第36話『追放-前編-』

 過去にもたくさん、他人に対して怒っては暴力に走った。

 もちろん、無意味に怒るようなことはしない。今回のように理由があって、どうしても許せなくて。口よりも先に手が出てしまう。本当に『暴力女』そのものだ。

 これまでの怒りは殴ったら自然と収まってきたのに、今回はその気配が一切ない。やはり、由貴が絡んでいるだけになかなか収まってくれないのか。

 亜紀と桃花に自宅まで送ってもらい、玄関の所でこの怒りの理由と小田桐を殴ってしまったことを軽く説明した。誰かにじっくりと話を聞いてもらうのが一番いいのかもしれないけれど、2人に嫌な想いをさせてしまうかもしれないし、何よりもこの怒りが再び膨らんでしまう恐れがあるから、2人には家に上がらずに帰ってもらった。

 どうすれば気持ちが落ち着くのか分からなかったので、自分の好きな夕食を作って、普段よりも長めにお風呂に入り、いつもより大分早く眠りについたのであった。眠ればきっと怒りは収まると信じて。



 4月23日、木曜日。

 起きると昨日のムカムカした気持ちは大分なくなっていた。もちろん、普段のようなスッキリとした気分ではないけれど。

 ――ピンポーン。

 誰だろう。亜紀や桃花ならインターホンを鳴らさずに玄関前で待っているんだけれど。まさか、こんなに朝っぱらからホモ・ラブリンスのメンバーがご訪問か?

「はい。どちら様ですか?」

 インターホンの受話器を取って、玄関にいるのは誰なのか問う。

『おはよう、真央ちゃん』

「その声は……梓か」

『今日は朝練がないから一緒に学校に行こっ!』

「ああ、分かった」

 今日は心強い味方が更に加わるのか。

 仕度をして家を出ると、そこには亜紀や桃花の他に、梓が立っていた。

 右では桃花が腕を絡ませ、左では梓がぎゅっと手を繋いでいる。両手に花というのはこういうことを言うのかな。

「成宮さんと香坂さんがいれば、きっと大丈夫だね。まあ、後ろはあたしに任せておいて」

「背後は危険だから、お願いするよ、亜紀」

 何とも頼もしい防衛隊である。これで、私の前に由貴がいれば完璧なんだけれど。

 3人のおかげで今日も何事もなく縁高校に到着する。

 そして、1年3組の教室に。

 すると、いつもは既に自分の席に座っている由貴の姿がない。まさか、一昨日のことで居づらくなって休んでしまったのかな。

 ――ブルルッ。

 スマートフォンが鳴っているので確認してみると新着メールが一件。差出人を確認すると『岡本由貴』となっている。


『体調を崩しちゃったから、今日は学校を休むね』


 由貴からのメールは、欠席することを伝えるシンプルな内容だった。

 文字通りに体調を崩してしまったのかもしれないけれど、昨日の由貴の様子や一昨日の小田桐との出来事を知っている私にとっては、由貴の今日の欠席は……体調とは別にあると思ってしまう。


『分かった。お大事に。昨日も元気があまり無さそうだったから、何かして欲しいこととか、悩んでいることがあったら連絡してきて』


 ホモ・ラブリンスに狙われている状況であっても、どうにか由貴の力になりたい。由貴がショックを受けるかもしれないので、小田桐とのことは伏せておいた。

「メールでも来てたの?」

「ああ。由貴、今日は体調不良でお休みだって」

「そうなんだ……」

「……それよりもさ、さっきから……教室の雰囲気がおかしくない? 岡本君がいないだけでこんな……」

「えっ?」

 真剣な表情をして桃花がそう言うので、私は教室の見渡してみる。すると、クラスメイトの多くが私のことをジロジロと見ているのだ。中には複数人でコソコソと話しているグループも。

「この雰囲気……何だか懐かしいな」

 遠くから見られているこの感覚が、中学までの私がたくさん経験してきたことと似ている。それ故に、物凄く嫌な予感がする。

『呼び出しをします』

 校内放送が入る。朝のこの時間に放送を聞くなんて初めてだ。


『1年3組の安藤真央さん。登校していましたら、至急、職員室に来てください。繰り返します。1年3組の――』


 呼び出し、だと? しかも、こんな朝早くに。

 放送で私の名前が出ると、急に教室内がざわつき始めた。

「ど、どういうことなの? 真央ちゃん、呼び出しって……」

「まさか、真央……あのことなんじゃ」

「……かもしれないな」

 呼び出される原因と言えば、昨日の放課後の小田桐との一件だ。でも、小田桐が誰か教員に伝えたとしても、ここまで緊急性を要する状況にはならないと思う。

 でも、考えろ。どうして、こんな状況になったのか。それは、普段と違う今日の教室の雰囲気とリンクしているのか。


「やっぱりねぇ」

「このことで呼び出されたのか」


 ざわつく中で聞こえたそれらの言葉が引っかかる。まさか、小田桐が私に殴られたことを誇張して校内に伝えていたとでもいうのか?

 状況がどうであれ、私は職員室に行かなければならない。

「梓。荷物を私の机に置いておいてくれないか」

「うん、分かった」

「……多分、昨日のことだと思う。そのことについては桃花が知っているから、内容は桃花に訊いてくれ。それじゃ、行ってくる」

 そして、私は急ぎ足で職員室へと向かう。呼び出された張本人であるためか、廊下にいる生徒のほとんどが私のことを見てくる。その目つきは冷たい。それが懐かしく思えてしまうなんて、私はどれだけ残念な奴なんだか。

 職員室に入ると、担任の先生が慌てて私の所にやってきて、生徒指導担当らしい教員と一緒に生徒指導室に行く。

 3人だけになるとすぐに生徒指導の先生から、


「昨晩、ネット動画サイトであなたが小田桐君を殴った動画が投稿されました」


 その重い事実に驚きはなかった。驚く暇もなかった。何故なら、昨日とは別の類の怒りが湧き上がっていたからだ。

「生徒の保護者の方、制服姿で映っているため、動画を見た全国の方から連絡が来ています。このような動画が公開されてしまっているのに、否定するつもりですか?」

「……いえ、そのつもりはありません。昨日の放課後、私は……その動画に映っているとおり、自習室で小田桐を殴ったことは事実です」

「何故、このようなことをしたんですか!」

「……それは小田桐に訊いていただけますか。私が口にしていい理由ではありません。それに、例の動画をアップロードした人物の特定をすることも……」

「そう言って、自分のしたことをごまかすつもりじゃ……」

「私は然るべき処分を受けます。その処分を言い渡すために、こんなに朝早くに私を呼び出したのではないですか」

「……そうです」

「ですが、私はもちろんこんな動画は撮っていません。きっと、小田桐も。誰か……第三者が自習室での様子を盗撮し、その動画をアップロードしたんです。誰がやったのか、早急な特定をお願いします」

 だが、誰が小田桐とのやりとりを盗撮し、ネット動画サイトに投稿をしたのかは検討が付いている。

 ホモ・ラブリンスだ。いや、もっと言えばリーダーの『ばらゆり』。きっと、ホモ・ラブリンスのメンバーの誰かが『ばらゆり』の命令に従ったんだ。そして、元を辿れば由貴には好きな人がいるという噂も、ホモ・ラブリンスが流したことだったんだ。

 どうして、昨日……小田桐を殴る寸前までに気づけなかったんだよ。ホモ・ラブリンスのことは本当に許せないし、そんなグループの企みに気づけなかった自分が悔しい。

「小田桐君にも事情を聞いて、安藤さんの言ったことが事実であることが分かれば、動画の投稿については学校で調査します」

「……お願いします」

「それでは、あなたに処分の内容を伝えます」

 生徒指導の先生の口がゆっくりと開く。


「安藤真央さん。あなたを……1週間の自宅謹慎処分とします」

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