第28話『クーデター-後編-』

 午後5時。

 亜紀、桃花、花音と一緒に私の家に帰る。ホモ・ラブリンスのメンバーに襲撃されないように、玄関の鍵を閉めておく。

 私以外に3人もいると、広々としたリビングもちょうどよく思える。

 ソファーの都合上、私と桃花、亜紀と花音で互いに向き合うように座った。桃花がべったりとくっついているのは……まあ、ご愛嬌ということで。

「花音。これから私の訊くことに答えて欲しい。全部じゃなくていい。答えられることだけでいいから」

 花音にだって私に触れられたくないこと、話したくないことだってあるだろう。

「……花音、ホモ・ラブリンスに入ったきっかけは何だったのかな。前に、私に告白した時は、力を借りずに自分で告白したい、って言っていたよね」

 そして、私が花音の告白を断ったときも、彼女は爽やかな表情をしていたことを覚えている。そんな彼女がホモ・ラブリンスに入ろうと心変わりしたきっかけは何だったのか。そこが気になっていた。

「……安藤さんに告白を断られた直後は、未練なんてなかった。でも、時間が経つに連れて安藤さんのことが諦めきれない気持ちが大きくなって。そんなときに、さっきスマホで撮影していた子が学校で私にホモ・ラブリンスに入会しないかって勧めてきたの」

「あの子が?」

「……うん。私が安藤さんに告白していたところを見ていたんだって。あんなところで女の子が2人きりだったら、絶対に告白だろうと思ったみたい」

「……なるほど」

 ホモ・ラブリンスは自分に関係ない同性愛もお好き、ってか。もしかしたら、もっと多くの人が、花音が私に告白するところを見ていたのかもしれない。

「うわぁ、隠れて見ていたんだね。もっといたかと思うと怖いよね」

「……そうだな」

 私にとっては桃花が一番恐いけれど。今だって、物凄く嫌そうな表情をして話していたから。

「ひ、人のことは言えないけれど、あまり告白シーンとか2人きりの会話を盗み聞きするのは気分が良くないよね……」

 亜紀は苦笑いをしながらそう言った。そういえば、亜紀も小田桐が私に由貴のことが好きだと宣言したのを聞いていたんだよな。

「スマホの女の子は前からの知り合いだったの?」

「ううん、ホモ・ラブリンスの勧誘の時に知り合って。二年生の女の子だった。安藤さんのことが諦めきれないなら、ホモ・ラブリンスに入会したらどうか。私達が全面的に支援するって言ってきたの」

「それで、花音はホモ・ラブリンスに入会したってことか」

「うん。先輩だから断りづらいっていうのもあったけれど、何よりも安藤さんの恋人になりたいから。だから、入会したの」

「なるほどな……」

 諦めきれない恋心を利用して、ホモ・ラブリンスに入会させたのか。当時の花音の気持ちを考えれば、断りづらいというのは分かる。

 花音がホモ・ラブリンスに入会する流れは分かった。

「……今日の計画は『ばらゆり』から直接言われたのか?」

「うん。SNSのダイレクトメッセージで。協力者の女の子も同じように言われて。今日の放課後に私が1人になった安藤さんに抱きついて、口づけをして……その様子を協力者の女の子がスマートフォンで撮影することになっていたの。万が一、安藤さんが断ったり、武力行使で計画を潰してこようとしたら、動画を岡本君に見せるって脅迫する。そうすれば、必ず私は安藤さんの恋人になれる、って『ばらゆり』様に言われたの」

「そうだったのか……」

 私が、由貴のことが好きであること。由貴が、暴力が嫌いなこと。それらを利用した脅迫方法まで伝えているということは、これはますます『ばらゆり』が私達の身近にいる人物である可能性が高くなったな。

「『ばらゆり』のことは何か知らないか? メンバーにしか分からないこととか」

 私がそう訊くと、花音は首を横に振った。

「……分からない。メッセージも敬語だったし、一人称は『私』だから男女の性別も分からないし。普段から敬語だから、年齢とかも分からないし」

「そうか。本当に『ばらゆり』は分からないことだらけだな……」

 分かっていることと言えば、『ホモ・ラブリンス』というグループのリーダーであることだけか。

「『ばらゆり』は本当に高畑さんを真央の恋人にさせたかったのかな?」

 隣で呟く桃花。

「……そのことについて、私も疑問を抱いているよ。花音、今日の計画について『ばらゆり』からメッセージが届いたのはいつだった?」

「昨日の夕方頃、かな」

「……じゃあ、土曜日に私がホモ・ラブリンスのメンバーが襲われたことは知ってた?」

「ううん、襲われたことは知らない。誰か女の子と一緒に出かけることは、他のメンバーから聞いていたけれど。邪魔しちゃいけないと思って、土曜日は安藤さんの後を付けるようなことは一切しなかったよ」

「そっか、分かった」

 ということは、協力者が1人だけの今回の計画を実行したのは納得だ。土曜日のことを知っていれば、私がホモ・ラブリンスに警戒し、亜紀や花音という護衛を付けておくかもしれない、と考えることはできるはずだ。それを見越して、協力者を増やすなど対策を取るべきだろう。

「それでも『ばらゆり』は花音や協力者に土曜日のことを伝えなかった。土曜日のときには結構な人数がいたから、誰かしらが言ってもいいはずだけれど、どうやらそういう事実はなさそうだ」

「つまり、『ばらゆり』はメンバーに土曜日のことを誰にも言うな、って命令していたってことなの?」

「そういうことになるな、亜紀」

 土曜日の計画の失敗。そのことを月曜日に実行する花音と協力者に伝えなかった。また、失敗という事実がある上で、花音と協力者に土曜日よりも杜撰な計画を『ばらゆり』は指示をした。

「『ばらゆり』は高確率で失敗することを見越して、花音と協力者に計画を伝えたんだ。むしろ、失敗するような計画を」

「そんなっ! どうして『ばらゆり』様がそんなことを……!」

 信じられないのか、花音は声を荒げてそう言った。

「何故なのかは分からない。でも、一度失敗したのなら、次は成功するようにときちんとした計画を立て、花音に土曜日の失敗を伝えるはずなんだ。でも、実際はそうじゃなかった。土曜日の失敗を伝えず、穴だらけの計画を命令した」

「まるで、『ばらゆり』は真央と高橋さんの距離を広げたいように思えるよね。こんなことをしたら普通、やられた側は傷付くよ」

 桃花の考えはかなり鋭い。

 そう、土曜日からのことを考えると、『ばらゆり』は花音が私から嫌われるために、今回の計画を命令したように思える。それは沙織さんにも言えることだ。

「……私、安藤さんに酷いことをしちゃったね。あんなことをしたら、好きになってもらうどころか嫌われて当然だよ」

 花音の声は震えており、そして、涙を流し始める。そんな彼女は、私がカラオケボックスから逃げる際に見た土曜日の沙織さんと重なった。

「本当にごめんなさい。ごめんなさい……」

「……私は花音のことを嫌いになったりしないよ。私達は……友達だ」

「安藤さん……」

「……人に嫌われることが慣れているから、人を嫌うことなんて相当なことがない限りしたくないんだよ。人に嫌われるのがどれだけ辛いことか」

 身体的なことで『真男』と揶揄され、すぐに手を出すことから『暴力女』と罵られ。慣れてしまうまでは本当に辛かった。

「それでも、『ばらゆり』のことは嫌ってしまうかもしれないな。やっていることが酷すぎる。人の好意を面白いように利用し、その果てに好意を潰す。そんなことを計画し、命令する『ばらゆり』が許せない」

 ただ、そんなことでも必ず実行する理由が存在する。それは一体何なのだろうか。私に絡むときだけなのだろうか。

 そして、『ばらゆり』の正体は誰なのか。

 今の段階ではまだ何も分からなかった。それがとても悔しい。

 でも、このまま野放しにしておけば、『ばらゆり』が率いるホモ・ラブリンスはとんでもないことをしてくるかもしれない。由貴や梓なども巻き込まれるかもしれない。

 何か行動しなければならない。それだけは確かなようであった。

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