第33話『ウワサ』

 4月22日、水曜日。

 月曜日から始まった、桃花や亜紀との登校。3日目にしてようやく慣れてきた。彼女達のおかげで不安なく登校できている。

 別のクラスの亜紀とは途中で別れて、私と桃花は1年3組の教室に入る。教室には既に由貴が自分の席に座っていた。頬杖をついて外の方を見ている。

「おはよう、由貴」

 私が声をかけると、由貴は体をびくつかせて、

「お、おはようっ! 真央」

「どうしたんだよ、驚いちゃって」

「……ごめんね。外の方を見てぼうっとしていたから」

「由貴でもそういうことがあるんだ。何だか意外だ」

 驚いた由貴のリアクションが可愛くて萌えてしまった。きゃっ、と言ってくれればなお良かったんだけれど。今日は朝からいいことがあるな。

「僕、そんなにキリッ、とはしてないよ。ぼうっとしちゃうこと結構あるし」

 由貴はちょっと恥ずかしそうに笑いながらそう言った。

「真央ちゃん!」

 梓の声が聞こえたので、廊下の方に振り返ってみると、

「おっ、おはようあず……おっと!」

 私に向かってくる梓がすぐ目の前でこけそうになったのでとっさに受け止める。

「ありがとう、真央ちゃん」

「まったく、バッグを持ちながら走ると危ないぞ」

「だって、真央ちゃんのことが心配だったんだもん……」

 昨日と同じように、梓はぎゅっと私のことを抱きしめる。本当に梓は……私のことを心配してくれているんだな。

「今日も大丈夫だった?」

「うん、大丈夫だよ。桃花や亜紀が一緒だったし」

「……そっか。なら、良かった」

 温かい吐息が口にかかるくらいの近さで、梓はにこっ、と笑った。こんな今の光景をホモ・ラブリンスの一部のメンバーは興奮して見ているのだろうか。

「ぐぬぬ……」

 桃花はあずさのことを恨めしそうに見ている。

 そして、その隣で由貴は……寂しそうな笑顔をして私達のことを見ていた。

「……由貴、何か悩み事でもある?」

「えっ? どうして?」

「いや、その……ちょっと今日の由貴はいつもよりも、どこか遠くを見ているような気がしたからさ」

 ぼうっと窓の外を見ていたのと同じ理由だったりして。

 しかし、由貴は首を横に振ると、いつもの可愛らしい笑顔を見せて、

「ありがとう、真央。でも、何も悩み事はないから。心配かけさせちゃってごめんね」

「それなら良かった。私の……思い過ごしだったんだな」

 とりあえず、ほっとした。さっきのような笑みを見るのは初めてだったから。不安になってしまったんだ。

「ほら、いい加減に離れなさい。暑くなってきた」

「ご、ごめんね」

 私は梓の抱擁を解いて、自分の席へと向かっていく。

 そんな中、由貴の方をちらっと見ると、由貴は……何かに想いをふけている様子で、ため息もついている。後ろの席の小田桐が来ても挨拶をするくらいで、基本的には窓の外を見ていた。

 由貴に何かあったのだろうか。そのことばかり気になって、午前中の授業が集中できなかったのであった。



 昼休み。

 入学直後に比べると由貴と一緒にお昼ご飯を食べることが多くなったけれど、由貴が男子生徒と食事をしているため、私は梓や桃花と一緒に食べることに。

 今日の教室は昨日までとは違う雰囲気を包んでいるように思える。

 ホモ・ラブリンスに警戒してしまっているからだろうか。いつもと周りが全然違って見えるんだ。

「そういえば、今日はクラスの皆、真央のことをあんまり見てこないよね」

「……えっ?」

「まあ、私にとっては嬉しいんだけどね」

 桃花は言葉通りの嬉しそうな笑顔を私に見せる。

 私の感情が自然と違う景色に見せているのかと思ったけれど、まさか、本当に違うのか。桃花の話だと私のことを見ているクラスメイトが少ない、ということ。

 ホモ・ラブリンスのメンバーや『ばらゆり』が私のことをどこかで監視しているかもしれないので、さりげない形で教室内を見渡してみる。

「……確かに、普段よりも私のことを見てくるクラスメイトが少ないな」

 桃花だけに聞こえるように、私はそう呟いた。

「私がホモ・ラブリンスのことを警戒しているからなのかな」

「もしかしたら、これも『ばらゆり』の仕組んだ策略とか」

「それなら何のために……」

 自分が『ばらゆり』だと気付かれないためか? でも、私が『ばらゆり』の立場あれば今までの状況を利用して、気にかける人間の1人にとして見ているけれどな。

「あっ、もしかしたら、あのことが原因かもしれない」

 梓は何かを思い出したようだ。

「これはあくまでも噂なんだけれど、岡本君には好きな人がいるみたいだよ」

 そのことを梓から聞いた瞬間、世界が止まったように思えた。そして、


「なんだってえええっ!」


 あまりのショックに思わず席を立って大声を上げてしまった。

 さすがに今に私の声には周りも驚いたようで、いつものように大多数のクラスメイトが私の方を見ていた。当の本人である由貴も。

 それよりも、由貴に好きな人ができた? それって女子なのか? いや、由貴は女の子らしい部分もあるから、意中の相手が男子ということもあり得る。まさか、小田桐だったりするのか? あいつ、顔も性格もイケメンだし。

 今までの由貴を見ている限り、私のことが好きな可能性は大いにあると思っていたのに、まさかこんな展開になるなんて。あり得ない。アリエナイ……。

 体の力が抜けてしまい、半ば落下するような形で席に座った。

「嘘だろ……」

 今の心境がそのまま声に出てしまう。

 その“好きな人”が私だったらいいけれど、今朝の元気のなさを見ると私じゃない可能性が非常に高い。

「梓、その噂は誰から聞いたんだ……」

「テニス部の子だよ。ちなみに、その子も別の子から聞いたって……」

「なんてこった……」

 噂の発信源に辿り着くのはかなり難しそうだ。

 ホモ・ラブリンスが流した嘘かもしれないけれど、それなら由貴が元気のなさそうな様子を見せるわけないし。好きな人がいる、という噂の信憑性は高そうだ。

「まあ、もし岡本君が他の誰かと付き合い始めちゃったら、真央は私と付き合えばいいんだよ」

「えっ!? わ、私だって幼なじみとして真央ちゃんを支える自信はあるよ」

「お前ら、勝手に張り合ってるんじゃねえ……」

 こっちは不安と焦りで心がいっぱいなんだぞ。

 由貴に好きな人、か。本当に誰なんだ。物凄く気になるし、判明したらすぐにでも決闘を申し込みたい気分だ。

 そして、何よりも気になるのは今朝、由貴が寂しそうな笑顔を見せたり、ため息をついたりする原因だ。それは梓の言った由貴には好きな人がいる、という噂と繋がっているのだろうか。

 気になることが多すぎて、午後の授業の内容も禄に頭に入ってこなかったのであった。

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