紳士登場


「魔王様ぁあああ! 魔王様はおられませんかぁあああ!」


 コーヒーも飲み終わりそろそろ帰ろうとしていると、入り口付近から大きな声が聞こえてきた。


 その大きすぎる声に勇者と魔王は思わず耳をふさぐ。


「私はぁぁあああ! 魔導士様の部下をしておりまぁぁあああす! ワーウルフでございまぁぁあああす!」


 なんというか、聞こえてきたというより響き渡ってきたというほうが近いかもしれない。


 というかこれ本当にただの声か!?


 どう見ても城が振動してるんだけど!


 これ魔王城を崩壊させに来たとかじゃないの!?


 『見ている』だけの俺の耳にもダメージが来るってホント相当ヤバいぞ!?


「おい! これお前の知り合いか!? とりあえずやめさせて来い!」


「なんじゃー! なんか言ったかー!?」


「魔王様ぁぁあああ」


 勇者は声を張り上げ魔王に抗議するが、ワーウルフの声が大きすぎて近くにいる魔王にすらその声は届かない。


「チッ聞こえないか……それなら……」


 勇者は指先に魔力を込め、空中に文字を書く。


 紙やペンがないときに重宝する魔法だ。


『あれお前の知り合いか!? やめさせて来い!』


「お!? なんじゃその魔法は!? 我にはそんなこと出来んぞ!?」


『お前は出来なくていいからそのまま話せ! お前の唇の動きでだいたい分かる!』


 この勇者、どうやら読唇術も使えるらしい。


 そんなもの使えるなら次に王国にきたときでいいからそこら辺の人に使ってみ?


 お前のことすごいすごいと絶賛してるから。


「なるほどわかった! とりあえずあれは我の知り合いではないな。あれは魔導士という貴族の部下のようじゃな」


 どうやら魔導士というのは魔物の貴族であるらしい。


 名前的に人間っぽいけど魔物なのな。


「じゃから一応我が言えばなんとかなりそう……なの、じゃが……」


 魔王は言葉を濁しながら自分の服に視線を向けた。


 いまの魔王の格好は料理をしていたときと同様、エプロンに三角巾という格好だ。


 どう見ても魔王ではない。


 良くて使用人、悪くて家事中に迷い込んだ村人だ。


 どんなに魔王だと主張しても認めてもらえないだろう。


『じゃあ早く着替えてくればいいだろ?』


「もちろん着替えてくるつもりなんじゃが……問題はおぬしじゃ」


『俺?』


「そうじゃ。おぬし、この状況でどうするつもりじゃ?」 


『ワーウルフが感知できない方法でここから消えて帰る』


「そ、そんなことが出来るんじゃな……じゃが鼻のいいワーウルフのことじゃここに二人いたことはわかっているはず。そうなると消えたもう一人はどこにいったのかという話になる」


『うまくごまかしといて』


 こいつ勇者のくせに魔王にすべて押し付ける気だ……。


「無茶いうでない! 我がそんなことできると思うのか!? おぬしだってできないじゃろ!?」


 できる気はしないが、それを自分でいわないでほしい。


 少し悲しくなる。


『……ごめん』


 勇者は結構本気で謝った。


 どうやら魔王を自分に置き換えたら思いの他、辛かったらしい。


 ホント、こいつらは……。


「ガチな感じで返すでない! ってこんなことをやっている場合ではない! 早く着替えてこなければ! もうすぐ来てしまう!」


「わおぉおおあああああまああああ! わおぉおおおあああああまあああ!」


 確かにワーウルフの声はどんどん近づいているが、もう声が大きすぎて何言ってるのかわかんねぇよ……。


『じゃあどうするんだよ!』


「……あとは頼んだ!」


 そう言って強引に話しを進めて逃げた魔法使いのように魔王は走り去った。


 ……なんというか悪影響を受けてるなぁ。


『っておい! 待てコラ! クソッ! こっち見向きもしねぇ! ああああどうすりゃいいんだ!? というか俺とワーウルフが出会ったって最悪なケースにしかなりえないんだぞ!? どう考えても戦いになるだろ!? 倒していいのか!?』


 置き去りにされた勇者は混乱しているせいで、もう書く必要がないことに気が付かない。


 王国としては貴族に関する情報が手に入るチャンスなのでうまくやってほしいのだが、まあこの勇者にそれを求めるのは酷だろう。


『あー! あー! もうそこまで足音が聞こえてきている! ごまかすなんて俺にできるわけないだろう!? そもそもここに人間がいるのだっておかしいんだ! そんなのもうお手上げじゃないか! なんだ!? 倒せって言うのか!? それとも俺に魔物にでもなれってのいうのか!? さすがに嫌だよ!?』


 勇者は混乱しているせいでおかしなことを書き始めた。


 いやいやいやいや魔物になるって何だよ。


 確かに人間が魔物になってしまう例はあるみたいだが、そんなものほとんどが偶然だろ!?


 でもこいつ『できない』とは言ってない!


 『いや』とは言ったが、『できない』とは言ってない!


 やめろよ!?


 本当にやめろよ!?


 トントントントン


 食堂の扉が規則的にノックされた瞬間、勇者はどこからか取り出した仮面を装着してしまった。


 ああああ!


 なんてことをしてしまったんだ!?


 まさか本当に人間を止めてしまったのか!?


 勇者は光に包まれていき、確実に勇者のなにかが変わった。


「失礼しまぁぁあああす! ここに魔王様はおられるでしょうかぁぁああ!」


 光が収まったタイミングでワーウルフは少し声量を落とし、食堂に入ってきた。


 中にはもちろん魔王はおらず、そこにいたはずの勇者という存在もいなくなっていた。


 だがそこには誰かがいた。


 それはビシッと決めた黒いスーツに身を包み、思わず目をがいく派手な仮面をかぶったキザな男。


 そう、『紳士』である!


「えーと、魔王、様はいまちょっといなくて、すぐしたら来ると思うんで……はい」


 といってもその正体はもちろん勇者だ。


 何かが変わったといったが、変わったのは勇者の見た目だけ。


 中身が変わったわけでもないので、なれない敬語に四苦八苦している。


 まるでバイト始めたての学生のようだ。


「おお! なるほどそうなんですね! では少し待たせてもらいます!」


 だがこんな下手な変装でもワーウルフは気付かない。


 それは顔に装着した仮面のおかげである。


 これは『魔物化の仮面』という仮面で、人間の気配を魔物の気配に変える効果がある。


 そのため目の前にいても人間だとは気付かれない優れものだ。


 ただし呪われているので取るにはそれ相応の苦労が必要であり、その上装着するといい感じのところで『紳士』という単語を入れるようになり、さらに服装も装着者にあった紳士的な服にされる。


 一風変わった呪いのアイテムなのである。


 なぜ勇者がこれを持っていたのかは俺も知らない。


 少なくとも俺が見ていない間のことだろう。


「……あなたは魔王様の部下なんですか?」


 椅子に座ったワーウルフが静かにそんなことを聞いてきた。


 そこまで声量を押さえられるなら最初からそうしてろよ。


「え? いや、自分はただの『紳士』です」


 勇者がなんて言おうとしたのかはわからないが、呪いのせいで変なことになった。


 なんだただの『紳士』って。


「え、えーと……それはどういう?」


 ワーウルフも突然の『紳士』宣言に困惑している。


「いや、違うんです俺はただ『紳士』なだけで『紳士』とはなんも関係ないというか……あーもう『紳士』!」


 この呪いなんて恐ろしいんだ……!


 まともに会話が成り立たない!


「……もしかして自分のことをおちょくってるんですか?」


 ワーウルフはにこやかに笑っているが、目が笑っていない。


 明らかに怒気を放っている。


 いや、違うんでその怒気を押さえてください!


 そこにいるのはあなたの手に負える相手じゃないんで!


 あなたはただ自分の上司自慢とかどこら辺から来たとかそういう話をポロポロ話してくれればいいんですよ!


「いえいえそんなことは……ただ自分が『紳士』なだけで……」


「なるほどおちょくってやがるな! 覚悟しろ!」


 ワーウルフは笑顔を捨て、『紳士』に襲い掛かってきた!

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