第一章
第1話
悪魔に憑かれた者は異能を得る。異能を得たものは穢れた者/悪しき者となり、迫害を受ける。
処刑とか、悪魔祓いと称した苦行・拷問とか、とにかくひどい仕打ちに遭う。
だから悪魔憑きは地上を離れて空に逃げた。
悪魔に取り憑かれた身でありながら、逃げた先は地下ではなく天空。かの島国・日本に悪魔憑きたちは集まり、日本を宙に浮かばせることで、空に居住権を得た。
宙に浮いたその瞬間に、日本は
人が集まれば組織となり、そこには統治者が生まれ、さすれば
ここを国と呼んでいいものなのか? それはどうにもわからないが、それでもここが国のような場所であることには変わりがない。
俺、
俺には両親がいない。だって、両親は普通の人間だからだ。だから、ここの住人ではなく下の世界の住人だ。
それは学生寮の俺の部屋の隣の部屋に住んでいる幼馴染の
「痛い。まだヒリヒリする……」
朝。学生寮を出て学校へ向かう途中。腫れた頬をさすりながら、俺はそんなことを呟いた。
「夜刀が悪いんだよ」
隣を歩く夢果が口を尖らせてそう言った。
いやだがしかし、そうは言うけどさあ……。
「あれはただの事故じゃん。それでビンタされるのは、なんというか理不尽というか……」
「でも、夜刀はわたしの胸を揉んだ」
「まあそうだけど……そもそも、お前が発情しなければ起こらなかった事故だし。だからやっぱり理不尽だ」
「うっ……」と夢果は言葉を詰まらせた。
昨夜のことだ。夢果が俺の部屋に乗り込んできて襲ってきた。性的に俺のことを誘ってきた。なんとか発情した夢果を正気に戻すことに成功したけど、その後、てんやわんやしてしまい俺は彼女の胸を揉むという事故に至った。で、どうしてかな、夢果にビンタされその腫れが未だ治まらず今に至る。
そもそも夢果は夜な夜な発情するタイプなのだ。どうしてかといえば、それは彼女に憑いている悪魔に原因がある。夜な夜な発情して男を誘う。ここまで言えば察しはつくだろう。夢果はサキュバス憑きだ。その影響で、夜な夜な発情してしまう。まあ、牛乳を飲ませれば正気に戻るわけだけど。
「まあ、夜刀にはいつも迷惑かけて申し訳ないとは思うけど……。でも何の断りもなくいきなり胸を揉まれるのは……いや、かな」
夜になってサキュバスの面が活性化すると夢果は途端に色っぽくなって男を惑わすけど、実際のこいつは意外と純情。……てか、断りを入れたら胸を揉ませてくれるの? ねえ、そこんところはっきりさせておきたいんだけど!
「断りを入れたら胸を揉ませてくれるのかよ?」
「えっ!? いや、それはっ、その……って、なんてことを訊くのよ! バカ」
言って俺の肩を小突く夢果。
「悪い悪い。悪かったって」
こんな会話を繰り広げながら歩いていると俺たちの通う学校が見えてくる。
そんな名門とも言える高校にどういうわけか通っているのだけど、さてはて、このような高校に通っている俺たちは権力者になるのだろうか。ま、先のことなんだから気長に考えればいいのだけど。
最大規模を誇るだけあって、芥子川学園はどこぞの大学のキャンパス並みに広くて大きい。高校の設備に何をどこまで投資すればこんな規模になるのか疑問を抱くほどだ。ひとまず校門をくぐれば桜並木。今は季節的にも樹には葉が茂っているだけだが、春になれば満面の桜色。少し歩けば校舎が見える。本校舎を中心に、その周りには特別教室のある特別教室棟、文化部の部室がある部室棟、そのほか、図書館や三つの食堂がある。本校舎の裏側にはグラウンドがあり、グラウンドの隣はテニスコート、さらにその隣には体育館、そして運動部の部室棟がある。そのほかにも俺自身よくわからない建物がいくつかある。
俺たちは本校舎の昇降口から靴を履き替え、教室へ向かう。
俺たちは高校二年生なので、向かうは本校舎二階、二年二組の教室だ。
ガラリ、と扉を開けると教室内はいつもの喧騒。俺も夢果もクラスメイトと挨拶を交わしつつ自分の席へと行く。椅子を引いて席に着く。SHRの時間も近いので席に着いたまま一時限目の準備をする。
で、準備をしていたらまた教室の扉が開く音がする。そこから誰が入ってこようと興味はなかったけど、自然、俺はそちらに目を遣ってしまった。
「あ」
そこには数人の男子生徒が力者となって輿を担いでいて、その輿には一人の女子生徒が悠然と座していた。
輿というのは人力で持ち上げ運ぶ乗り物のことである。そんな輿に乗っている女子生徒は肩甲骨辺りまであるキャラメル色の髪にウェーブをかけていて、その顔は高校生にしてはどこか大人めいていて胸も大きく、言うなれば《おねえさん》って感じ。
輿に乗った女子生徒は教室の扉をくぐる。くぐるときにゴンと扉のサッシに頭をぶつけて力者に文句を垂れていたが、それでも悠然と教室の中に入ってくる。
俺は彼女を知っている。
輿に乗った女子生徒はまっすぐに俺の席へと近づいてくる。俺の席の前まで来ると力者は輿を下ろし、女子生徒は輿から降りた。
そして、女子生徒は俺の目の前に立ち、こう言った。
「お話があるのだけど、いいかな?」
俺は彼女を知っている。
彼女は
甘木先輩は笑顔を浮かべていた。優しそうなその笑顔、しかしどこか有無を言わさぬ威圧感を含んだ怖い笑顔。
こういう顔をするときはだいたいろくなことがない。
はぁ、と俺は嘆息した。
直後、SHRの開始を告げるチャイムが鳴る。
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