第7話『"かわいい"』
午前8時10分。
私と梓は縁高校に到着し、1年3組の教室へと向かう。
「何で皆こっちを見てくるんだ……」
「真央ちゃんの変貌ぶりに驚いているんじゃない?」
確かに、こちらを見てくる生徒の顔を見てみると、何があったんだと言わんばかりの表情をしている。というか、こんなにも多くの生徒が見ているってことは、中学までの私のことがあっという間に広がっていたんだなぁ。拡散能力恐ろしい。
そして、視線を浴びる中、私達は1年3組の教室に辿り着いた。
教室には既に由貴がいた。彼はすぐに私のことに気付いて、一緒に話していたクラスメイトの女子をそっちのけで私の方に近づいてきた。
「凄く可愛いね、真央!」
由貴は満開の笑みを浮かべながらそう言った。
「あ、ありがとう……」
やっぱり、由貴は可愛いって言ってくれた。それがとても嬉しかった。胸がキュン、となって凄くドキドキする。
「僕の思ったとおりだったよ。髪をストレートにして、眼鏡を外したら真央はもっと可愛くなるんじゃないか、って」
「そうだったんだ」
可愛くなるって思ってくれていたんだ。す、凄く嬉しいんだけど。ど、どうしよう。由貴の前なのにきっとにやついている。顔が緩んでいるのが分かる。
「笑った顔も可愛いね」
「……そういうことを自然と言える由貴はかっこいいよ」
「……そっか」
由貴はにこっ、と笑った。その笑顔はとても可愛い。その顔が見られただけでも、この姿になって良かったなと思える。
「あれが安藤なのか……?」
「凄くかっこいいんだけど。そこら辺の男子よりもよっぽどイケメンかも……」
どうやら、今のこの姿は今まで私のことを恐れていた奴でさえも好評なようで。しかし、それが何だか気に入らなかった。掌返しのような気がして気分が悪い。やっぱり、目に見えることでしか判断しない。
イケメン、という言葉も聞こえるから、教室に来るまでに浴びた視線の中には、純粋に今の私のことをかっこいいと思って見ていた生徒がいたのかもしれない。
「どうかしたの、真央ちゃん。目の色が変わったけれど……」
「何でもないよ。ただ、メガネを外すと視界がぼやけるなと思って」
「コンタクトとかしてないの?」
「まあ、授業中以外は特に大丈夫だよ。今も1番前の席だから、授業中でもメガネはいらないかな」
「そうなんだ。僕の顔は見える?」
「……ちょっとぼやけちゃう、かな」
結構近くに立っていたから、本当ははっきりと見えていたけれど、もっと由貴の顔を近くから見たくて嘘をついてみる。
「じゃあ、このくらい近ければ大丈夫かな」
すると、由貴は私の目の前に立って、ちょっと背伸びをして私の顔を見上げてきた。そのことで由貴の甘い匂いが感じられる。
由貴が近づいてくれたおかげではっきりと見えるけれど、これってもう口づけの体勢だと思うんだけれど。由貴がここまで近づいてくれるなら、二人きりのときにすれば良かった。周りに人がたくさんいるからとても恥ずかしい。
「み、見えるからっ! だから、もう大丈夫だっ!」
「そう? 良かったぁ」
由貴は背伸びを止め、私から1歩下がった。
「……てっきり、岡本君が真央ちゃんと口づけすると思った……」
「……はうっ」
何故か不機嫌そうな梓の呟きが由貴に聞こえたようで、彼はようやく自分がどんなことをしたのか分かったようだ。顔を真っ赤にして可愛い声を漏らした。
「ご、ごめんね。僕、真央にただ顔をはっきりと見て欲しかっただけだから」
「分かってるよ。他意は無いって」
「うん。じゃあ、もうすぐ朝礼だから僕は戻るね」
すると、由貴はちょっと慌てた様子で自分の席に戻った。
「私達もそろそろ座ろっか」
「そうだね、梓」
私が自分の席に行く途中も、周りの生徒から昨日までとは違う視線を浴びる。やっぱり、良い気分にはなれなかった。
それでも、私はこの姿になって良かったと思っている。親友と恋する人がとても喜んでくれていたから。それだけで十分だった。
「かわいい、か……」
由貴の声で「可愛い」という言葉が頭の中で駆け巡っていく。それは無意識に何度も。「真男」と揶揄された経験があるからこそ、男の子に可愛いと言われると女の子として認められたような気がして、とても嬉しかったのであった。
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