第40話『エゴイスト』
4月24日、金曜日。
梓との一夜は激しくて、熱かった。けれど、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。
謹慎期間中なのでゆっくりと寝ていていいはずなのに、普段と同じ時間に起きる。それは隣に梓がいるからだろうか。
目覚めの口づけ、梓が学校へ行くときの口づけなど、彼女とはたくさん口づけをした。彼女の唇は柔らかく、甘く、気持ちがいい。
梓と一緒にいると安心するのも事実だけれど、梓が学校に行って一人きりになることで安心するのもまた事実なのだ。それはやはり、由貴に対する未練が残っているからなのか。
謹慎の身である私には何ができるのだろうか。今もなお、ホモ・ラブリンスは何か動いているに違いない。
けれど、何も思いつかなくて、何もしたくなくなって。昨日と同じようにベッドの上でぼうっと天井を眺めているだけになってしまう。
嫌にゆっくりで、退屈な時間をどのくらい過ごしているのだろうか。そんなことを考えているときだった。
――プルルッ。
スマートフォンが鳴る。すぐに確認してみるが、非通知電話になっている。非通知電話にはあまり出るつもりはないけれど、暇つぶしにはなるかもしれないと思って通話に出る。
「はい、安藤ですが」
『……どうも、安藤真央さん』
機械に通しているような声だからか、声の主が男なのか、女なのか判断ができない。この話し方だと、どうやらセールスではなさそうだ。
「どちら様ですか」
『そうか、自己紹介がまだだったね。まあ、安藤さんは私のことを知っていると思うけれどね』
「もったいぶらずにさっさと名乗ってくれませんかね」
『やれやれ、君ってせっかちなんだなぁ』
何だこいつ、馴れ馴れしい口調で話しやがって。この電話の主とはあまり仲良くなれそうにないな。
『私の名前はね……』
わざわざ声を加工してまで私と電話をかけてくる人間。それは――。
『ばらゆり、だよ。ホモ・ラブリンスのリーダーをしている』
「ばらゆり……だと?」
まさか、である。
今の私にとって一番の敵である『ばらゆり』が、電話の向こう側にいるとは。発言はSNSやメールでのみ、と言われていた『ばらゆり』が、まさか電話を使って私と直接話しかけてくるなんて。
相手が『ばらゆり』だと分かり、時間をかけて収まりつつあった怒りが一瞬にして再燃する。
「よくも今まで、多くの人を巻き込みやがったな。メンバーである沙織さんや花音を、まるで自分の駒みたいに扱って。何も関係ない由貴や小田桐までも! お前……何が目的なんだ!」
目的が分かれば、今後の対策を立てることができるからな。
早く目的を話して欲しいんだけれど、沈黙の時間が続いている。まあ、これまでのことを考えれば私に絡んでいることは間違いないんだけれど。
『……ホモ・ラブリンスに入るって約束してくれるなら、話してあげてもいいけど』
「そいつだけは絶対に頷けない頼みだな」
『でも、今のうちに入るって言った方が、今後のためにもいいと思うけれどね』
「由貴や小田桐を巻き込んだこと以上に酷いことをするつもりなのか!」
そう言うと、『ばらゆり』はふふっ、と笑う。
『……あれは本当に気持ちいいくらいに計画通り進んだ。岡本由貴があそこまで元気をなくすのは予想外に良い方向に転がった』
「てめえ……」
目の前にいたら何発でも殴ってやるんだけれど。それができないのが非常に腹立たしいな。
『私の計画を潰すから、ここまでするんだよ。失敗すれば、次は成功しようと計画を立てるのは当然のことだろう?』
「それなら、私はその計画を潰すまでだ。絶対にお前の好きにはさせない!」
何があろうとも、その気持ちだけは強く持たないと。無くした瞬間、『ばらゆり』の思い通りになってしまう。諦めたら、そこで試合終了なんだ。
『……せいぜい、抗ってみることだな。計画を阻止すればするほど、こちらも手段を選ばなくなるんでね』
「阻止するだけじゃない。私はホモ・ラブリンスをぶっ潰す! 同性愛推進グループなんて仮の姿で、本当は『ばらゆり』……お前の計画を遂行するために作られたんだ! そんなグループがあっていいはずがない!」
その証拠に、ホモ・ラブリンスの意向に反する者に対しては、深く傷付くようなことをしている。そんなことをするグループのどこが、恋に悩む人を応援するグループなのだろうか。そんなグループは潰れればいいんだよ。
『……あぁ、今の君のように私の考えに背く者もいたねぇ。でもね、考えてもみよう。私の考えに賛同する者はホモ・ラブリンスのメンバーとしてたくさんいるんだよ。けれど、君の考えに頷いてくれる人はどのくらいいる? 両手にある指で数えきれるくらいの少なさだろう? 世の中の考えは数の多さで決まるんだ』
「そんなのよく言われる数の暴力だ。今の言葉をそっくりそのまま返してやる。世の中の考えは……正しさと想いの強さで決まるんだ!」
ホモ・ラブリンスはいずれの計画に関しても、多くの人を使って遂行しようとしてきた。それでも、必死に抗って、沙織さんや花音のように、ホモ・ラブリンスのメンバーをこちら側の仲間にすることだってできるんだ。
『その想いの強さは何時まで持つかな。君はもう絶望という感情の中にはまり始めているんだよ。それを救うことができるのは、私達ホモ・ラブリンスだけ』
「絶望、だと……?」
高校からは自宅謹慎処分になり、由貴とは距離ができてしまった。それは確かにショックなことだけど、梓や沙織さん達のおかげで絶望という心境までは至っていない。まさか、私の気付かないところで、ホモ・ラブリンスは既に何か仕掛けたというのか?
「何を企んでいるんだっ!」
『何だろうねぇ? 君に恫喝されたからってすんなり話すほど、私は優しい人間じゃ無いよ。後悔しても知らないよ。あぁ、どうしてあの時に私の言うことを聞いてホモ・ラブリンスに入らなかったんだろう、ってね』
「ホモ・ラブリンスに入ることの方がよっぽど後悔するさ」
今の話を聞く限りでは、私をホモ・ラブリンスに入れることが目的のように感じるけれど、精々それは目的の一つであって、もっと大きな理由があるはずだ。
『まあ、君がどんな行動を見せるのか、私はちょっと遠くから見させてもらうから』
そして、向こうから通話を切った。
リダイヤルしようと思ったけれど、非通知でかかってきたからそれはできない。声を加工していることもそうだけれど、正体がばれる可能性を少しでもなくそうとしている。それってもしかして、私が既に『ばらゆり』の正体に当たる人物を知っているから?
「いったい、誰なんだ……」
ヒントと言えば、最後に『ばらゆり』が言った「ちょっと遠くから見ている」ということくらい。つまり、私のことをそれなりに監視できる範囲内にいる、ということか。
今すぐにでも調査をしたいところだが、今は謹慎期間中だ。それは難しい。もしかして、私がそこまで気付く可能性を考慮して、一連の計画を立てたというのか? まったく、計算高い奴だな、『ばらゆり』は。
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