紳士退場
「……何があったのじゃ?」
魔王が戻ってくると『紳士』が気を失ったワーウルフを取り押さえていた。
「いや、違うんだただ俺が『紳士』なだけで……」
「……」
魔王は『紳士』に対して変態を見るようなまなざしを向けた。
うん、まあしょうがないよね?
「……まあなんとなくこうなる予想はしていたが、なんでそんな変なものを顔につけておるのじゃ? それに服も変わっておるし……」
「あれ? なんで俺のこと『紳士』だってわかったんだ? 一応これで『紳士』としての気配を変えているはずなのに……」
うん、なんて頭のおかしい文章だ。
『紳士』のタイミングが絶妙に微妙な文章を作り上げている。
「ああ、なるほど。その仮面が呪われているんじゃな? 言おうとする言葉の一部を変えてしまうのか……なんとも変な呪いじゃのう……それならさっきの空中で文字を書いていた魔法ならどうじゃ?」
「ああ! その手があったか! さすが『紳士』!」
『紳士』は魔王のことを『紳士』認定した後、空中に文字を書きだした。
『なんで俺が勇者だってわかったんだ? 魔物と同じ気配になっているはずなんだが……おお! 書けた!』
「やはり書けたか。えーと、なになに? 我が勇者だと気づいた理由か? それは簡単じゃ! 普通に顔を見て気付いたんじゃよ」
ああ確かにそれは簡単で普通だな。
「そもそも我は気配を読むなんて器用なことはできん」
『ああだから俺が城に入っても気付かないのか』
「悪かったな!」
『いやいや』
そんなたわいのない会話をしていると気を失っていたワーウルフが目を覚ました。
「……あれ? 確か私は……」
どうやら『紳士』の一撃で気を失う前の少しの記憶が飛んでしまったらしい。
どんだけ強い一撃を入れたんだよ……。
「ワーウルフよ! よくぞここまで来た!」
魔王はワーウルフをたたえたが、それより前に離してあげない?
「おお! あなた様が魔王様ですか! お初にお目にかかります! 自分は魔導士様の部下、ワーウルフでございます! この度は魔王様の城に勇者がやってきたという噂を聞き、魔王様を心配した魔導士様からの伝言を届けるためにはせ参じました!」
その勇者はいま君を取り押さえているけどね?
あとなんで手紙じゃなくて伝言?
「ふむなるほど。して、その伝言というのは?」
「はい! 『魔王様が心配なので、ほとぼりが冷めるまで私どもの屋敷にお越しください。一人では来るのは心配なので部下もつれてきてください』だそうです! もっと長々と聞いていたのですがここに来るまでに忘れてしまいました! 申し訳ありません! ですが内容はこの通りです!」
うん、まあ手紙を書かなかった魔導士が悪いんじゃないかな?
なんというかこのワーウルフ真面目だなぁ……変態じゃないよな?
女勇者パーティーのせいで真面目なだけではないのではと勘ぐってしまう……。
「なるほど。此度はご苦労であった。今日はゆっくりと城でくつろぐがいい」
「いえ! そういうわけにはいきません! 自分はすぐにでも魔導士様に伝えたうまを報告に戻ります! 魔導士様の屋敷の場所と入る方法はここに……あれ!? 体が動かない!?」
え!? いま気付いたの!?
「おいゆう……」
「『紳士』」
いつも通り呼びそうになった魔王の言葉を遮って勇者がなんかしらを名乗ったが、これも『紳士』になっていてしまったのでやはりこの状態の勇者は『紳士』だな。
「……紳士よ。もうやめてやれ」
魔王は勇者に憐みの眼差しを向けながらそういった。
まあ憐れだよね。
「あーやっとちゃんと動ける。それにしてもなんであんな状態になっていたんだろうか? 確かここに入ってそれから……」
どうやら『紳士』登場あたりからの記憶が消えていたらしい。
まあすべての記憶を失うよりましだよね。
「まあそれよりもこちらに屋敷の場所と入る方法が書いてありますので来るときは参考にしてください」
ワーウルフは魔王に紙を手渡し、
「では! またお会いしましょう!」
そういって素早く帰っていった。
次に登場するときは最初から声を押さえて登場してほしいものだ。
「……いったな」
「ああ、早かったのう……で、あやつはいなくなったが、おぬしはいつまでその状態なのじゃ?」
『ああ、いま外す』
そう書くと勇者は仮面を掴み、強引に引っ張りだした。
「おい勇者!? それヤバい! ヤバいヤバいヤバい! そのまま行くと顔の皮が……! ああ! ああああ! あああああああああ!」
ブチィという効果音とともに仮面は外れた。
明らかにそれ以外も外れた、というか剥がれた音がしたが、俺は途中で見るのを止めた。
仮面を外してから少しして。
「……怖かった……怖かったのじゃ……あのまま、すべて……すべてが……ブチィっと……!」
魔王の心の傷はいまだにいえず、頭を抱えている。
よほどグロイ光景だったのだろう。
とうの勇者はケロリと椅子に座っているのだが。
ついでにあの仮面、もちろんあのとり方は正式な解呪の仕方ではない。
正式なものは最上級の解呪魔法で解呪するか、それこそ本物の『紳士』になるかである。
まあほかにも仮面の力が及ばない存在になるというものがあるが、この勇者が使えている時点で人類には無理な話だろう。
呪いの装備は用法容量を守って正しく使いましょう。
「そういえばどうするの?」
ぼーっとしていた勇者が頭を抱えている魔王に対し急に漠然としたことを聞きだした。
たぶん魔導士の屋敷に行くかどうかという話だと思うのだが、いかんせん勇者の言葉には主語も何もなさすぎる。
「……何のことじゃ?」
ほら魔王だってわかってない。
「魔導士のところいくのかって話だよ」
「逆に聞くが行かないという選択肢があるというのか? 否! 断じて否である! なんせはじめての部下からのお誘いじゃからな! もう楽しみで楽しみで仕方がないわ!」
そんな楽しそうな魔王を見ていると涙が流れてくる。
「連れていく部下もいないのに?」
「……な、何のことじゃ?」
勇者の言葉に魔王は思わず目をそらす。
伝言では確か部下もつれてくるようにといっていた。
だがもちろんこの魔王に一緒に行ってくれるような部下はいない。
「べ、別に……部下とかいなくても大丈夫じゃろうしぃ……いなくとも、ほらぁ……そのぉ……だからぁ……あのぉ……」
痛いところを突かれた魔王はまともな反論の言葉が出ずに挙動不審になる。
いや、あのたぶん大丈夫だって。
心配だから部下もつれてくるようにって話だったしさ、そういうあれなら別に部下を引き連れなくても一人でなんとかできるじゃん?
……もう!
勇者はもう!
なんでそんなに人の痛いところつくのがうまいのかなぁ!
コミュ障なだけじゃなくてそれも人を遠ざける原因なんだからな!?
「まあ俺には関係ないことだし、そろそろ帰るかな。いろいろあって遅くなっちゃったし」
そもそもがワーウルフが来たタイミングに帰ろうとしたことを考えるそれから実に一時間ほどたっている。
帰りたくなる気持ちもわかるが、爆弾を投下するだけ投下してすぐ帰るのはいろいろとひどくない?
帰るんだったら別に余計なこと言わなくてもよかったよね?
余計なこと言ったんだから少しは責任もって魔王のフォローしなさいよ!
まあいろいろ言っても俺のそんな思いはやはり勇者に届かない。
勇者は挙動不審の魔王を置いて帰ろうと席を立った。
「……離せ」
しかしそれを許さぬものがいる。
そう、魔王だ。
「いまいいこと思いついたんじゃが、聞いてくれるか?」
魔王は勇者の服の裾を掴むだけではなく、足を徐々に徐々に凍らせていく。
「嫌だ! 俺は帰る!」
氷を砕き前に進もうとするが、砕いても砕いても凍っていく。
それどころか勇者がどんな力で引っ張っても魔王は裾から手を離さない。
勇者の力を考えると無理やり引き離せそうなものなのだが、どうやらそこに関しても何らかの魔王を使っているようだ。
……あんなこと言わなければすぐに帰れただろうに自業自得という言葉がこんなにも似合う場面はそうそうない。
「あのな? 先ほどの仮面があるじゃろ? あれを使えばいいんじゃよ」
勇者の叫びは魔王に届かず、魔王は淡々と自分の『思いついたこと』を語っていく。
追い詰められた人間は強いというが、どうやら魔物もそうらしい。
「おい! おい! お前なんかヤバい! 目がイっちゃってる!」
魔王と対峙している勇者がはじめて魔王に恐怖していることからよほどヤバいのだろう。
俺はちょっと見たくないので少しの間サウンドオンリーで楽しみます。
「あれを使ってな? おぬしが我の部下として同行すればいいんじゃよ」
「ちょ、本当に怖い! ごめん! 本当にごめん! いや、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃいい!」
「じゃからおぬしはいまから我の部下じゃ。かわいがってやろう」
「ああああああ! 近づくな! 近づいてくるな! 近づいてこないでください! お願い! ホント、マジで、だから、ちょ、わ、わ、わぁぁあああああ!」
サウンドオンリーなので何が起こったのか詳しくはわからないが、死んだような顔で全身を凍らされ、意識を失っている勇者を見る限り何かがあったんだろう。
とりあえず机の上にある誓約書を見る限り、勇者が魔王の部下として行くことは決定したらしい。
ついでにすべてが終わった後、正気に戻った魔王は恥ずかしさから自室にこもってしまった。
結果、勇者は朝までその状態で放置されることになったのだった。
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