第44話『ばらゆり-①-』

「由貴!」


 体育館に入って、彼の名前を叫ぶ。

 現在の時刻は、午後4時58分。タイムリミットの目前で到着することができた。

 体育館の中にはホモ・ラブリンスのメンバーと思われる多くの縁高校の生徒がいた。その中には、男女問わず私の知り合いが何人もいる。

 彼等の中心に、囚われの身となっている由貴がいた。しかし、彼の恰好はいつもの男子用の制服ではなく、女子用の制服だった。

「真央……」

 不安そうな表情をして私達の方を見る由貴。

「由貴、安心しろ。今すぐに私達が助けるからな」

 しかし、ホモ・ラブリンスのメンバーと比べて人数が圧倒的に少ない。無理矢理に助けようとすると、私達まで処刑される恐れがある。


「『ばらゆり』! 時間通りに来たぞ!」


 ホモ・ラブリンスのリーダー『ばらゆり』からの要求を果たしたこと伝える。

『安藤真央さん。私とのゲームに勝ったみたいだね』

 その声はこれまでに電話で話してきた声と同じで、何か機械に通したような声だった。

「ゲームの勝ち負けなんてどうでもいいんだ。時間通りに来たんだから、由貴をさっさと解放してもらおうか」

『それとこれとは話が別だよ。時間通りに来なければ岡本由貴を処刑すると言ったけれど、時間通りに来れば解放するとは言っていないよ?』

「屁理屈言ってるんじゃねえ!」

 どうやら、由貴に対する処刑の執行までの猶予期間が延びた、と考えた方がいいみたいだ。ただ、ここからの対応次第では即刻処刑の可能性もあり得る。気をつけないと。

『力ずくで岡本由貴を助けようとしても無駄だよ。こっちには君達の何倍ものメンバーが集っている。それに、安藤さんなら……分かるよね?』

「……くそっ……」

 由貴は何よりも暴力が嫌い、ということか。最終手段として実力行使も考えているけれど、そこを突かれるのは痛い。

『最初から、私との勝負には勝てないんだよ。さっきも言ったけれど、数の多さで正しさは決まるんだ。私の考えについていく人間がこれだけいる。それに比べて君はどうだ? 裏切り者の月島沙織と小田桐蓮だけだろう?』

「そういうことを言って自分の考えの正しさを主張しているけど、私はお前とは違う! お前のように自分のためだけに今、ここに立っているんじゃない!」

『……その言葉、そのまま君に返してあげるよ。そう言って、自分の考えが正しいように言っているけれど、実際の所はどうなんだろうね? これは私と安藤さんのどちらが正しいのかを判断する審判なんだよ』

「審判、だと?」

『ああ。君の考えが正しいという結論になったら、岡本由貴は解放してあげよう。でもね、私の考えの方が正しいという結論に至ったら……その時は岡本由貴に私の考えた方法で処刑を執行する』

「審判とか、処刑執行とか、何でもかんでも勝手に決めるんじゃない!」

 本当に自分勝手な奴だ『ばらゆり』という人間は。

 しかし、ホモ・ラブリンスのメンバーが圧倒的に多いため、『ばらゆり』の考えが自然なのだという空気になってしまっている。

『ふふっ、今は威勢良く反論できても、私の考えに従うのは時間の問題だよ。そうだな、私を裏切った月島沙織も、小田桐蓮も……今のうちにホモ・ラブリンスに戻ると自らの口から宣言すればお咎めなしにしてあげるよ』

「そんなことを言われても、俺達はホモ・ラブリンスに戻るつもりなんてない!」

 小田桐は『ばらゆり』の提案にすぐさまに蹴った。本当に彼はホモ・ラブリンスを壊すために入会していたことが伺える。

『あははっ、小田桐君ならそう言うと思ったよ。君は私に信仰する気がないのに、わざわざホモ・ラブリンスに入ってくれたよね。大切なメンバーの心を変えさせちゃうんだからねぇ。その行為は月島沙織よりも罪深いよ』

「俺はお前を裏切った覚えはないけれどね。何故なら『ばらゆり』の考えに従おうとは一度たりとも思ったことがないからだ」

『裏切られたかどうか判断するのはこっちなんだよ、小田桐蓮。私が裏切られたと思えば君の考えなんて関係ないんだよ、この裏切り者!』

 その言葉にホモ・ラブリンスのメンバーからも「裏切り者」などと、小田桐に対して野次が飛ばされる。

 しかし、初めてだな……『ばらゆり』がこんなに感情を露わにするなんて。おそらく『ばらゆり』にとって、裏切りという行為が許すことのできないことの一つなのだろう。

『私の考えが正しいという結論になったら、小田桐蓮も処刑してやる。覚悟しておくんだな』

「お前らの考えに従うくらいなら、処刑された方がマシだ」

『その言葉を言ったことを後で後悔させてあげるよ、あははっ』

 気を取り乱したかと思えば、すぐにいつもの『ばらゆり』に戻る。よほど、自分の考えの方が正しいと思っているんだ。

『月島沙織、君はどうだ? 小田桐蓮みたいになりたくなければ、ホモ・ラブリンスに戻ることをオススメするよ』

 小田桐に対して処刑宣告をすることで、沙織さんに恐怖という種を植え付けたのか。沙織さんがホモ・ラブリンスへと戻るために。そんなことさせてたまるか。

「ダメです、沙織さん。ホモ・ラブリンスなんかに戻ってはいけません!」

 今すぐにホモ・ラブリンスに戻ると決めれば、お咎めなしなんていうのもきっと嘘だ。自分への忠誠心を絶対的なものとするために、酷いことをされるに決まっている。

 沙織さんのことを見ると、怯えているという私の予想とは真逆の強気な表情を見せていた。

「……私も同じです。小田桐蓮君と同じです! 私は……好きっていう気持ちを踏みにじるような、そんなグループに戻るつもりはありません! あなたの方こそ、何人もの人の気持ちを裏切ったんです!」

 強く、しっかりとした声で沙織さんは『ばらゆり』に向かって反論した。そこにいたのはホモ・ラブリンスのメンバーではない、普通の女子大生・月島沙織だった。どうやら、さっきの『ばらゆり』と小田桐とのやり取りは彼女に勇気を与えたようだ。

『ふうん、君も小田桐蓮君と同じことを言うなんてね。しかも、私を裏切り者呼ばわりするなんて。これは小田桐君よりも重い処刑を執行しないといけないね』

「あなたの考えに従うよりマシです!」

『……なるほどねぇ。安藤真央さん、君はどうやら私達ホモ・ラブリンスにとって本当に脅威な存在だ。だから、ホモ・ラブリンスに入れたいんだよ! 魅力的だからねぇ……』

「私も二人と同じ考えだ。ホモ・ラブリンスなんかに絶対に入らない。むしろ、壊すつもりでここにいる」

『……こっちだって、私達の考えが正しいことを示して、君の間違った正義を粉々にしてあげるよ。そして、君をホモ・ラブリンスのメンバーにする。私の考えに従ってもらう』

「……お前の思い通りにはならないぞ」

 私は私の信じたことを貫き通すんだ。この状況を脱して、由貴を助けるにはそれしかないと思う。

『さてと、何時までも姿を見せないというのもフェアじゃないし、そろそろ君達の前に姿を現そうか』

 そう言った瞬間にざわつき始める。おそらく『ばらゆり』として姿を現したことが一度もないことが理由だろう。

『安藤真央さん、私の正体が分かったかな?』

「この私立縁高校の生徒だとは確実だと思っている。でも、誰なのか特定は――」

『……やれやれ』

 機械に通している声でも、私に呆れているのは分かった。


「ちょっと遠くから見守っているって、面と向かって言ったこともあるのに」


 その声に、私は全身に衝撃が走った。何故なら、この声を出す人間の正体を私はよく知っているからだ。

 確かに、思い出せばあの人は直接、私に言っていた。私達のことを遠くで見守っているということを――!

 そして、体育館のステージ上に1人の生徒が姿を現す。


「私が『ばらゆり』だよ。安藤さん」


 ホモ・ラブリンスのリーダー『ばらゆり』の正体。それは、1年3組の委員長である鷺沼彩乃なのであった。

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