第29話『蚊帳』

 4月21日、火曜日。

 今日は亜紀や桃花と一緒に3人で登校した。実は昨日の帰り際に桃花の発案で、3人で登校することにしたのだ。その甲斐もあってか、何事もなく縁高校に到着した。

「おはよう、真央。昨日の放課後も大変だったね」

「ああ。でも、亜紀や桃花が近くにいてくれたから大丈夫だったよ」

「うん。2人がいるから安心して良かったはずなんだけれど、やっぱり気になっちゃって……昨日はあまり部活に集中できなかったよ」

 先輩に怒られちゃった、と由貴は苦笑いをしていた。もう、何なのこの可愛い天使。思いっきり抱きしめたいんですけど。

「真央ちゃん!」

 廊下から聞こえてくる、梓の声。

 振り返ると梓は心配そうな表情をしてこちらに駈け寄り、私のことを思い切り抱きしめた。昨日に続いて、だ。昨日はメールで再び襲われそうになったことを伝えたから、部活帰りの梓に自宅の玄関で思い切り抱きしめられた。

「真央ちゃん。私、朝練で一緒に行けなかったけれど大丈夫だった?」

「大丈夫だったよ。桃花や亜紀と一緒に行ったから」

「……そっか。ありがとう、成宮さん」

「……どうも」

 桃花は少し不機嫌そうに頬を膨らませていた。梓が私のことを抱きしめているからかな。

 教室には既にたくさんの生徒がいる。もしかしたら、今……この瞬間も『ばらゆり』は私達のことを見ているかもしれない。

 私達の方を見てくる生徒がたくさんにいるから、誰が『ばらゆり』なのか。全く検討も付かないし、心当たりもない。

「ちょっとごめん、梓」

「う、うん」

 梓の抱擁から解かれた私はある人物のところへと向かう。

「鷺沼、ちょっと……相談したいことがあるんだ」

 その人物とは私達のことを見ていた生徒達の中の1人、鷺沼彩乃だ。

「私に相談したいこと?」

「……ああ、私達のことをちょっと遠くから見ている鷺沼に、な」

「ふふっ、それって皮肉かしら」

 鷺沼はそう言いながらも、ちょっと嬉しそうに笑っている。

 当事者である私では見えないことでも、少し遠くから私達のことを見ている鷺沼だったら、怪しい動きをしている人物を見ているかもしれない。もちろん、それ以前に委員長である彼女の真面目さを信頼してのことなんだけれど。

「その真剣な表情は……皮肉じゃなさそうね」

「当たり前だ」

「……分かったわ。それで、私に相談したいことって何なの?」

「……私達のことを変な眼で見ている生徒はいないか。もしくは職員で……」

 そんな質問をすると、鷺沼は不思議そうな表情を見せる。当たり前か。

 ホモ・ラブリンスのリーダー『ばらゆり』は縁高校の関係者だと思っている。きっかけは昨日の放課後のことだ。普段の私のことを知っているからこそ、昨日のような計画を花音に命令したんだと思う。

 暴力を嫌っている由貴の性格はもちろんのこと、協力者を一人だけにしたのも、実は亜紀や桃花の存在を知っていたからなんじゃないか。ホモ・ラブリンスのメンバーが『ばらゆり』に情報を伝えた可能性も否めないけれど、私には『ばらゆり』自身がそのことを知ったと考えている。

「……変な眼で見ているかは分からないけれど、安藤さんや岡本君達のことを興味津々そうに見ている生徒は多いわよ。まあ、私もその一人なんだけれど」

「それって、もしかしてホモ・ラブリンスのメンバーだったりするのかね」

 私は女子に告白された。

 女子のように可愛らしい由貴は、男子に告白されているかもしれない。そうでなくても、小田桐のように由貴に恋をしている男子は少なからずいるだろう。

 ホモ・ラブリンスにとって、私や由貴は恰好の餌食なのかもしれない。

「あぁ、ネットで話題になってるホモ・ラブリンスね。私の友達にも女の子同士で付き合っている子がいたりするなぁ」

「影響力、凄いんだな……」

「女子同士だけじゃなくて、男子同士でも付き合っている生徒がいるわよ。うちのクラスだとあの2人がそうよ」

 鷺沼が指さした先にいる2人の男子。仲良さげに話している。私には普通の友達のようにしか見えないけれど、彼等がまさか付き合っているとは。ちなみに両方イケメン。

「あの女子2人も付き合っているし、あそこにも」

「お、おおう……」

 次々を付き合っている同性カップルを指さすから、思わず声が漏れてしまう。というか、うちのクラスってこんなに同性カップルが多かったの?

「次は僕が、私が……って、安藤さんや岡本君を見ている子は多いんじゃないかしら。安藤さんはかっこよくて、岡本君はかわいいから。もちろん、性格も魅力的だし」

「ホモ・ラブリンスって、そこまででかい存在だったんだな」

「全てがそのグループの影響なのかは分からないけれどね。でも、その名前を学校で耳にしない日はないわね」

「そうか……」

 でも、ホモ・ラブリンスのメンバーである可能性がある人が周りにたくさんいるとは。もしメンバーだったら、私の周りは敵だらけじゃないか。

「でも、同性愛を遠くから見るのはいいわね。少なくとも異性間の恋愛よりは」

 その一言に背中に悪寒が走る。

「鷺沼もその……女の子が好きなのか?」

「……まあ、男の子よりは、ね。何というか、男女でイチャイチャしているのを見るとリア充爆発しろ、って思うのよね」

「そ、そうなのか……」

 笑顔でさらりと言ってしまうところが恐い。

 まさか鷺沼からリア充爆発という言葉を聞くことになるとは。個人的にはクラスに同性カップルがいっぱいいるのと同じくらいに衝撃的である。

「友達だと思っていたけれど、実は恋心だった。それって何だか美しいと思わない?」

「……経験したことないから、分からないなぁ」

 由貴への恋心は一目惚れだから。

「それじゃ、由貴に対する私の恋心は爆発して欲しいのか?」

「……ううん。特に思わないわ」

「そうか……」

 もし、爆発して欲しい、って言われたら鷺沼でも一発頭を叩いていただろう。

 まさか、鷺沼がホモ・ラブリンスのリーダーだったりするのか? 男子よりも女子の方が好きらしいし。同性愛は美しい、と受け取れる発言もしていたし。

 いや、でも……ネット上でも『ばらゆり』は自分自身のことを一切明かさないほどだ。そんな人間が、オフラインである世界で自分が『ばらゆり』であると仄めかすようなことを言うはずがない。

「……ねえ、安藤さん」

「なに?」

「ちょっと横道に逸れたけれど、安藤さんの話を纏めると、あなた……ホモ・ラブリンスに何か変なことでもされたの?」

「……察しが良くて助かる。今まで話していなかったけれど、先週の土曜日と昨日……ホモ・ラブリンスのメンバーに襲われそうになったんだ」

 周りの生徒に聞かれないよう、鷺沼に顔を近づけて囁くようにして話す。

「……なるほどね。それで、安藤さん達に怪しい眼で見ている人がいないかって……」

「ああ。土曜日の方はまだ分からないけれど、昨日の計画はリーダー『ばらゆり』が命令したことなんだ。その内容はまるで、普段の私を知っているかのようで」

「まさか、あの『ばらゆり』が縁高校にいるって言うの?」

「はっきりとそうだとは言えないけれど、その可能性は高そうだ」

「もしそうなら驚きだけれど、ホモ・ラブリンスは学生中心に人気があるし、そんな団体のリーダーが学生だったいうのも納得かも」

 うんうん、とまさに納得したように鷺沼は頷いていた。

「……じゃあ、この中に『ばらゆり』がいる可能性があるのね」

「そういうことだな」

「……安藤さんや岡本君は有名人だからね。2人のことを見る人は多いから、その中から『ばらゆり』を見つけるのは難しいかも」

「そうなるよなぁ」

 木を隠すなら森の中というように、『ばらゆり』が隠れるなら、同性愛が好きな人が多い場所ってことか。万が一、私に自分が近くにいるかも、と気付かれても正体がばれないよう、事前にホモ・ラブリンスの影響を縁高校に広めておいたんだ。

「どうやら、簡単には突き止められそうにないな『ばらゆり』は」

 まったく、色々と計算尽くしている奴だ。そして、そんな奴の計算通りになってしまっていることが悔しかった。

「……そろそろ、朝礼の時間ね。私も注意して安藤さん達の周りを見ることにするわ」

「ありがとな、鷺沼」

「いいわよ。それに、困っているクラスメイトを放っておけるわけないじゃない」

「……ありがとう」

 私達を見てくる生徒や同性カップルが、もしホモ・ラブリンスのメンバーであるとしたら、それこそ敵ばかりとなってしまう。もしかしたら、私は既にホモ・ラブリンスという名の蚊帳の中に閉じ込められているかもしれない。それでも、私には仲間がたくさんいるんだ。絶対に屈しない。

 そして、今日も学校の始まりを告げるチャイムが鳴るのであった。

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