すべてを吐く
勇者が全身氷漬けにされてた日の夜、俺は監視官室に隣接している自室で報告書を書いていた。
この世界の文字は俺たちがいた世界の文字は俺が知っている中だと甲骨文字に近いかもしれない。
字というより絵を描いている感覚だ。
この世界に来て五年たつがいまだに書くのも読むのも時間がかかる。
なので、勇者の記録を付けるときは一度日本語で書いた後にこの世界の文字に書き直すのだ。
なんで自室に来てまで仕事をやらなくてはいけないんだとは思うが、これがなければ暇で暇でしょうがないのもまた事実。
弱点のせいで外に出たら強制的に意識を手放すことになるだろうし、読書で時間をつぶそうにもまず字がまともに読めない。
元の世界で暇な時はパズルやお絵かきロジックをしていたが、そんなものこの世界にあるとは思えない。
まああったとしても買いに行けないのだからないのと同じだ。
誰かに買ってきてと頼もうにもこんな生活のせいで俺のために買ってきてくれる人間なんかいないわけで。
「……はぁ」
俺は思わずため息をつき、頭を掻く。
なんというか、異世界ファンタジー的な世界に来てこれはいかがなものだろうか?
趣味も娯楽も一切なく、ただただ仕事漬けの毎日。
それじゃあこの世界に来た意味がない。
仕事の関係で外の世界を『見て』いるが、ただテレビを見ているだけと変わらない。
俺はなんでこの世界に来てしまったのだろうか?
できることならば俺だって外に出て大冒険ってやつをやってみたいと思ってしまう。
まあそんなこと出来るわけないのだが。
「……はぁ」
そんなことを考えていると再度ため息をついてしまった。
トントントン
そんなとき部屋の扉がノックされた。
この時間に誰だろうか?
「山田さーん。私です。入れてください」
俺はその声を聞いた瞬間、ダッシュし、扉を開けえた。
「こ、こここここんな時間になんの用でしょうか? 姫様?」
姫様。
そう姫様だ。
容姿端麗頭脳明晰、清楚で明るく民にも人気な姫様だ。
なぜか俺に対してだけ理不尽でドSな姫様だ。
そんな姫様がこんな時間になんの用だろうか?
まさかまた何か楽しいことを思いついたとか言って俺を実験台にするつもりだろうか?
この前は手作りチョコという名の殺人兵器を無理やり食べさせられた。
それでどうなったかは思い出したくもない……。
「用がなくては来てはいけないんですか?」
姫様はぷくーっと頬を膨らませながらそういった。
「いえ、そういうわけでは……」
それに対して俺は笑顔で返したが、俺の心臓は早くも限界をむかえそうだ。
それは別に姫様がかわいくてドキドキしたからではない。
この時間に俺の部屋に姫様が来たという事実があの
あの
それこそ姫様の言葉に逆らえないほどに。
ではもしこんな夜中に姫様が男の部屋に遊びに行ったと知ったらあの
決まっている。
極刑だ。
ははははは、姫様は無自覚に俺を死の淵に追い込むなぁ。
「まあ用はあるんですけどね?」
「は、ははは」
今日はいったい何をするんだろうか?
前みたいに昔の好きな人の好きなところを延々と話させるとか?
それとも姫様の好きなところを時間の限りずっと言わせるあれか?
ははははは、どれにしても俺の心がヤバい。
「山田さん。私に何か隠し事をしてませんか?」
「へ?」
姫様は真剣な表情でそんなことを言ったが、はて、どれのことであろうか?
実はこの世界の人間じゃないということも言ってないし、実は姫様の手料理で食べきれなくて捨てたものがあるってこともばれてないはずだし……心当たりがありすぎてどれのことか見当もつかない。
「何でですか?」
だが、どれを知られても姫様からの折檻コース行きは免れないのでとぼけるしかないのだが。
「……この前『神託』が下ったんです」
『神託』というのはその名の通り、神からのお告げを聞く姫様の能力である。
前から少し出ていた能力とは、この世界にある魔法以外の超常的な力のことである。
魔法との違いは、能力を持っている人間はまれであるということと使うには条件をクリアする必要があることだ。
まれといってもこの世界には能力を持っているかを知るすべも条件が何かを調べるすべもないので、能力を無意識で使っている人間や能力は持っているがそれを知らない人間もいる。
なのでもしかしたら魔力と同じようにすべての人間が能力を持っている可能性はある。
つまるところ能力のほうはわかっていないことが多いのだ。
「『神託』……ですか」
姫様の能力も条件が謎の部分が多く、知りたいことを考えながら寝るときに『神託』が下るということしかわかっていない。
しかも下るときと下らないときの違いもよくわからないと来ている。
「はい、その日は孤高の勇者様が来た日で寝るまえも勇者、つまり世界を救う人について考えていました。そして下ったんです」
姫様いわくその内容は
『そのものたちは一人である。言葉を語らうすべも知らず、手を取り合うすべを知らず、共にいることすらかなわない。そのものは強き体を持ち、そのものは底なしの魔力を持ち、そのものはすべてを見通す力がある。そのものたちは一人である。たとえ共にいたとしても……一人であることに変わりはない』
だそうだ。
『神託』を聞かされてもいつもはもっとちんぷんかんぷんなのだが、この『神託』はわかりやすい。
あれかな?
いろいろと思い当たる節があるからかな?
「この『神託』がなにを示すのかわかりませんでしたが、一つだけはわかりました。すべてを見通すなんて力を持っているのはあなたしかいません。何か知っているんじゃないですか?」
いや、いやいや、いやいやいやいや。
ないない。
俺の考えていることはない。
だってこれは世界を救う人についての『神託』なんだろ?
それだったらあり得ない。
「……その顔何か知ってますね?」
「……え? いやまさか……」
俺は思わずごまかそうとして、
「いま嘘をつきましたね? 私が山田さんの嘘を見破れないと思っているんですか?」
それが失敗だったのだと悟った。
ヤバい、怒りで姫様の目が据わっている。
「……あ……いや……」
姫様の怒りにあてられ、まともに声が出ない。
「……山田さんを心配した私が馬鹿でした。今日は隠し事すべて吐くまで終わらせる気はありませんから覚悟してくださいね?」
姫様は心に悪魔をやどらせながら天使の笑顔で近づいてくる。
「や、やめ……あああああああああああああ!」
何が起こったのかは皆さんの想像にお任せします。
でもとりあえず俺の隠し事はすべて姫様に話してしまったということだけは言っておきます。
ぼっちな勇者と魔王様 神山紘 @kazami_kou
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