第37話『追放-後編-』
1週間の自宅謹慎処分。
やはり、高校となるとそういう処分が下るのかと思った。中学生までの間も暴力沙汰を起こして、その度に教師達に叱られたりしたけれど、学校に来るんじゃないと処分を下されたことはなかった。
ただ、暴力を振ってしまうことはいけないし、謹慎処分が相応なのだとすれば、私はそれを受け入れるつもりだ。
しかし、それでも私の心には激しい怒りが渦巻いている。一連の出来事がホモ・ラブリンスの仕組んだことであり、リーダーである『ばらゆり』の掌の上で躍らされてしまったかもしれないからだ。
「はあっ……」
重いため息しか出ない。
自宅謹慎処分が下されてしまったので、今日はもう帰らなければならない。まさか、こんな形で朝帰りをすることになるとは。
担任はやらなければならないことがあるということで、私は1人で教室へと戻る。1時間目の授業が始まっているためか、廊下は静まりかえっていた。
そして、1年3組の教室に戻る。
私と担任が不在で朝礼が行なわれていないためか、1時間目の授業が始まっていなかった。特に自習という指示もないのか、カオスな雰囲気になっている。
しかし、一人のクラスメイトが私の姿を確認すると、大半の生徒が私のことを軽蔑する眼で見ている。
「やっぱり安藤は『暴力女』だったか……」
「最低だよね。小田桐君のことを一方的に殴ってさ」
「ああいう奴は世間から叩かれればいいんだよ」
棘のある言葉は嫌だけれど、慣れている。
この場に由貴がいなくて良かったなと思ってしまう。けれど、いずれは由貴にも知られると思うし、動画はネット上にアップされているので既に知っているかもしれない。こんな状況なのに、そんなことを考えてしまうなんて私は最低だ。
梓は今の状況に戸惑っており、桃花は今にも何かを言いたそうな不満そうな表情を見せている。
「みんな、安藤さんにそんなことを言うのは止めなさい」
鷺沼は委員長として、冷静にこの状況を落ち着かせようとしてくれている。
「でも、委員長だって見たでしょ? 例の動画」
「確かに事実確認のために見たけれど……」
「殴ったのは事実なんだから、安藤にはこの学校からいなくなってもらっていいと思いま~す!」
どうやら、私を縁高校から追放させるべきだというのが多数派らしいな。
まったく、人が眼鏡を外して髪をストレートにしたらときめいて、小田桐を一発殴ったらとっとと出て行け、か。見事な掌返しだな、こいつら。
私を批判する声は増すばかり。このままだと誰か教員が注意をしに来そうだ。この事態が更に酷くならないうちに私はさっさと――。
「いい加減にしろよ!」
席から立ち上がって、そう声を発したのは……小田桐だった。その真剣な表情は私のことを助けようとしてくれていることが容易に分かった。
「小田桐君は被害者なんだよ」
「殴られたのに、安藤さんを庇うなんて優しい!」
「いや、助け船を出せって安藤に脅されているかもしれないぞ?」
小田桐の言葉の意味をクラスメイトは全然汲み取ろうとしない。それが分かって、諦めの気持ちが襲う。
「……小田桐。ありがとう、でもいいんだ。私が小田桐を殴ったのは事実なんだから」
「だけど、こいつらは何も――!」
「いいんだ。小田桐……昨日は本当にすまなかったな。ちゃんと謝れてなかったよ」
私は小田桐に向かって、深く頭を下げる。
今のこの様子も、ホモ・ラブリンスのメンバーが撮っているのかな。それでネット上に公開されてしまうのだろうか。
「いいか、『ばらゆり』。今もどこかで私のことを見ていたり、聞いていたりしているんだろ? 私はお前らホモ・ラブリンスを絶対に許さないからな!」
縁高校を追放される前に、これだけは宣言しておきたかった。ホモ・ラブリンスだけは絶対に許さない、と。
クラスメイトにもホモ・ラブリンスのメンバーが多くいると聞いている。それを証明するかのように、今の私の言葉でちょっとビクビクしている様子を見せるクラスメイトが何人かいる。きっと、『ばらゆり』はこんなことでビクビクしないはずだ。
「おい、どういうことなんだよ、安藤。ホモ・ラブリンスが関わっているのか?」
「確証はない。でも、そうとしか考えられないんだよ」
「まさか、俺達は……」
当事者である小田桐は、すぐに私の言葉の意図を汲み取ってくれたようだ。小田桐は俯いてゆっくりと首を横に振った。
「……小田桐がそう思ってくれるのがせめてもの救いだよ」
私は自分の机に置いてあったバッグを取って、教室を後にする。
校舎を出て、校門へと向かう途中……グラウンドの横を通るのだが、体育の授業を受けている生徒からも冷たい視線が送られる。もう、学校中に私の犯したことが知れ渡ってしまった感じがする。いや、ネットに公開されてしまっているんだから、世界中に知れ渡るという方が正しいか。
校門を出ても、人は殆どいない。午前九時過ぎというのはこんなにも寂しいのか。
本来なら真っ直ぐ自宅に帰るべきなんだろうけれど、途中、コンビニで立ち寄ってお菓子くらい買っても文句は言われないだろう。
「安藤真央さん」
校門を出てすぐ。私の前に数人ほどの女性が待ち受けていた。沙織さんと同じ20歳前後だと思う。背後を確認するが、こちらにも女性が数人。
「この状況からして、お前ら……ホモ・ラブリンスのメンバーってことか」
「その通りよ」
この中でのリーダー格らしき女性がそう答える。
こいつら、私が一人で帰らざる得ない状況を狙っていたんだな。本当に……何もかもがむかつく奴等だ。
「お前達の所為で……」
私はリーダー格の女性の胸ぐらを掴み、
「お前達の所為で、由貴や小田桐が……!」
この怒りをどうにか発散しないと、自分が壊れてしまいそうだ。既に私は謹慎処分を受けるほどの『暴力女』というレッテルを貼られている。もう、どうなってもいい。
「こっちです! お巡りさん! 縁高校の女の子が襲われそうなんです!」
遠くから、そんな声が聞こえた。
お巡りさん、という言葉にホモ・ラブリンスのメンバーは焦り出す。自分達のしていることが警察に見つかったら捕まってしまうようなことだと分かっているみたいだ。
「覚えておきなさいよ」
リーダー格の女性がそう言うと、ホモ・ラブリンスのメンバーは逃げて行ってしまった。お前らの顔はきっちりと覚えておくよ。
誰かは分からないけれど、お礼をちゃんと言わないと。今までは言わなかったけれど、警察が来たら、ここはちゃんとホモ・ラブリンスのことを伝えなければいけないな。
「真央ちゃん」
「さ、沙織さん!」
沙織さんが真剣な表情をしてこちらに近づいてくる。
さっきは気付かなかったけれど、思い返せばあの声は沙織さんのものだ。
「真央ちゃんがまた人を殴るようなことにならなくて良かった。あと、警察は来ないよ。あの時みたいに嘘だから」
「……そう、ですか」
「とりあえず、お家に帰る? 私が責任を持って送るから」
「……お願いします」
隙あらば、と襲ってこようとするホモ・ラブリンスに対して、本当に嫌気がさしていたけれど、沙織さんという私のことを守ってくれる人がいることにほんの僅かではあるが、ほっとしたのであった。
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