第45話『ばらゆり-②-』

 オンライン上で名を馳せている『ばらゆり』の正体は、真面目な女子高生、鷺沼彩乃だった。その事実に驚きはあるし、信じられない気持ちでいっぱいだ。

「残念だったね。私が『ばらゆり』であるともう少し早く気づけていれば、岡本君はこんなことにならなかったのに。今まで気づけないなんて、私も残念だよ。安藤さんにとって、私はそのくらいの人間なんだ……」

「どういう意味だ。これまで声を変えて話していたくせに、自分だと気づかれないのが残念だって……」

 私にはさっぱり分からない。

 私が鷺沼の真意が何なのかを考えている中、当の本人である彼女はステージを降りて、私達の方に向かって歩いてきている。

「安藤さんにとって、私はその程度の人間ってことなんだよ。だから、ホモ・ラブリンスにどうしても入れさせたかった。安藤さんにとっての私を絶対的な存在にしたかったから」

「……こんな奴等と同じにさせたかったってことか」

 ホモ・ラブリンスのメンバーと同じように、自身に忠誠を誓わせたかったってことか。

「ホモ・ラブリンスは同性愛推進グループなんかじゃない。鷺沼のために作られたグループだったんだな」

 私がそう言うと、鷺沼はふっ、と笑って、

「……私のためにホモ・ラブリンスを作ったっていうのは正解よ」

 いつもの落ち着いた口調で話した。

「でもね……」

 鷺沼は急に目を鋭くさせて、

「同性愛推進グループ、っていうのも本当なんだよ、安藤さん。私は異性の恋愛よりも同性の恋愛の方が好きだからね」

「……そういうこと、前にも言っていたな。異性でイチャイチャしているのを見ると爆発してほしいと思うって」

「ふうん、そういうことはちゃんと覚えてくれているんだ」

「今、思い出しただけさ」

 思えば、鷺沼は自分が『ばらゆり』であることを仄めかすような発言をしていた。同性愛の方が興味があるということ。『ばらゆり』の口癖である、ちょっと遠くから見ているということ。そして、

「沙織さんとのデートの様子を見かけたっていうのも、偶然じゃないんだよな」

「大正解。そう、あなたと月島沙織さんのデートの行方を見守らせてもらうために、私はずっと尾行していたの。ちゃんと2人の関係が壊れるように、ね。それは高畑花音さんのときも一緒」

 今まで私が思っていた通り、鷺沼は私に嫌われるために沙織さんや花音にあんな計画を実行するように命令したんだ。

「それはやっぱり、私をホモ・ラブリンスに入れて、お前への忠誠心を刷り込ませるためなのか?」

「そんな程度のことでやらないわよ! 馬鹿じゃないの!」

 怒りを露わにする彼女の姿を初めて目の当たりにする。

「本当に……安藤さんは鈍感なんだね。それって、やっぱり……好きな人がいるからなんだよね。ここまで来たら普通なら分かるはずなのに、恋心がそれを見えなくさせている……」

「……まさか、とは思うけれど……」

 そんな素振りは今まで見せてきてこなかったはずだ。でも、まさか、鷺沼は私のことをずっと……。


「私と同じなんだと思うよ、真央」


 そう言って体育館に入ってきたのは桃花だった。亜紀もその後に続く。

「鷺沼さんは私と同じように、真央のことが好きなんだよ。それは友情という意味ではなくて、恋をしている」

「鷺沼が私のことを好き……だって……」

 確かに、その気持ちが理由であれば、一連の出来事について筋は通るけれど、こんなことをする必要なんてなかったんじゃないか? 人を好きになるって、人を傷つけるようなことを平気でさせてしまうのか。

 当の本人である鷺沼は私の目をしっかりと見て、口角を上げていた。

「ねえ、安藤さん。私はね、あなたのことがどうしても欲しかったの。だからね、安藤さんのことが好きだっていう人は全て許せない。だから、その恋心を破滅させる計画を実行するように命令したの。みんな、私の思い通りになって嬉しくなった」

「沙織さんや花音がどういう想いをしたのか分かってるのか!」

 自分の思い通りにならない原因を作り出す人間は、どんな手段を使ってでも排除するってことなのか。許せない。

「……そんなのどうでもいいわ。あなたに恋をする人間が現れて、仮にあなたと恋人同士になってしまったどうしよう。その気持ちを取り除きたい一心だった」

「……なるほど。でも、私に恋をする人間もいれば、私が恋をする人間だっているはずだ。そういう人間に対しても不安を抱くわけだ」

「その通り。私はね、あなたが自分以外の誰かと結ばれるあらゆる可能性を潰したいの。岡本由貴との関係を壊すためにどうするか。そこで思いついたのが、小田桐君を利用したあの動画だったのよ。岡本君は暴力が何よりも嫌いだから。あなたの『暴力女』という本性を引き出すのが一番だと思った」

「じゃあ、俺はそのために利用されただけだっていうのかよ!」

「ええ。岡本君と小田桐君が付き合い始めたらそれでもいいと思っていたしね。まあ、実際は私の予想通り、岡本君にショックを与えた小田桐君に安藤さんが激昂して暴力を加えるっていう展開になったけれどね!」

 あははっ、と鷺沼は笑い飛ばしている。

 動画をネットで公開したのは、おそらく由貴に「私が暴力を働いた」という事実により衝撃を与えさせるため。ホモ・ラブリンスによるものだと感付かれないようにするためか。由貴もホモ・ラブリンスが危険なグループであることは分かっていたから。

「まあ、あの動画の一件については、もう1つ大きな理由があってね」

「別の目的があったっていうのか?」

「……そう。私にとって、破滅させたい人間がいた。恨んでいるのよ、個人的に」

 鷺沼にとってそんな人間がいたというのか? 私の知らないところで、彼女の身に何があったっていうんだ?

「でも、運良く……その人間がホモ・ラブリンスに入ってきた。そして、安藤さんのことが好きだって相談しに来たの。安藤さんは岡本君という男の子が好きなのは分かっているけれど、それでも好きな気持ちは抑えられないって。どうすればいいですか、って」

「……まさか、その人間に動画の一件を任せたっていうのか?」

「察しがいいわね。さっきも言った通り、安藤さんに恋心を抱く人間は徹底的に排除する。その絶好のチャンスが巡ってきた。安藤さんと岡本君の関係性を崩すと同時に、私の復讐も達成するチャンスがね」

 由貴との関係性を崩すため、っていうのは想像できていたけれど、まさかもう一つの目的があったなんて。

 鷺沼が恨む人間がホモ・ラブリンスに入会してきた、ということは今もこの体育館か体育館の入り口付近にいるはずだ。いったい、誰なのか。

「きっと、私が復讐したい人間が誰なのかを考えているんだろうけれど、本当はもう分かっているんでしょう?」

「鷺沼の話を聞く限り、その人間は私に好意を持っている。鷺沼が恨みほどだから、相当な好意なはずだ。私の近くにいる……のは……」

 そうだよ。鷺沼の言うとおり、彼女が復讐したい人物の名は大体の見当が付いている。でも、もし彼女なら、どうして……どうしてホモ・ラブリンスに相談なんてしてしまったんだよ。切ない気持ちだけが膨らんでいく。

「その様子だと、私が復讐したい相手が誰なのか、分かったみたいだね」

「真央、いったい、誰なの……?」

 由貴にその人物が誰なのか、問われてしまう。

 きっと、そうなんだろう。けれど、それを口にできない。彼女があの動画の一件に関わったと信じたくないから。

「言えないのなら、私から言ってあげるよ。まったく、安藤さんを苦しめるなんて。こんな状況なんだから自分から言った方が潔いのに。でも、言えないかぁ。だって、好きな人を傷つけたんだもんね!」

 そして、鷺沼は目つきを鋭くさせ、


「香坂梓! それが私の復讐したい人間の名前よ! 出てきなさい!」


 彼女の怒号が体育館中に響き渡る。

 香坂梓。その名前をまさか、こんなところで聞いてしまうことになるなんて。由貴を傷つけるようなことをしたなんて。事実を知った今でも、信じたくない。


「……真央ちゃん、岡本君、小田桐君。本当にごめんなさい」


 その謝罪の言葉は紛れもなく梓の声だった。

 そして、制服姿の梓が私の前に姿を現すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る