第4話

 地図を頼りに街中をさまよい、辿り着いた場所は高層ビルが立ち並ぶビル街を抜けた郊外にある雑居ビルだった。しかも裏路地のじめっとした通りにある。


 なんか闇金融業者がいそうな古びたビルなので入るのに躊躇われる。けれど地図によればこの古びたビルがアド・アボレンダムの拠点らしい。


「ねえ、ほんとにここ? なんか怖いんだけど」


「ここらしい。地図を見るにここらしい」


 俺と夢果は二人して首を傾げる。しかしいつまでもビルの前で立ち呆けるわけにもいかない。


 本当にここなのか。それ以前に入るのが怖い。震える足を一歩踏み出し、俺は歩き出す。夢果も俺についてくる。


 中に入り、エレベーターに乗る。どこにアド・アボレンダムの奴らがいるかはわからないが、とりあえずこういうときは最上階へ行けば何とかなるだろう。


 古いエレベーターは何かの拍子で壊れてゴンドラが落下しそうだったけど、ピンポンという音が最上階への到着を告げてくれた。


 目の前には扉がある。これを開ければいいのだろうか。俺は取っ手に手をかける。


 夢果と頷きあって、俺は勢いよく一気に扉を開いた。


 バン! と。扉を開ければそこには空間が広がっていて、見渡すに殺風景で埃っぽい。そして一つの席を見つける。コンクリの打ちっぱなしで壁にはひびが入っている寂れた部屋には不釣り合いなほどに豪奢な机、そして椅子。椅子には黒の祭服を着た一人の男性が腰掛け、何やら書類を読んでいた。足を机の方へ投げ出し偉そうに椅子に座っている男性を俺は知っていた。


「あ」と男性はこちらを見て口をあんぐり開けている。ひどく驚いていた。


「お前」と俺はその男性の名前を言ってみる。「ジルベール=ギー……っ!?」


「は、ちょ。え? なんでここにいるんですか? どうしてここが? この場所を知っているのは俺の部下のさらに側近のみ。そもそも、誰からも立ち寄られないよう誰も興味を示さない小汚い場所に陣取ったんです。そうそう見つかって堪るか」


 なんかぶつぶつ言っているけど実際こうやって見つかっちゃったね。


「どうやってこの場所を見つけたんですか?」


 鋭い目つきでこちらを睨み、ジルベールは問う。その声には少しばかり焦りも混じっているように思えた。


「ある筋からの情報提供があったもので」と俺は答えた。


「だから、その情報提供者を教えなさい」


「無理」


「ならば力付くでも訊き出します」


 言って、彼は懐から聖書を取り出す。これはヤバいと思い、俺は聖書の一節を読まれるよりも速く動く。どこからともなく刀を取り出し、俺はそれを振る。アバドンの針の力を有している刀。斬られた者には死さえ許さない激痛を与える。


 俺は駈け、ジルベールに迫り、刀を振る。


 ジルベールは机を蹴って、椅子に座ったまま俺の振った刀を避ける。ごろごろと椅子に座ったまま優雅に移動をするジルベール。移動の際に壁に立てかけてあった自身の剣を掴み、それから彼は椅子から飛ぶようにして立ち上がった。で、彼は一気にこちらへ迫り、俺との距離を詰めてくる。そして鞘から剣を抜き、居合の要領で剣を振ってくる。


 俺はその斬撃を刀で防ぐ。金属同士がぶつかり合う耳障りな甲高い音が響く。


「俺もお前に訊きたいことがあるんだ」とそこで俺は切り出した。「祓魔師協会は灰ヶ峰椿姫をどこへやった?」


 俺の質問を聞いたジルベールが怪訝な表情をして、そして彼は俺と距離を取るために後退。彼は構えを解いた。


「どうして、我々がそれを知っていると思った?」


「だって、お前らは灰ヶ峰椿姫がいることを知った上で俺たちの潜伏先を襲撃した。ホテルのときだってそうだ。普通なら知り得ないのにお前らは襲撃してきた。つまり、お前らは灰ヶ峰椿姫を見つけ出す何かしらの術を持っている」


「なるほど。だから我々を襲いそのことについて問おうと。ところで、ここをどうやって知ったのですか?」


「だからそれについては言わない」


「では、灰ヶ峰椿姫の居場所を教える代わりに、ということではどうでしょう?」


「え?」


「あなたの言う通り、我々は灰ヶ峰椿姫を見つける術を持っている。でも、あなたたちはただこの事実が知りたいわけではないのでしょう。知りたいのは灰ヶ峰椿姫の居場所。では、取引です。この場所を教えた人を教えてください。そうすれば灰ヶ峰椿姫の居場所を見つける術を提供しましょう」


 えーと、どうすればいいんだ? 俺は軽くパニックになる。


 これはつまりイーノックさんを売って、灰ヶ峰の居場所を知るということだ。灰ヶ峰の居場所は知りたい。しかしイーノックさんを売るということはできない。でも、イーノックさんを売らないとそもそもの目的である灰ヶ峰椿姫の保護ができない。


 ならば、売るしかないのか。


「あなたにとって大事な物は何か? それがはっきりしていれば答えなんてすぐに出るんじゃないですか?」


 そうジルベール=ギーが言う。


 俺にとってはいったい何が大事なのだろうか。


 イーノック=トンプソン? それとも、灰ヶ峰椿姫?


 ふと夢果に袖を引かれる。夢果は俺の耳元で囁く。


「夜刀、どうするの?」


「どうするって、それは……どうしよう?」


「わたしはイーノックさんを売るべきだと思うけど」


「でもそれだとイーノックさんを裏切る形になる」


「けど、裏切らないと椿姫ちゃんは助けられない。元々、わたしたちは椿姫ちゃんを保護するよう命令されている。イーノックさんを売らないってことは、椿姫ちゃんを助けないってことになるし、命令に背くってことになるよ」


 命令に背く。それは甘木遊楽に叛くってことだ。甘木遊楽は天空集住地の影の権力者大罪セブンの一員。甘木先輩に叛くってことはつまり天空集住地にいられなくなる可能性が大きいってことなのだ。


 大事な事物はなんだろう。俺にとって何が大事なのか。


 けれどもきっと少なくとも、住処を失うことは避けたいし、灰ヶ峰椿姫を見捨てるなんて選択肢はない。


 ならば、やはり、そうするしかないのか。


 申し訳ないけれど。


「イーノック=トンプソン」


 そう俺は口を開いた。


「それが、この場所を教えてくれた人物の名前だ」


 にひぃ、と。ジルベール=ギーは笑った。


「ありがとうございます。じゃあこれで取引成立」


 言って、彼は歩を進める。


「ついて来なさい。約束通り、術を提供しましょう」


 ジルベールは部屋を出て階段を下りて行く。俺たちはついて行く。階段を下りて下りて、一階に着いたらさらに下りて、地下へ向かう。


 窓はなくなり陽光は遮られ、電球だけが光源となる。仄暗くなる。湿っぽくなる。


 扉を開ければそこには空間が広がっている。地下室だった。


 そして。


「……」


 地下室には一人の男性が椅子に座っていた。いや、座らされていると言えばいいのか。


 椅子に座っている男性は、椅子に縛られていた。ぐるぐると麻縄で縛られて身動きができないようにさせられていた。目隠しもされている。


「なんだ、こいつ?」と俺は呟く。


 こともなげにジルベール=ギーが言う。


「これが術だけど。我々はこれを使って灰ヶ峰椿姫を、悪魔憑きを見つけている」


 まるで物みたいにジルベールは目の前の男性を扱っている。


「こいつは何だ?」


「だから、我々が保有する道具だよ。悪魔憑きを探知する道具」


「どう見ても人間だ」


「人間じゃない。こいつは悪魔憑きだ」


 そう言えば、アド・アボレンダムは悪魔憑きを人間と見做していなかった。しかし、こいつは悪魔憑きなのか。つまりアド・アボレンダムは悪魔憑きを利用して悪魔憑きを見つけて悪魔憑きを駆除しているということか。


 俺は椅子の上で拘束されているくだんの悪魔憑きに近づく。


 が。


「っ」


 近づけなかった。


 ガラスの壁が行く先を遮っているわけではない。


「結界……」


 結界が張ってあった。男性を中心に置き、その周囲に《円環》が描かれている。ただ二重の円が描かれているだけなのだが、それだけでも俺はこの円の内側へ足を踏み入れることができない。


「当然」とジルベールが言う。「それを持ち去られてはこちらも困るのでね。あなたたち悪魔憑きに触れられないように対策を講じていますよ」


 ぎりっと、歯噛みをするのは俺。何かが釈然としなかった。


 俺が今からやろうとしていることは悪魔憑きを利するということだ。悪魔憑きである俺が悪魔憑きを利用する。なんだこれは? そもそも俺たちは悪魔憑き保護協会の人間であり、ここ地上の世界にいる悪魔憑きを保護し天空集住地に連れて帰ることが役割だ。こんな俺たちからすればこの目の前の男性も保護の対象となり得るのだ。しかし、今、俺たちが請け負っている命令は灰ヶ峰椿姫の保護であり、こいつの保護ではない。しかし、こいつも保護するのが俺たちの役割で……でも、現実問題、俺は、俺たちはこいつを保護することができない。


 俺たちが今できることはこいつを利用し、灰ヶ峰椿姫を見つけることだけだ。


「では、俺はここで。言っておきますけど、使うだけですからね。それ以上の危害をそれに加えたら、それは約束を破るってことになります。もし、あなたたち悪魔憑きが悪魔に憑かれただけの人間だと自負するならば、人間としての常識を守るのは当たり前ですよね。約束を守るだなんて、人間なら当たり前のことですから」


 では、と言って、不敵な笑みで、ジルベールは地下室から出ていった。


 釈然としない。心の奥底で何かが蠕動している感覚がする。けれど、俺はそれを押し殺して眼前の男性と向き合う。


 そうだ。今は灰ヶ峰椿姫を見つけなければならないのだ。


「聞こえているか?」


「お前は誰だ」と男性が言う。


「俺の質問にだけ答えてくれ」


 俺はそう言った。俺が悪魔憑き保護協会の人間だと言えば、こいつはどうなるだろう。助けてくれ、と言うのだろう。もしそうなれば面倒なことになる。時間が惜しい今だ。余計なことは言わないことにする。俺は冷徹になる。


「奴らと似たような奴か」と男性はぼやくが無視だ。


 俺は言う。


「灰ヶ峰椿姫はどこにいる? エレキシュガルに憑かれた悪魔憑きだ」


 やや間が空いて、男性が言う。


「またその質問か。さっきも言ったが、どうにもそいつは今、探知できない状態にある」


「は? 何を言っている? 嘘でもついているのか」


「嘘をつく理由がない。さっきも何度も言ったが、本当に探知ができないんだ。僕はアガレスという悪魔に憑かれているが、アガレスの能力は知っているかな」


「知らない」


「行方不明者を捜す。言語知識に優れている。そしてそれら知識を提供する。そういう能力だ。僕の能力を以てすれば、行方不明者を捜すことは容易い。にも拘わらず、僕はエレキシュキガルに憑かれた少女を見つけられない。つまり、そういうことだ」


「行方不明じゃない」


「お前はすでにその少女を見つけているのではないかな?」


「見つけていたら、こうやって探すように頼んでいない」


「ではもっと別の理由があるのだよ」


「だからその理由を」


「知らないよ。僕は行方不明者を捜すことと、言語知識を授けることしかできない悪魔憑きだ。それ以上のことはできない。推理ができるほど、僕は頭がよくないものでね」


 役に立たない。ていうか、ジルベール=ギーはこうなることを知っていてこの取引をしたのか。ていうか、さっきも同じことを訊かれたってこいつは言った。


「待て。お前、さっきも同じことを訊かれたって?」


「ん? そうだな。さっきも訊かれたな」


「で、今みたいなことをお前は言った?」


「ああ。見つからないって言ったな」


 マジか、マジか、マジかよ、おい!


 俺は夢果の方を見遣った。夢果は驚愕の顔をしている。彼女も気付いているようだ。


 俺は地下室を出る。階段を駆け上り、とりあえず最上階へ向かいジルベールのいた部屋の扉を開けるけど……。


「……いない」


 もぬけの殻だった。その後もほかの階の部屋を片っ端から覗くがアド・アボレンダムの人間はどこにもいなかった。


 約束を守るのが人間として当たり前、だなんてジルベールは言っていたのに。


 あいつはアガレスの悪魔憑きに灰ヶ峰椿姫の居場所を訊いても何もわからないことを知っていて、それであの取引を持ち出してきたんだ。そして俺はそれにまんまと乗っかってしまった。


 この様子だとおそらくジルベールたちはイーノックさんを襲撃しに行ったのだろう。


 騙された。


「騙された!」


 なんだよ。ジルベール。お前が真っ先に約束を破りやがった。人間なら約束を守るのが当たり前? そうだ。その通りだ。でも、お前、約束を破りやがった。ジルベール、お前の方が人間じゃないじゃねーか!


 くそ……。


 どうすればいいんだ。


 とりあえず、イーノックさんに電話か。


 俺はスマホを取りだして、イーノックさんに電話を掛ける。


 が。


 スピーカーの向こうからひたすら聞こえてくるのは呼び出しのプルルという音だけだ。仕舞いには『お留守番電話サービスに接続します……』なんて機械的な声が聞こえてくる。


 俺の所為なのか。俺の所為でイーノックさんは……。でも、あの人のことだし、そう簡単にやられるとも思えない。いや、俺がただそう思いたいだけなのか。


 どうなっているんだ。


 どうすればいいんだ。


 今、ここで、俺が取るべき行動とはいったい何なのか?


「わたしたちは、椿姫ちゃんをまだ保護していない」と突然夢果が口を開く。「なのに、あの人は椿姫ちゃんの居場所がわからない。つまり、椿姫ちゃんはあの人のサーチ能力が及ばない場所にいるってことになるのかな?」


「夢果? なんだ、いきなり」


 いきなり何を言い出す?


「ねえ、夜刀。今、わたしたちがやることはイーノックさんを助けることでもあの囚われの悪魔憑きを助けることでもなく、椿姫ちゃんを保護することでしょ。そう決めたでしょ。なら、今は椿姫ちゃんを助けることを真っ先に考えるべきじゃないかな。夜刀はいろいろ考え過ぎだよ。もっと単純に、シンプルに行こう。今やることは椿姫ちゃんを助けること。それだけ。いい? だから、わたしは椿姫ちゃんが今どこにいるかを考える」


 確かに、俺たちは灰ヶ峰椿姫を保護すると決めた。ならばその通りに動くべきなのだろう。ほかのことに気を取られるべきではないのだろう。しかし、俺は騙された。騙したジルベールも赦せないが、それよりも俺は騙された俺自身が赦せない。だから責任を感じてしまう。


「夜刀」と夢果が諭すように言う。「考えはシンプルに。大丈夫だよ。イーノックさんなら。まあ、もしこのことでイーノックさんに何かあったら、それはそのときに考えればいいんだし」


「楽観しすぎじゃね?」


「こうでもしないと今はやってられないと思うけど? そもそも人間なんて同時に複数のタスクを処理できる生き物じゃないんだし。今しか考えられないんだよ、わたしたちは。たぶんだけどね」


 いろいろ考えるから俺は動けずにいるのか。なら、今は、とにかく目の前の目的だけを考えるべきか。


 実は、こうやって考えている時点で俺はシンプルに物事を考えられていないのではないか。


 俺は深呼吸をしてみた。すると気持ちが少し落ち着く。夢果が俺の背中に手を置いた。夢果は言外に「大丈夫だよ。落ち着いて」と語りかけていた。


 俺はちゃんと落ち着いた。


 頭はスッキリ。俺は改めて思考を開始する。


 灰ヶ峰椿姫を保護する。それだけを考える。それを念頭に置き、俺はさらに考える。


 先ほど夢果の言ったことを精査する。


 夢果は言った。


 あの人の――アガレスの悪魔憑きのサーチ能力が及ばない場所に灰ヶ峰がいるのではないか、と。


 ではそれはいったいどういうことなのか。


 悪魔憑きの能力が及ばない。それはどういうことなのか。


 悪魔憑きというのは聖なるものに弱い。悪魔がそうであるように、聖なるものに弱い。聖水をかけられれば、聖書の一節を聞き入れれば、たちまち眩暈に襲われ行動不能に陥る。


 つまり、聖なるものは悪魔を退ける。聖なるものは悪魔の影響を寄せ付けない。


「悪魔憑きは聖なるものに弱い。聖なるものは悪魔の力の影響を受けない。つまり、灰ヶ峰は聖なるものの内側にいるのではないか。だからあいつのサーチ能力では発見できなかった」


「待って、そもそも聖なるものの内側にいたのはそのアガレスの悪魔憑きの方じゃないかな?」


「そうか」


 確かに、アガレスの悪魔憑きは結界たる《円環》の内側にいた。もともと悪魔の力が外へ出ることがなかったということか。とことんジルベールが騙したということか。


「アガレスの悪魔憑きに訊いてみるか」


 俺たちは再びあの地下室へ向かう。


 地下室の扉を開けると依然拘束されているアガレスの悪魔憑きが口を開く。


「誰だ?」


 彼は目隠しをされているから俺たちを見ることができない。


「俺だ」と俺は声を出す。


 俺の声を聞いた彼が言う。


「さっきの奴か」


「お前に訊きたいことがある」


「なんだ?」


「お前の力は本当にちゃんと発揮されているのか?」


「僕はお前を騙していない。それはさっきも言ったはずだが」


「だが、お前は結界の内側にいる。悪魔憑きは聖なるものに弱い。聖なるものは悪魔の力の影響を受けない。聖なるものの内側にいるお前の力はそれに阻まれて外に出ていないのではないか?」


「それはない。僕は僕自身で僕の力が世界全体に行き渡っているのを自覚している」


「勘違いじゃないのか?」


「この結界は僕が逃げ出すことを阻止するために張られた結界だ。最初にエレキシュキガルをサーチしたときもこの結界は張ってあった」


「つまり本当にサーチの力は働いている」


 顎に手を当て考える。これはつまり……。


「椿姫ちゃんは教会にいる?」


 そう言ったのは夢果だった。


「だってそうでしょ。とりあえず聖なるものがサーチ能力を阻んでいることは確実。それを踏まえた上で考えれば、椿姫ちゃんは聖なるものの内側にいる。椿姫ちゃんを攫ったのは祓魔師協会。祓魔師協会は悪魔祓いを行う。悪魔祓いを行うならばそれ相応の場所を選ぶはず。だから椿姫ちゃんは教会にいる……と思う」


 確かに教会は聖なる場所だ。ゆえにその中にいれば悪魔の力は及ばないだろう。しかし、ほんとうにそれだけか。


「でも、こいつみたいに結界の内側にいるとも考えられる。もしそうだと教会よりも捜すのが難しくなる。結界の内側にいるとなると、場所は関係ないからな。ここみたいな雑居ビルだってあり得る」


「それは、確かに……。でも、その二択しかないんだから、教会を片っ端から捜していくというのは一つの手だと思うよ」


「それもそうか」


 ならば、とりあえずここ周辺の教会をターゲットに捜していくことにするべきか。


 よし。目的は決定した。では次はその目的のために動く。


 まずは周辺に教会がどのくらいあるかを調べなくてはならない。


 しかしどうする? 俺のスマホのマップアプリはここ地上の世界に対応していない。それは夢果のものも同じだ。


 もう一度、俺は甘木遊楽先輩に連絡を取ることにする。先輩なら何とかしてくれるだろう。


「おい」とアガレスの男が言う。「お前ら、本当に何なんだ? アド・アボレンダムと似たような奴らじゃないのか?」


 俺と夢果のやりとりを聞いていたからか、彼は再度その質問をした。


「似たような奴らだよ」と俺は言った。「俺たちはあいつらと同じようにお前を利用しているんだ。だから俺たちはお前に何もしてやれない」


「あ、そう。それは残念だ」


「ここから出たいか?」


「出られるのなら」


「そうか」


 本当に釈然としない。目の前には悪魔憑き。俺たちは悪魔憑き保護協会。俺たちの目の前にいるのは保護するべき者である。しかし、保護はできない。


 それに今後、俺はこいつを助けられる保証はない。


 歯噛みする。胸の奥底から何かが湧き上がる感覚。


 しかし、何をしたって目の前の男は救えない。少なくとも今は何もできないのだ。


 落ち着け。冷徹になれ。見捨てろ。そうしなくてはいけない。今はそうするしかない。


「行くぞ」と夢果に言って、俺たちは後ろ髪ひかれながらも地下室を出た。


 地下室を出てから俺は甘木先輩に連絡を取る。

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