第6話『"かっこいい"』
4月9日、木曜日。
――明日から髪をストレートにして、メガネを外してくれる……かな。
その言葉の通り、私はいつものように髪を後ろ側で纏めることはしなかった。メガネについては何かあったときのためにバッグに入れておこう。
しっかし、このスタイルは何時以来だろう。中学生になってからはずっとメガネをかけていたから、小学生以来かも。いつも、風呂から出た後はこんな感じだけれど、制服姿だとさすがに今までの私じゃないな、と鏡に映っている自分を見て思った。
「真央ちゃん、学校に行こう」
玄関から梓のそんな声が聞こえた。もう、そんな時間だったか。
「今行くよ」
そう言って玄関まで行くと、そこには目を見開いた状態で私を直視する梓がいた。
「真央ちゃん、それ……」
「……由貴からのご注文でね。まあ、高校に入学したんだし、心機一転ってことで今までと違う雰囲気にするのもいいかなと思って」
例え僅かだとしても、何かしらにプラスへと働くといいなと思っている。
由貴が今の私の姿を見たら、どんな反応を見せてくれるのかな。
「真央ちゃん……かっこいいね。小学生の頃を思い出すよ。私を助けてくれたあのときのことも……」
梓はうっとりとした表情をして私のことを見つめている。そんな彼女の顔がとっても可愛くて。
私が梓を助けたときのこと、か。確か、梓を虐めた奴のことを殴って助けたんだよな。もしかしたら、困っているときに手を出してでも解決しようとするようになったのはこれが原因かもしれない、と今更になって気付く。
「何だか懐かしい感覚だよ。髪も解いて、メガネもかけずに学校に行くのは久しぶりだからさ」
それでも、梓と一緒に学校へ行くことだけはずっと変わっていない。
「そろそろ行こうか、梓」
「そうだね、真央ちゃん」
梓と一緒に家を出発すると、彼女は早速私にぴったりとくっついてきて、今日も手を繋いできた。しかも、今日は指と指を絡ませる、俗に言う恋人繋ぎってやつで。
「どうしたんだよ、今日はいつも以上にくっついてきて」
「だって、かっこいいんだもん。それに、真央ちゃんと一緒にいるようになったときってこんな感じじゃなかったっけ」
「……そうだったかな」
きっかけが、虐めを解決したことだけあって、梓と親しくなってすぐの間は、梓は私にべったりとくっついていた。私が側にいないと恐いというのもあったのかもしれない。何せ、私が風邪で学校を休んだとき、梓も学校を休んでいたらしいから。
今では、梓は自然と友達ができて、私がいなくても大丈夫だと思ったんだけれど。意外と、根の部分では私がいないととても寂しいのかもしれない。
「今の方が絶対にいいよ。キラキラしてる」
「……随分と高く評価してくれるなぁ」
思い出補正というのがあるかもしれないけれど。
「だって、本当なんだもん。もしかしたら、岡本君に恋をしているからかもしれないけれど」
「どうなんだろうね」
でも、実際に由貴と出会って、恋をしていなかったら、今のように高校が楽しみだとは思えなかっただろう。梓の言っていることは正しいのかも。
「ねえ、真央ちゃん」
「うん?」
「……ずっと側にいてね。そ、その……し、親友としてだけれどね、もちろん!」
何故か頬を真っ赤にしながらそんなことを言ってきた。何故、親友というところを強調するのか。どこか不安そうにしながらも、私のことを笑顔で見てくるその表情は、彼女と親友になったあの頃と似ていた。
「……当たり前だろ。それに、つい最近、梓だって言ったじゃないか。私に何かあっても側にいて、抱きしめてくれるって。その言葉を信じてるよ」
「……あうっ」
何でそこで甘い声を出してしまうのか。可愛い親友だな。
「やっぱり、真央ちゃんはキラキラしていてかっこいいよ」
「……ありがとう」
キラキラしていてかっこいい、か。それが梓にとって、私の一番好きな姿なのかもしれない。そんな私が再び見ることができて嬉しいのだろう。ここ最近では一番嬉しそうな様子だから。そんな梓を見ていると、私も嬉しくなった。
そして、ふと思う。
由貴はこの私の姿を見て、どんな気持ちを抱くんだろう。ポニーテールの髪型で、メガネをかけていた昨日までの私のことを可愛いと言ってくれた。そんな私が今の姿に変わって由貴はどんな感想を持つのか。とても気になる。きっとこうなると思う、と言ったわけではないから余計に。
ただ、私の我が儘としては可愛い、と思って欲しい。だって、私も女の子だし、男の子には可愛いって思われたい気持ちはあるから。
そして、私はまた……ふと思う。
由貴は男の子だから、やっぱりかっこいいって思われたいのかな。でも、教室で二人きりになったときに私が可愛いって言ったら、由貴は嬉しいって言っていた。それが本心だったのか。由貴の優しい嘘だったのか。私にはまだ、分からなかった。
でも、もし嘘だったら。
可愛い、って言ってしまって傷付いているかもしれない。由貴は可愛い方がいいという自分の我が儘を押しつけてしまっているだけかもしれない。そう思うと、針を刺されたようにちくりと、じわりと、胸が痛むのであった。
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