第17話『さざなみ-後編-』
50m走のゴール地点の近くで、一人の女子生徒が倒れている。桃色の髪が特徴的な彼女の名前は確か……
「成宮さん……」
「速く彼女を保健室に連れて行かないと」
気付けば、ベンチから立ち上がって、成宮の方に走り出していた。本能的に体が動いてしまうのは昔から変わらないな。
「ちょっとどいてくれないか」
成宮の周りにいた数人の女子生徒にどかせて、私は成宮の容体を見る。
「成宮、分かるか」
「……あ、安藤、さん……?」
成宮は虚ろな目つきで私のことを見ながら、私の名前を確かに言った。よし、意識はちゃんとあるな。
「梓、鷺沼……成宮のことを保健室に連れて行く。確か、保健室って昇降口を右に曲がってすぐのところだったよな?」
「うん、そうよ。安藤さん」
「ありがとう、鷺沼。先生、私が鷺沼を保健室に連れて行きます」
「ええ、お願いするわ」
そして、私は成宮のことを抱き上げて校舎の方へと向かっていく。
「……ごめん、安藤さん。迷惑かけちゃって……」
「気にするなよ。それに、困っている人を見ると放っておけない性分というか……」
「……そう、なんだ」
そう言うと、成宮はほんのりと笑った。見た目からふんわりとした印象があるけれど、声も笑顔も本当に柔らかくて可愛らしいな。
心なしか、グラウンドにいる時よりも顔色が良くなったように見える。
「……今日はあんまり体調が良くなかったのか?」
「……うん。私、元々、朝に弱くて……今日は特に」
「そうだったのか。そういうときは先生に見学するって言っていいと思うぞ。授業云々より、自分の体調を優先しろ」
「……ごめんなさい」
成宮はちょっと悲しそうな表情を見せた。特に怒ったつもりはないんだけれど、きつく言っちゃったかな。
「ごめん、怒っているわけじゃないんだ」
「……分かってるよ。むしろ、分かったからちょっと驚いてる。安藤さんって恐くて近寄りがたいイメージがあったけれど、本当は優しいんだね……」
すると、成宮は嬉しそうな表情をしながら、私の首に手を回した。成宮のほんわかとした温もりと甘い匂いが感じられる。
成宮とは同じ中学ではない。きっと、高校に入学してすぐに私の悪い噂を聞いたのだろう。きっと、未だに彼女と同じように私のことを恐いと思っている生徒はいると思う。第一印象って本当に大切なんだな。
「成宮は印象通りの可愛い女の子だな」
女子に好かれそうな感じの、女の子の中の女の子って感じで。女子力が高そうで私と真逆の存在というか。私に持っていないものをたくさん持っていそうだ。
「……王子様みたいでかっこいい」
「それじゃ、成宮はお姫様って感じか。こんな風に抱き上げているんだから」
「お姫様……あううっ」
すると、成宮は恥ずかしいのか私の胸に顔を埋める。さっき手を回したこともそうだけど、こいつ……さりげないアプローチが上手すぎる。
そして、保健室に到着し、保健室の先生に状況を説明して成宮をベッドに寝かせる。
「横になって、ゆっくりするんだ。目を閉じるだけでも気分が良くなるよ」
「……うん、分かった。でも、安藤さんがここにいてくれないと嫌だな。目を覚ましたときに誰もいないのは寂しいから」
「何を言っているんだよ。成宮を一人ここに置いていくつもりなんてないよ」
我が儘を言ってくれることがとても嬉しくて、可愛らしいと思った。この一瞬で恋に落ちる人もいるんじゃないだろうか。
ここにいてほしい、か。私も由貴に同じことをはっきりと言うことができればいいのに。
「安藤さん、何だか寂しそうな顔をしてる」
「……何でもないよ。ただ、50m走を全力で走ったから疲れちゃっただけさ」
「そっか。私も……疲れた」
「じゃあ、少しでもいいから寝るんだ。私がずっとここにいるから」
「……うん、分かった」
すると、成宮はゆっくりと目を閉じた。程なくして彼女の寝息が聞こえ始めたことから、彼女の疲労が相当なものであったことが伺える。
「……あっ」
気付けば、成宮は私の手を握っていた。そんなことをしなくても私はここにいるんだけれどな。そんなに私のことを信用していないのか?
「まったく、私にベッタリなお姫様だな」
眠り姫になっても『王子様』の側にいるってか。
私にとっての可愛い王子様は今、どうしているんだろうな。そんなことを思いながら、成宮の目が覚めるときを静かに待つのであった。
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