第32話『おかえし』
――私に嫌われるために、あんな計画を立てたんじゃないか。
それは、沙織さんが信じていたものを真っ向から否定ことになる。もし、それが本当であれば沙織さんの心の支えを崩してしまいかねない。
「真央ちゃんに嫌われるために、土曜日の計画を立てた……?」
「……昨日、私を襲ってきた子には言いましたが、私を襲うなんてことをしたら私との心の距離が縮まるどころか広がってしまうでしょう。周りの人間によって無理矢理に作った恋人関係なんてすぐに破綻してしまいます。端から『ばらゆり』は沙織さんと私の幸せな未来を望んでいなかったんだと思います」
その証拠に、昨日の計画が土曜日の計画よりも杜撰だった。沙織さんのことで失敗したから今度は成功させようと考えたなんて思えない。むしろ、この程度にしておけば確実に失敗すると考えたはずだ。
「そんな、『ばらゆり』様が……そんなことを考えていたなんて。信じられない。ううん、信じたくない……」
「沙織さん……『ばらゆり』を信じたいあなたの気持ちも分かりますけど、実際は……そんなあなたの信頼を『ばらゆり』は裏切っているんです」
「どうしてそんなことをしたのっ! 互いの悩みを解決するグループのリーダーである『ばらゆり』様が、どうして……」
そして、沙織さんは涙をボロボロと流し始める。その涙には様々な想いが溶け込んでいるのだろう。
沙織さんの言うように、私に嫌われるための計画を立てたことに理由が存在するはず。その理由は『ばらゆり』自身にあるのか。私の知らない誰かにあるのか。今の私には全く見当がつかない。
「理由は……分かりません。ただ、確実に言えることは……『ばらゆり』は沙織さんの気持ちに応えようとしなかったことです」
「真央ちゃん……」
「……沙織さんには酷なことを言いますが、『ばらゆり』は同性愛を支援するなんて嘘っぱちだと思います。ホモ・ラブリンスは『ばらゆり』が『ばらゆり』自身のために作った団体なのではないのでしょうか」
ここに来て、ようやくホモ・ラブリンスという団体の正体が分かり始めた気がする。同性を愛する人を支援するというのは外面であって、本当は『ばらゆり』の目的を果たすための団体だった。そして、そんな『ばらゆり』の目的に私が絡んでいる。
「沙織さん。ホモ・ラブリンスとは距離を置いた方がいいです」
「そんなことできないよ! 関わらなくなったら、私……どうなるか分からない。酷いことをされるかもしれない。怖いよ……」
沙織さんは自分の身を抱き、ぶるぶると震えている。
きっと、沙織さんの言う「こわい」は、自身に降りかかるかもしれない恐ろしい出来事だけではないだろう。私に振られてしまい、信じていた人には裏切られてしまった。
私が沙織さんにできることは――。
「沙織さんは私が守ります」
沙織さんのところまで行き、彼女のことをそっと抱きしめる。
「……恐かったり、寂しかったりしたら何時でも私を頼ってください」
私にできることを沙織さんに伝えると、彼女は激しく首を横に振った。
「そんなこと、できないよ! だって、私は真央ちゃんに振られたんだよ? 真央ちゃんには岡本君っていう好きな人がいるんでしょう? そんな人に守ってもらうなんて、真央ちゃんに悪くて……できないよ」
「そんなこと関係ありません!」
「えっ……」
本当に沙織さんをこんな気持ちにさせるなんて。これも『ばらゆり』の策略通りだとしたら、本当に頭にくるぜ。
私は沙織さんの両肩を力強く掴んで、
「守りたい気持ちに理由なんていらない! 人を守るときにその人を守りたい気持ち以外は何もいらないんだ!」
沙織さんの気持ちを引き留める。
「私は沙織さんを守りたいんです。だから、守らせてください」
沙織さんをこれ以上、悲しい想いをさせたくない。寂しい想いだって。
「……いいの? 真央ちゃんに酷いことをしちゃったのに、真央ちゃんに守ってもらってもいいの?」
「……土曜日のことなんて関係ないですよ」
それに、沙織さんは『ばらゆり』に裏切られたというこの上なく残酷な懺悔を受けた。そんな沙織さんに対して、これ以上の懺悔は必要ない。
「真央ちゃん……」
ようやく、私の想いが伝わったのか、今度は沙織さんの方から抱きしめた。
「……ありがとう、真央ちゃん。私のことを……守ってください」
「……もちろんです」
そして、私も今一度……沙織さんのことを抱きしめる。
女性らしい確かな柔らかさも感じられるけれど、私に比べると華奢な体つきで。五歳近くも年上なのにまるで年下のように感じた。
「真央ちゃんにあんなことをしたくなかったよ」
「……そうですか」
「私、真央ちゃんには攻められたかったのに……」
「……ん?」
ちょっと待ってくれ。今、沙織さんの口から変な言葉が聞こえたような気がしたんだけれど。
「私に、せ、攻められる……?」
「……うん」
沙織さんは目に涙を浮かべて、私のことを見つめてくる。
「真央ちゃん、かっこいいし……私、真央ちゃんにリードされることしか想像できなかったの」
そういうことを堂々と本人に言うのは、十分に攻めていると思うんですが。何だか恥ずかしくなってきたぞ。
「真央ちゃん。この前、私が真央ちゃんにしたことと同じことをして欲しい……な」
「沙織さんの方が攻めているしリードしているじゃないですか!」
「……だめ?」
「うっ……」
今の沙織さん、凄く可愛いんですけど。確かにこういう顔を見せられたら、リードしたくなってしまうかもしれない。
このまま何もしないのも沙織さんに悪い気がするし、
「……こ、この前私にしたのと同じことだけですよ?」
そうだ、これは所謂仕返しなんだ。土曜日に沙織さんにされたことと同じことをするだけだ。決して厭らしい意味はない。
土曜日にされたことを思い出して、
「……ふあっ」
沙織さんの胸と内股に触れる。どちらも服の上からではなく、直に。それ故に沙織さんの柔らかさと温もりが直接伝わってくる。
「もっと、色々なこと……して」
「沙織さん、あの時はここまでしかしなかったじゃないですか」
私がそう言うと、もっと、とねだるように首を横に振った。
「……まだまだ私の気が済まないの。この程度じゃ……あうっ、真央ちゃんへのお詫びにはならないよ……」
「いやいや、同じことしかできませんって!」
「……手で触るだけで、いいの? 私は……真央ちゃんなら、体にキスされてもいいと思ってるよ?」
「キ、キスって……」
甘えた声で……私を求めるようなことを言わないでほしい。沙織さんが可愛いから、今までになかった欲望が湧き上がってきそうなんだ。
「ねえ、真央ちゃん……私のこと、嫌い?」
「嫌いじゃないです! 嫌いじゃないですけど……」
していいこととしちゃいけないことがあるんです。沙織さんの体にその……キ、キスすることはしちゃいけないことの方なんだっ!
「じゃあ、私が真央ちゃんの体にキスすれば、お返しでキスしてくれる?」
「えっ、そ、そんな沙織さん……!」
沙織さんの唇が、私の首筋に触れそうなときだった。
「何やってるのよっ!」
桃花の低い声がリビングに響き渡った。強張った表情をした彼女の後ろには苦笑いをした亜紀が立っている。
「真央が月島さんと2人きりだからどうなるか不安だったけれど、何て羨ま……は、破廉恥なことをしているの!」
頬を赤らめた桃花は沙織さんを私から引き離した。
「まったくもう、この女は真央と二人きりになると……」
「桃花、今のは土曜日のし、仕返しって言えばいいのかな。もう、これっきりだから」
「……ま、真央がそう言うなら……」
でも、油断はしないでね、と桃花は強く念を押した。
土曜日と同じで、桃花にまた助けられたな。姿を現したときに恐かったのも同じ。そんな彼女に対して優しく頭を撫でた。
「私には仲間がいます。亜紀や桃花以外にも。きっと、私と一緒に沙織さんを守ってくれると思います。沙織さんは1人ではありません。そして、ホモ・ラブリンスと……『ばらゆり』と戦いましょう」
まだ、『ばらゆり』の目的は果たされていない。ホモ・ラブリンスというグループの力を使って、私のことを襲ってくることは間違いない。
もう、私はホモ・ラブリンス……そして、『ばらゆり』と戦う運命にあるんだ。
「向こうが複数人なら、こっちも複数人で対抗するまでです。『ばらゆり』の思惑をぶっ壊してやりましょう」
私がそう言うと、桃花と亜紀がすぐに力強く頷いた。
そして、沙織さんも……真剣な表情をして頷いてくれたのであった。
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