第2話

 午前の授業が終わり、昼休みになった。


 俺は甘木先輩に会いに行く。朝、俺の教室に来て話があると言っていたけど時間が取れず話はできず仕舞いになったので、改めて昼休みにくだんの話をするという。で、指定された場所は文化部部室棟の三階、角の最奥の部屋。


「つーかさ、お前まで来ることはなかったんじゃないか?」俺は隣を歩く夢果にそんなことを言う。「一応、呼ばれたのは俺だけなんだから」


「でも、甘木先輩が夜刀を呼ぶ理由はあれしかないでしょ? なら、わたしも無関係じゃない。だからついて行ってもいいじゃん」


「まあ、そうだけど」


 言いながら、歩いて指定された場所へ着く。文化部部室棟三階最奥にある部屋。文化部部室棟なので、ここには文化部の部室が詰まっている。それぞれの部屋には何の部活の部室かわかるように表札がかけられているが、今、目の前にある部屋には何の表札もなく何の部屋かもわからないようになっている。けど、俺はここが何の部屋なのかを知っていて、この部屋は甘木遊楽先輩が私的に占有している部屋である。


 ガラッと扉を開け、俺たちは部屋の中に入る。


 部屋の中には甘木先輩と、それに付き従う数人の男子生徒がいた。


「待ってたよ。……って、春海夢果、きみも来たのか」


「別にいいじゃないですか。わたしだって夜刀と同じ立場のはずです」


「まあ確かにそうだけど、きみがいたら夜刀くんにちょっかい出せないじゃないか。私が彼にちょっかいを出すといつもきみが邪魔をしてくるし」


「じゃあ、ちょっかいを出さなきゃいいんです」


「それじゃあつまらない。だがしかし、来てしまったことには仕方ない。きみの仕事でもあることだし、きみも話を聞くがいい」


 俺たちは部屋にあるソファに腰掛けた。


 甘木先輩は御大層な椅子に腰掛け、御大層な机に肘をつき、これまた御大層に口を開く。


「仕事だよ」と甘木先輩は言う。


「でしょうね」と俺は言った。


 これ以外に甘木先輩が俺を呼ぶ理由が見当たらない。


 俺と夢果は甘木先輩に背くことはできない。先輩だからって理由もあるけど、それ以前にこの人はここ天空集住地おいて大きな権力を有する者なのだ。


 天空集住地には統治者がいて、その統治者を中心に議会があり、政治を行っている。そして議会は諮問機関を有しており、その機関の名は〈大罪セブン〉。七人の悪魔憑きにより構成される組織で、七人それぞれが七つの大罪に比肩する悪魔に憑かれている。


〈大罪セブン〉は議会の決めた政策に対して審議を行い意見を答申する機関であるがゆえに、次第に政治を掌握してしまい、実質的に統治者以上の権力を有してしまった組織である。


 甘木遊楽は〈大罪セブン〉の一員だった。七つの大罪の一柱、怠惰を司るベルフェゴールに憑かれているがゆえに〈大罪セブン〉に名を連ねている。


 だから、マジで甘木先輩には背けない。天空集住地という国と言っても差し支えのない大きな政治的組織を動かす者の一人。彼女に背いてやろうなんて、そんなことを考えるのはただのバカだ。それは天空集住地に謀反を起こすのと同義。


 そして、甘木遊楽は〈大罪セブン〉の一員であると同時に、もう一つ、とある組織のリーダーだった。


「で、今回はどんな奴を保護すれば?」


 俺がそう訊くと、甘木先輩は指を鳴らす。すると先輩に侍っていた男子生徒がすすっと動いて、俺と夢果に資料を渡す。


 ベルフェゴールは怠惰を司り、それに憑かれている甘木先輩もまた怠惰――面倒臭がり屋だ。だから先輩は数人の男子生徒を手玉にとって身の回りの世話をさせている。


 俺は資料を持ってきてくれた先輩の奴隷なのか従者なのかを横目で見てから、次に手元の資料に目を落とした。


 資料には顔写真と名前が載ってある。顔写真を見るに、鳶色の髪をサイドテールに結っていて眼鏡を掛けている女性だ。


「名前は灰ヶ峰はいがみね椿姫つばき。ついこの間までただの人間だったけど、悪魔に憑かれて悪魔憑きとなった。憑いているのはエレシュキガル。今は地上の協力者が匿っているとのことよ」


「つまり、こいつを保護して連れてくればいいんですね?」


「そう。簡単でしょ」


 甘木先輩はそう言うけど、これがなかなか危険な橋を渡るものなのだ。そもそも悪魔憑きはここから見て下の地上の世界にて迫害を受けたから空へ逃げたのだ。そんな俺らが地上の世界へ赴き仕事をする。正体が知れればどうなることかわかったものではない。


 しかし、やれと言われた以上やらなくてはいけない。


 だって先輩には背けないんだもん。


〈大罪セブン〉の一人であり、なおかつ、俺と夢果が所属する悪魔憑き保護協会というその名の通り地上の世界に現れた悪魔憑きを保護する協会の会長である彼女。


 いろいろとリーダーな先輩だから、彼女の命令に背く理由は見つからない。


「わかりました」と俺と夢果は声を揃えて言った。

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