第16話『さざなみ-中編-』
4月15日、水曜日。
今日の1時間目は体育。初回ということで体力テストを行なう。
体育は男女別だからつらい。今まで体育は好きだったけれど、高校生になって初めて体育が嫌だなと思った。
「真央ちゃん、さすがだね。きっとクラスで一番脚が速いんじゃないかな」
「まあ、中学まで走り専門で部活をやってたからなぁ」
50m走くらいなら普通に走れるよ。部活を辞めてから1年以上経つけれど、やっぱり本気で走ると気持ちがいい。
出席番号順だったので最初に走ってしまった。こういうとき、全員が終わるまで暇な時間を過ごすのが恒例になっている。今は梓と一緒に近くのベンチに座っている。
「何だかつまらない顔してるね。こういうときっていつもそうだよね。でも、今日は今までの中で一番つまらなさそう。岡本君がいないからかな?」
「……せめて由貴がいればなぁ」
姿さえ見られればどれだけ良かったことか。どうして、男女別々の場所で体育をするんだろう。授業が始まる前に昇降口で由貴と会ったけれど、ジャージ姿の由貴、女の子にしか見えないくらいに可愛かった。
「そ、そうか。ということは……」
体育の時間は小田桐の独壇場じゃないか。何だか気持ちが落ち着かなくなってきた。フェアにやろうと言ってきた小田桐に限って変なことはしないと思うけれど、由貴が嫌がるようなことをしたらぶっ飛ばしてやる。
「真央ちゃん、急に眼光が鋭くなったね。やっぱり岡本君がいないから?」
「……まあ、由貴が私の見えるところにいれば心は落ち着いていたかな」
好きな人が見えない所にいるというのは不安な気持ちになる。由貴は今、私のことを思ってくれていたり、考えてくれたりしてくれているのかな。
「そっか。でも、岡本君がいないときは、私がこうして側にいるから。……今までもそうだったじゃない」
「……そうだな」
梓と一緒にいると心が落ち着いてくることもまた事実。すぐ側に親友がいるというのは心強いと思う。変わらずに側にいてくれる梓に感謝している。
「あっ、私ももうすぐだから行ってくるね」
「うん、頑張って」
50m走のスタート地点に向かっていく梓の後ろ姿はちょっと眩しかった。
そして、程なくして梓は50mを駆け抜けた。テニスで体を動かしているからか、なかなかの速さだった。もし、陸上部で一緒に走っていたら一番のライバルになっていたかも。
「お疲れさん、梓」
全力を出してやりきった様子の梓に激励の言葉をかける。
「ありがとう、真央ちゃん。私、速かった?」
「うん、凄く速かった。それに、走っている姿も綺麗だった」
「……ふえっ?」
そう声を上げると、元々ほんのりと赤くなっていた頬が更に赤くなっていく。えっ、私……何か変なことを言っちゃったのかな。
「大丈夫か?」
「ううん、ただ……凄く嬉しいだけ」
梓はそう言うと、再び私の隣に座った。心なしか、さっきよりも距離が近い気がする。そのことで梓から優しい温もりが感じられる。
「そういえばさ、真央ちゃん」
「……ん? どうした、梓」
「ここだけの話なんだけど、私……見ちゃったんだよね。部活の帰りに……」
「な、何を?」
突然何を言い出すかと思えば。その言い方だと、物凄くドキドキするんだけど。
「……女の子同士が口づけしてたの」
何故か梓はうっとりとした表情をしながら言った。その光景が梓にとって衝撃的だったのかな。
「へえ……それって、入学式の日に私と一緒に見たカップル?」
「ううん、違った」
「そうか……」
放課後になると、みんな口づけをしたくなるのかね。明日まで会えなくなっちゃうからだとか。学校でこんなことをしていいのかな、という背徳感から来るドキドキを味わいたいとか。きっと、付き合うと色々な感情が湧くのだろう。
それにしても、女の子同士のカップル、か。
「これもホモ・ラブリンスの影響なのかねぇ」
「それはあるかもしれないよ。部活の友達は男子生徒同士で手を繋いで仲睦まじそうな感じで歩いていたところを見たみたいだし」
「おおぅ……」
これは本当にホモ・ラブリンスの波が縁高校に来ているかもしれない。あのグループのメンバーがこの高校のどこかにいる可能性は高そうだ。
「何だか口づけをしてた女の子達、凄く幸せそうだったなぁ」
「それは何よりだ」
私も由貴と口づけできたらそれはもう有頂天な気分に……って、何を考えているんだ、私は! 目を閉じた由貴は可愛いだろうとか、唇が触れたときに漏らす声が絶対に可愛いだろうとか、絶対に甘い匂いがするだとか。
「今、岡本君と口づけしたらどんな感じなのか想像してたでしょ」
「……だって、好きな人との口づけとか考えちゃうよ」
「でも、今は同性での口づけのことを話してたんだよ。だから……ね。た、例えば……ね、わ、わ……」
「わ?」
「わ……分からないこともあるよね! もし、自分が女の子同士で口づけする場面を想像しようとしても!」
「そ、そうか……」
女性同士の口づけを見て、もし自分だったら……って想像しようとしていたのか。梓にとってはそれだけ衝撃が大きかったんだ。
「梓の中で口づけした相手は誰だったんだろうね。梓に思ってもらえるんだから、その女の子はとても幸せ者だな」
私がそう呟くと、梓は私から目を逸らして、
「私の中でしか口づけできないような気がするんだ……」
穏やかな風に消えゆくような声で呟いた。そして、梓は口元で笑いながらも切なそうな目つきをして私のことを見つめてくる。
私の中でしか、ということは梓の想っている人はもう恋人がいたりするのかな。それとも勇気が出ないのか。
「……私が言えるような立場じゃないけれど、梓がその人のことを想っていれば、きっとその想いが分かってくれるときが来るんじゃないか?」
私もいつか、絶対に由貴へ好きだという想いを伝えたい。それだけは絶対に。
「……うん。そう、だね……」
そうは言いつつも、梓が少しでも元気になったようには見えなかった。まるで、梓の意中の相手が永遠に手の届かない場所にいるかのように。
「だ、大丈夫?」
「保健室に連れて行かないと!」
グラウンドの方が騒がしいと思って見てみると、そこには女子生徒が1人倒れていたのであった。
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