会かー。てことは、あれかな? 祓魔師協会が所有している教会を私は探せばいいのかな?』


「そんなのあるんですか?」


『あるでしょう。なにせ祓魔師協会なんだから。教会の一つや二つ所有しているに決まっているじゃない』


「じゃあ、それでお願いします」


『祓魔師協会所有の教会を探すとういことで?』


「はい」


『わかった。少しそこで待ってなさい。すぐに終わることだから』


 通話終了。


「先輩、なんだって?」と横にいる夢果が訊く。


「少し待ってろって。すぐに教会の場所を教えてくれるらしい」


 ――と、再び俺のスマホが振動する。早いな、おい。


 通話開始。


「もしもし」


『もしもし。教会の場所を教えるよー』


 やはりというか当然というか、相手は甘木先輩だ。


「お願いします」と俺が言えば、先輩が言葉を紡ぐ。


『あなたたちがいる所から、約三キロ先に一つ祓魔師協会所有の教会がある。ほかにも三件、こちらで確認しているわ。詳しいマップデータはあとで送るから、それを参考して』


「ありがとうございます」


『ところでさー』と先輩が言う。


「なんですか?」


『いやね、一つ教えておこうと思うんだけ、だいたいの物事っていうのはそう簡単に進まないってことを』


「は?」


『だってさ、囚われ悪魔憑きを夜刀くんは保護できなかったでしょ? 目の前にあるのに、にも拘らずそれを手に入れることができなかった』


「それは……」


『目の前には囚われの悪魔憑き。保護するのは一見簡単。でも、その簡単なことができなかった。些細な壁があるだけで、それだけでその手は阻まれ届かない』


「何が言いたいんですか?」


 俺は少し声を低くして言った。もやもやとした気持ち悪いものが俺の胸の奥で蠕動していた。


『だから、簡単に物事は進まないってことが言いたいんだよ』


「だからその言葉が意図することはなんですか?」


『ん? それは自分で考えなさいよ。ヒントは充分すぎるくらいに与えたつもりなんだけどー』


「……」


『じゃあねー』


 通話は切られ、規則的な電子音が耳をつく。


 結局何が言いたかったのだろう。首を傾げつつ、俺は送られてきたマップデータを確かめた。

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