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第42話『最後通牒』

　私に大切なことを伝えるために、由貴が家にやってくる。

　由貴が私に伝えたいことが何なのかも非常に気になるけれど、それよりも私はある想いを抱き始めたのだ。

「……由貴に好きな気持ちを伝えたいな、って思っているんです」

「真央ちゃん……」

「でも、私は……由貴に対する好意を抱えながら、梓と好き合う人同士がするようなことをしたんです。そんな私が由貴に告白してもいいのか迷っているんです」

　未練があっても仕方がない、と梓は許してくれているけれど、彼女に口づけをして、体を求めて。そんなことをした私が、由貴に好きだと伝えていいのか。計り知れない梓への罪悪感を抱いてしまうのだ。

「私はどうすればいいのでしょうか、沙織さん」

「……それは真央ちゃんが決めることだよ。でも、私は……真央ちゃんのきちんと考えて決めたことなら、それを応援するよ」

「沙織さん……」

「まあ、アドバイスをするなら……我儘になっていい、ってことかな。真央ちゃんは周りのことを考えすぎる優しい女の子だから」

　沙織さんは優しい笑顔を浮かべながらそう言ってくれる。

　我儘。それはつまり、私がどうしたいのか。私は誰とどうなっていきたいのか。私の心にあるのは――。

「私は……」

　今、私が抱いている想いを整理し始めたときだった。

　――プルルッ。

　私のスマートフォンが鳴る。今日は本当に着信回数が多い。

　発信者を確認すると、『ばらゆり』のときと同じように非通知であった。非通知という三文字を見た瞬間、私は途端に不安な気持ちに駆られる。

「もしもし」

『……どうも、安藤真央さん』

　この機械声。非通知だからもしかして、と思ったんだけど……やっぱり『ばらゆり』だったのか。

「何の用だ、『ばらゆり』。遠くで見守ってくれているんじゃなかったのか？」

『……そのつもりだったんだけどねぇ。まったく、私の気に食わないことをしようとしないでくれるかな』

「気に食わないこと……？」

　多くの人達に迷惑をかけている人間からそういうことを言われると、怒りを通り越して笑い声が出てしまう。

『何を笑っているのかな？』

「怒る気力さえ起きないんだよ」

『ふうん……』

　機械声であっても、『ばらゆり』が怒っていることは容易に想像できる。

『岡本由貴が私達によって誘拐されたことを知っても、君は笑い続けられるのかな？』

「何だって！」

　由貴が誘拐された、だと……？

　それを知った瞬間、怒りが激しく湧き始める。

『君にとって大切な人を誘拐されたんだ。ほら、怒りが湧き上がっているだろう？』

「当たり前だろ。由貴は無事なんだろうな！　声を聞かせろ！」

『……彼は眠らせたから、声は聞かせられないね』

「お前、私が目的ならどうして由貴まで巻き込むんだ！」

『彼が君に会いに行こうとしたからだよ』

　まさか、さっきの電話……ホモ・ラブリンスに盗聴されていたというのか？　由貴はざわついている場所から電話をかけていたし、由貴の近くで直接彼の言葉を聞いていたこともあり得る。

『状況によっては、私の目的を遂行するために、岡本由貴の存在を消すことだってあり得るんだよ。それだけ、彼の存在は私にとって気に食わない』

「お前、由貴に何か恨みでもあるのか！」

『……ないと言ったら、嘘になるね。この状況を考えたら』

「何だって……」

　私に対する恨みがあるならまだしも、由貴に対して恨みがあるだと？　由貴は誰かに恨みを持たれるようなことをしてしまっているのか？

『そして、月島沙織。君が安藤真央さんの側にいることは分かっているんだよ？　私の命令した計画を失敗したことは許すけれど、よくも私のことを悪者呼ばわりして、ホモ・ラブリンスを抜けることを決意してくれたね。それは私達に対する裏切りを意味していることを分かっているのかな？』

「そ、それは……」

　沙織さんは青ざめた表情を浮かべ、脚が震えている。ホモ・ラブリンスを抜けると決意した者には酷いことをされる、という事実が彼女を恐怖に陥れているんだ。

「お前はわざと私に嫌われるような計画を沙織さんに命令したんだ。それは、私と恋人になりたいという沙織さんの気持ちに対する裏切りなんじゃないのか？」

　これまでの行動の核心に迫ることを言うと、『ばらゆり』は笑い始めた。

『あははっ！　これは一本取られたね。その通りだよ、私は失敗することを想定した上で月島沙織に例の計画の遂行を命令したんだ』

「沙織さんの気持ちを何だと思っているんだ！」

『彼女を振った君にそんなことを言う権利はないよ。君はたくさんの人の心を傷つけているんだよ。暴力を振わないようにしても、君は他人を傷つける存在のままなんだ』

「お前と一緒にするな！　私は人を傷つけたいと思ったことなんて一度もない！」

『……君の気持ちなんてどうでもいいんだよ。人を傷つけていることに変わりはないんだから、さ』

　そう言って、『ばらゆり』は高らかに笑う。本当に『ばらゆり』は自分のことしか考えていない、まさにエゴイストな人間だ。

「お前の好きにはさせないぞ。由貴はどこにいる。そして、お前の要求は何だ？」

『……要求は私の目的を果たすことだよ。その目的について……直接会って話すことにするよ。互いの正義をぶつけ合って、どっちが正しいか決しようじゃないか。私を包み込んでいたベールを剥がすときが来たようだからね』

「……分かった」

『ただし、それは時間内にある場所に着くことができたら、の話だよ』

「はあ？」

『午後五時。私立縁高校の体育館で待っている。時間までに来ることができなかったら、私達ホモ・ラブリンスが岡本由貴を処分する』

「絶対に……お前の好きにはさせないからな！」

『あははっ！　過去にも何人か私に同じことを言う人間がいたけれど、一人としてそれを果たせなかったよ。私達が、そんな反逆者にきちんとした対応をしたからね』

　どうやら『ばらゆり』……いや、ホモ・ラブリンスは以前から酷いことをしてきたようだな。でも、それも今日を以て終わりにさせる、絶対に。

『じゃあ、私はちょっと遠くから見守っているよ。せいぜい、抗ってみるんだね』

　そう言って、『ばらゆり』の方から通話を切った。

　指定時刻は午後五時。現在の時刻は午後四時四十分。普通であれば徒歩でも余裕で間に合う時間だけれど、相手はホモ・ラブリンスだ。人員を費やしても、私を間に合わせないようにしてくるに違いない。

「けれど、行くしかないんだ……！　沙織さん、私と一緒に行きましょう」

　今もなお、恐怖に怯えている沙織さんの手を掴む。

「……これはもう、ホモ・ラブリンスに関わってしまった全ての人間の問題です。一緒に戦いましょう、沙織さん」

「……分かった。真央ちゃんと一緒ならきっと大丈夫だと思うから」

　沙織さんは私の目を見つめながらそう言い、しっかりと頷いてくれた。

「時間がありません。行きましょう！」

「うんっ！」

　そして、私と沙織さんは家を出て、約束の場所へと出発したのであった。