第43話『仲間』

 茜色になりつつある西日を浴びながら、私と沙織さんは私立縁高校の体育館に向けて出発をする。

 約束の時間まではあと20分だから、普段であれば余裕で到着できるけれど、きっとホモ・ラブリンスのメンバーが邪魔してくるに違いない。

「ホモ・ラブリンスのメンバーはきっと、私が普段歩いているルートは確認していると思います。なので、違う道で行きたいところですが……」

 普段の通学ルートが一番近いと言っていいくらいだし、ここら辺の道路事情はあまり詳しくない。これまでも切り抜けてきたんだから、ここはいつものように正面突破で高校まで向かった方がいいのだろうか。

「ここはお姉さんに任せなさい」

 何かいい方法を思いついたのか、沙織さんはウインクをしながら私にそんなことを言ってきた。可愛いお姉さんだな。

「いい方法があるんですか?」

 私がそう言うと、沙織さんは背後に回った。

 すると、次の瞬間、後ろから両手を強く掴まれて、強引にも背中の方に持って行かれたのだ。

「こうすれば、私に捕まったと思われるんじゃない?」

「確かに沙織さんがホモ・ラブリンスのメンバーであれば、この方法はいいかもしれませんけど、沙織さんは『ばらゆり』から直々に裏切り者と言われたんですよ。メンバーもそのことは知っているのでは……」

「あっ……」

「仮に沙織さんが裏切り者だとは知らないメンバーだとしましょう。ここに来るようなメンバーは私を縁高校に行かせないようにするのが目的なんですよ」

 沙織さんのアイデアも悪くないけれど、この状況ではおそらく無意味だろう。沙織さんが裏切り者であると知られていなければ、多少の効果も見込めるかもしれないけれど。

「で、でも……『ばらゆり』様が真央ちゃんをホモ・ラブリンスに入れたがっているのは事実なんだよ? だから、真央ちゃんがホモ・ラブリンスに入るって嘘を付けば、い、意外といけるんじゃないかなぁ?」

 震えた声が自信のなさを象徴しているように思えた。ホモ・ラブリンスに入ると決意した人間を拘束しているのもおかしい話ではあるが、

「そ、その方法はいいかもしれませんね。ホモ・ラブリンスに入るといっても、万が一の可能性があるから、私を拘束しているということにしましょう。そして、沙織さんも改心したという設定で」

「……うん! そうしよう!」

 沙織さんは急に元気になる。まるで自分が考えたんたぞ、と言わんばかりの表情をしているのは……気のせいだろう。まあ、何もしないよりは絶対にいいと思う。

「こらっ、早く『ばらゆり』様のところに行くわよ」

「それじゃ、まるで私がホモ・ラブリンスに入るのが嫌がっているように見えるじゃないですか」

 本当は嫌なんだけれど。

「万が一のことを考えて、だよ」

 私の耳元で沙織さんはそう囁いた。

 こうなったら、学校に着くくらいまでは沙織さんに任せることにしよう。



 しかし、よく考えた時ほど、困難という困難が襲ってこないもので。いや、正確にはホモ・ラブリンスのメンバーが何度も私達の前に現れたんだけれど、沙織さんの迫真の演技が功を奏して、すんなりと道を空けてくれたのだ。

「ね? お姉さんに任せて正解だったでしょ?」

「……そうですね」

 あの時の震え声が嘘のように思えるよ。頼りになる沙織お姉さんである。

 時刻は午後4時50分。これなら、五時までに体育館に到着できる!

「沙織さん、体育館はあっちです! 行きましょう!」

「ええ!」

 校門に入ったところで、沙織さんに拘束を解いてもらい、私達は体育館に向かって走り始める。


「通させないよ、安藤」


 その声が誰のものなのか、私にはすぐに分かった。

 体育館の方から多くの縁高校の生徒がやってくる。学校に来るまでに出くわしたホモ・ラブリンスのメンバーとは桁違いだ。こいつら、全員……ホモ・ラブリンスのメンバーだというのか。

 そして、そんな生徒達の中心にいたのは、

「小田桐……!」

 そう、小田桐連だった。彼はホモ・ラブリンスの被害者と言っていいくらいの人間なのに、どうしてホモ・ラブリンスなんかに入ったんだ。

「どうして、俺がホモ・ラブリンスなんかに……って思ってるだろ」

「当たり前だ! あの時の出来事は、全て『ばらゆり』が私と由貴を引き離そうとするためにやったことなんだ! 小田桐はその計画に利用された。どうして、そんな奴が率いているグループのメンバーになったんだ!」

 小田桐なら、ホモ・ラブリンスの実態を目の当たりしたんだから、メンバーになんかならないと思っていたのに。私がそう信じていた所為か、半ば裏切られたような感覚に陥ってしまう。

 しかし、小田桐は落ち着いた表情を見せて、


「岡本のことが好きだからさ」


 静かに、でも確かにそう言ったのだ。

「あんなことがあったけれど、俺は岡本のことが好きな気持ちは変わらない。岡本にはもちろん謝るつもりだし、岡本とは仲良くやっていきたいと思っている。実際、ホモ・ラブリンスのおかげで同性カップルができている様子を、俺は何度も見てきている。一度、酷いことはされたけれど、俺はホモ・ラブリンスを信じたいんだ」

「でも、そんなグループに、由貴は心を傷つけられたんだぞ! 大切な人を平気で傷つけるような――」

「安藤、一つ……訊きたいことがある」

 そう言う小田桐の目つきは少し鋭い。けれども、真剣に私のことを見ていることは容易に分かった。


「安藤は岡本のことが好きなのか?」


 その問いは小田桐という壁を乗り越えるためのものだと思った。小田桐は純粋に私の気持ちを知りたいんだ。自分と同じ人間のことが好きなのかどうかを。

 色々な想いが駆け巡った。恐れ、罪悪感……様々な心境が由貴への好意を押さえつけることもあった。それでも、今、ここにある気持ちは――。


「……好きだよ、由貴のことが。今までも、これからも」


 恋心を抱いてから今まで、その気持ちを失ったことは一度もなかった。だから、私は胸を張って言えるんだ。

「私は由貴のことが好きだから。だから、由貴のことを守りたいし、救いたい。ここを通して。ううん、通させてもらうから。たとえ、再び暴力沙汰を起こしてでも」

「真央ちゃん……」

「そこをどいてもらおうか。小田桐」

 用があるのは小田桐じゃないんでね。私と沙織さんは『ばらゆり』のいる体育館に行って由貴を助けるのが目的なんだよ。

 小田桐は真剣な表情に変わりはなかったが、口元は笑っている。


「そう言うと信じていた。安藤」


 小田桐はそう言うと、

「体育館への道を開けるんだ!」

 私の知る中では一番の大きな声で彼はそう叫んだのだ。ど、どういうことなんだ?

「小田桐、どうして……」

「俺は端からホモ・ラブリンスを壊すために、『ばらゆり』っていう奴の考えに従っているふりをしていたんだ。知り合いも何人か入っていたから、実態を伝えて俺に協力して貰ったんだよ」

「そうだったのか……」

「岡本を傷つけ、安藤をこんな目に遭わせたんだ。俺達は安藤達の味方だ。まあ、岡本のことが好きじゃないなら、俺は本気であいつと付き合うと考えていたんだけど、安藤には絶対に敵わないのは分かっていた」

 すると、小田桐はいつものような爽やかな笑みを見せた。やはり、小田桐は私の信じていた男だったか。自ら敵陣に入り込むなんて、ちゃんとした心情がなければできないことだ。凄い奴だ、彼は。

「真央ちゃん、5時まであと3分もないよ!」

「そうですか。急ぎましょう! 小田桐も一緒に体育館に来てくれないか!」

「もちろんだ。こんなことを仕組んだリーダー『ばらゆり』の顔を見たいしな。急ごう!」

 そして、小田桐を加えて私達3人は約束の場所である体育館へと再び走り出す。

 ホモ・ラブリンスに比べれば、本当に少ない人数だけれど。私には心強い仲間がすぐ側にいるんだ。そんな仲間達と一緒に私はホモ・ラブリンス……いや、『ばらゆり』。お前に立ち向かってやる。

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