第14話『ハロー、あたし、恋してる。』

 私に嫌がらせをしてくる人間の正体をついに掴んだ。そいつは金髪ロングヘアが印象的な可愛らしい女子生徒だった。

「……名前は何て言うんだ?」

 この女子生徒はきっと私が「安藤真央」であることを知っている。それなのに、私は彼女のことを何も知らないのはアンフェアだ。

 しかし、女子生徒は口を開かない。自分のことをお前なんかに明かすつもりはない、という考えなのか。

「……じゃあ、名前は言わなくていいから、どうして私にこんな嫌がらせをするんだ。それだけでも聞かせてほしい。この場で解決できることかもしれないだろ?」

 女子生徒が私を憎む理由が解消できれば、彼女が嫌な想いをすることもないし。ついでに私が画鋲の針が指に刺さることもなくなるし。今回のことが解決できれば、彼女の名前を知らずともいいと思うことにした。

「……だって」

 すると、予想外なことに女子生徒の目から一粒の涙がこぼれ落ちたのだ。


「だって、あなたが小田桐君と付き合っているんだもん!」


 そして、女子生徒は声を上げて泣き始めてしまった。そんな彼女を見て、私は慌ててベンチから立ち上がって、彼女の両肩を掴む。

 というか、私と小田桐が付き合っているだって?

「どうしてそう思うんだよ!」

「だって、先週の金曜日に……円加川のほとりで告白されてたじゃない! 小田桐君から告白なんてよほどのことだもん!」

「ちょっと待て! 小田桐は確かに私に告白した!」

「ほら、やっぱり告白されたんじゃん!」

 女子生徒の泣き声は大きくなっていくばかり。こいつ、あの時の私と同じ勘違いをしてやがる! まったく、あの男は本当に罪作りな奴だ。


「小田桐の好きなのは私じゃない! 別の子なんだ!」

「……えっ?」


 彼女に小田桐が好きなのは私ではない、という真実を伝える。

 すると、彼女の涙は急に止まり、目を丸くして私のことを見つめてくる。

「小田桐君が好きなのはあなたじゃないの?」

「……違うんだ」

「じゃあ、あたし、勘違い……してたんだ。……う、うううっ……」

 そして、女子生徒は再び泣き始めた。

「あたし、何て酷いことを……」

 罪悪感から、か。人違いで嫌がらせをしてしまったことに心を痛めているのか。それは誤解であったことが分かった証拠でもあるんだけれど。

「とりあえず、ベンチに座ろうか」

「う、うん……」

 私は女子生徒と隣同士でベンチに座る。そして、彼女が泣き止むまでそっと頭を撫で続けた。

「……天野亜紀」

「えっ?」

天野亜紀あまのあき。あたしの名前。1年2組」

「天野、さんか……」

 さすがに別のクラスの人だからか、知らない名前だな。

「亜紀でいいよ。……真央」

「あ、ああ」

 しょんぼりしながらも、自分の希望をちゃんと言ってくる子なんだな。

 亜紀はきっと、最初に小田桐の放った「好きだ」という言葉だけを聞いたんだな。だから、小田桐が私のことを好きであると勘違いしたんだ。

「ごめんなさい、真央。あたし、小田桐君があなたのことが好きだって勘違いしたからつい……」

「そっか。小田桐は……別の生徒のことが好きなんだ。そして、亜紀はそんな小田桐のことが好きなんだな。今までの様子からして」

「……う、うん」

 やっぱり。

 それで、嫉妬をして小田桐と付き合っていると思っていた私に嫌がらせをしてしまったと。何というか、恋をするって色々なことへの原動力になってしまうんだな。

「河原での告白、続きがあったんだね」

「……ああ。小田桐は別の生徒が好きでさ。それを私に言ってきたんだよ」

「それって誰なの? もう、嫌がらせとかは絶対にしないって約束するから」

「……本当だな? 本当にしないって約束できるんだな?」

 私と同じような想いをさせたくないし、小田桐が好きな相手が由貴だから、亜紀に何度も確認をする。

「もちろんだよ。もう、こんなことはしないよ」

「……だったら教えるよ。小田桐が好きなのは岡本由貴っていう男子生徒だ」

「え、えええっ! だ、男子のことが好きなの!?」

 顎が外れるんじゃないかという勢いで、亜紀は大きな口を開けた。どうやら、意中の人は男子が好きでした、というのは亜紀にとって衝撃的だったようだ。

「ちなみに、由貴は女の子みたいに可愛いんだ」

「……あっ、もしかして三組には可愛い男子生徒がいるっていう噂があるけれど、その子のことが好きなの?」

「あ、ああ……ちなみに、私もその子のことが好きなんだ」

「へえ……」

 話の流れで自分も由貴のことが好きだと告げた。好きな人がいる亜紀になら話しても大丈夫だと思ったんだ。共感してくれるかもしれない、と信じているから。

「小田桐君は真央と同じ人が好きだったんだ」

「……ああ。それを金曜日に言われたんだよ。所謂ライバル宣言ってやつだな……」

 まさか、あの時の会話の一部を亜紀が聞いていたとは。今日のこと、全ての原因は小田桐にあったってことか。もしかしたら、亜紀と同じように小田桐が私のことを好きだって勘違いしている奴がいるかもしれないな。

「ただ、由貴に対する小田桐の想いは本気だ。それは金曜日に確認してる」

「そっか。じゃあ、あたしの方に振り向かせるのは難しいね。同じ中学でクラスが同じになったこともあるけれど、まともに話したことがあまりなくて……」

「それでも、好きな気持ちが変わっていないんだから、彼への想いは本気なんだろ?」

 私に対して今日のようなことをしたり、思い切り泣いたりするんだから。小田桐のことが本気で好きなんだと思う。

「……もちろんだよ」

 亜紀は小さい声でもはっきりとそう言った。

「それなら、きっと……何とかなるんじゃないかな。もちろん、頑張るってことが前提なんだろうけど……」

 それは私も同じだった。由貴と恋人同士になるためには、彼ともっと親しくなれるように頑張らないといけない。それを怠ったら、小田桐との距離が一気に縮まっていく可能性も考えられる。

 そして、亜紀は初めて笑顔を見せる。とても可愛らしい。

「じゃあ、あたし達……同じなんだね。好きな人に向かって追いかけていくっていうのかな」

「……追いかけていく、か。確かに恋をするってそうなのかも」

 私の場合は由貴の手を掴みたくて、抱きしめたくて。彼のことを追い求めているんだ。近そうで遠い存在を今も追いかけ続けているんだ。

「お互いに頑張ろう、亜紀。それぞれの恋が実るように。もちろんフェアな方法で。それが小田桐との約束なんだ」

「……そうだね。もう、真央にしたようなことは二度としない。少しずつでも小田桐君との距離が縮められるように頑張ってみる」

「……その笑顔を見せれば、きっと大丈夫だよ。可愛いし」

 自分の要求とか想いとか、いざとなればしっかりと言えるし。私よりもずっとしっかりしていて羨ましい。

「……うん。小田桐君と一緒に笑顔になりたい」

「そっか」

 一緒に笑顔になる、か。私も由貴と一緒に笑顔になりたいな。ずっと由貴と一緒に笑い合っていきたいな。そんな日々が来るのだろうか。いや、来させるんだ。

 気付けば、昼休みが終わりに近づいていたので、亜紀と連絡先を交換して私達はそれぞれの教室に戻った。

 嫌がらせをする犯人を突き止めた結果、恋をする友達ができました。まさかこんな形で友達ができるとは思わなかった。お互いに好きな人がいるからこそ話せることもあるから、私にとって亜紀という存在がきっとこれから大きくなっていくと思う。

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