料理対決


 女勇者ご一行のヤバさを知った次の日。


 魔王城魔王の間、ではなく食堂。


 今日はそこで料理対決が行われようとしていた!


「勇者よ。おぬしはすべての料理を食べることなく『うまい!』と思わず口に出すだろう」


 魔王は普段着とも魔王としての衣装とも違う、エプロンに三角巾を付けた勇者と初めて会ったときの状態で凄み、


「やってみろ」


 勇者は席につき、不敵な笑みを浮かべた。


 両者のやる気は十分、戦いの火ぶたが切って落とされ……!


 ってちょっと待って!


 それやる前に戦うんじゃなかったの!?


 なんでここに来てすぐ料理対決始めようとしてるの!?


 お前ら勇者と魔王だろ!?


 審査員と料理人じゃないだろ!?


 気付け!


 いろいろとおかしいことに気付け!


 あと魔王!


 そんな格好で凄んでも全然怖くないからな!?


 どっちかって言うと少しほほえましいからな!?


 それにその格好、掃除やってたときの格好とまんま同じだけど、同じの複数持ってるだけだよな!?


 さすがに一緒ではないよな!?


 一緒だったら少し引くぞ!?


 それと勇者!


 お前食べるだけなのになんでそんな不敵な笑みを浮かべてるんだよ!


 ああもう!


 なんでこんなやつらがこの世界の命運握ってるんだよ!?


「まず一品目はこれじゃ」


 王国の城にいる俺の声など届くはずもなく、戦いは始まった。


 一品目として魔王が出したのは『トマトとモッツァレラチーズのサラダ』だ。


 まずトマトとモッツァレラチーズを均等に切り分け、それを交互に並べる。


 そこにバジルを添え、オリーブオイルやこしょうなどで味付けをするというシンプルな料理だ。


 魔王の料理に普通と違うところがあるとすればトマトとチーズをつま楊枝で刺し、セットにしていることとバジルがないぐらいだ。


 つま楊枝は食べやすいように、バジルは結構嫌いなやつが多いからだろう。


 正直、このサラダはうまい。


 誰が作っても簡単に作れるくせしてやたらうまい。


 みずみずしくジューシーなトマトとさっぱりとしたモッツァレラチーズが織りなすハーモニーは忘れたくても忘れられない最高なものとなる。


だが勇者だって唯一の趣味が食事と豪語する人間だ。


 他のところでも食べたことはあるだろう。


 そんな人間に果たしてうまいと言わせることができるのだろうか?


「……いただきます」


 そういうと勇者はつま楊枝をつまみ、トマトとチーズを口に運び、ゆっくりと咀嚼する。


「……う」


 そして、飲み込んだ瞬間思わず『うまい』といいかけて勇者は慌てて口を押さる。


「ふっふっふっどうした勇者よ? もしやそれがただの『トマトとモッツァレラチーズのサラダ』だと思ったのか?」


 次の料理にとりかかっている魔王が予想通りの反応が見れたとでもいうようにそう言った。


「……(くそっ! まさかつま楊枝でセットにしていたのは食べやすいようにではなく、トマトとモッツァレラチーズの間に挟まったアボカドのペーストに気付かせないためとは……! ただの『トマトとモッツァレラチーズのサラダ』だと思って食べたせいでアボカドの濃厚な深みにはまった!)」


 濃厚な深みって何? という疑問はあるが相当おいしいことが容易に想像できる。


 あーなんかお腹空いてきたなぁ……。


「……ふっま、まだまだだな。(……くぞっ! 正直相当うまい……うますぎてもう全部食べてしまった……)」


 口ではまだまだとか言っているが、心の中はもう負けを認めている。


「お? もう食べ終わったのか? はやいのう……次はこれ『ジャガイモの冷製スープ』じゃ」


 ほう……『ジャガイモの冷製スープ』か。


 まさか冷蔵庫もないこの世界に来てそんなものにお目にかかれるとは思わなかった。


 というか冷蔵庫もないのにどうやって作ったんだ?


 俺が知っているのは、まずバターでポロネギとジャガイモを炒め、炒め終わったらブイヨンを加えて煮る。


 そして裏ごしして生クリームを入れて伸ばし冷蔵庫で冷やすというだけだ。


 食べたことはあったが、元々ただの男子高校生だった俺がそこまで詳しく知っているわけないわけで。


 昔テレビで見た漠然とした作り方しか知らない。


 そもそも食べたことはあるが昔一回食べたぐらいで味も思い出せない。


 確かにうまかった記憶はあるんだが……。


 それにしてもブイヨンだってそのまま売ってわけじゃないから自分で作ったんだろうし、冷やすのだって大変だったはずだ。


 魔王本気すぎるだろ……。


「……冷製? これはスープ、なのか……? 湯気もたってないし……」


「そらそうじゃ。冷たいスープなんじゃもの」


「冷たいスープってなに? 冷めたやつなの?」


「ちゃうわ! 魔法を使って冷やしたんじゃ!」


 ああ、なるほどその手があったか。


 ……ビジネスになりそうな予感がするな。


「なんで?」


「うまいからに決まっとろうが!」


「……そうか」


 自称食通の勇者も食べたことないどころか冷たいスープという得体のしれないものに少し恐怖を感じているのか、一向に手を付けようとしない。


 だが意を決してスプーンを持ち……。


「……くっ!」


 置いた。


 おいおいどんだけビビってるんだよ。


 お前は勇者でしょうが!


 勇者なんだからこんなことでビビらないでくれよ!


「ええい! じれったい! 飲め!」


 石窯の様子を見ていた魔王が勇気のなさすぎる勇者に耐えきれなくなったのか、近くにあった『ジャガイモの冷製スープ』の残りが入った鍋を持ってきて勇者に無理やり飲ませた。


「ゴ、ゴボッ! ゴガッ! (ス、スープがこぼれる! 飲み干さなければ! もったいない!)」


 勇者は謎のもったいない精神を見せ、流し込まれていくスープをどんどんどんどん飲んでいく。


 そしてすべてを飲み干した。


「……うまい……うますぎる! なんだこれは! ジャガイモの甘みに肉や野菜のうまみ! すべてがすべて調和して俺の中に染み渡る! これが熱いスープであったならジャガイモの甘みはここまで際立つことはなかっただろう! これが熱いスープならここまではっきりとブイヨンの風味を感じることはなかっただろう! 冷たいスープがこれほどのものとは……はっ!」


 鍋から口を離した勇者は熱く熱く冷たいスープについて語りに語ったあと、自分の負けに気付いた。


「我の勝ちじゃな」


 魔王は勝ち誇った顔をしながら石窯から次の料理『生ハムとルッコラの石窯ピザ』を取り出す。


「いや、その……俺の、負けだ……」


 勇者は一回反論しようとしたが自分の負けを認め、まだ飲んでいなかったもともと出された『ジャガイモの冷製スープ』をすすった。


「まさか本当に料理がうまいとは……魔王やめて料理屋にならない?」


 こいつ、冗談じゃなく本気でいってやがる……!


 どれだけ魔王の料理はうまいんだ!?


「おお! それは面白い提案じゃ! 楽しいんじゃろうなぁ! やってみたいのう!」


 魔王は目をキラキラさせて初めて夢を見つけた子供のようにそういったが、すぐにその顔は曇った。


「……じゃが、我は魔王じゃから。たとえ我についてくる部下がいなくとも、たとえただのお飾りでも、我は魔王じゃから。じゃから我はたった一人でもこの城を守るのじゃよ」


 その顔は確かに曇っていたが、そこに悲しみはなかった。


 苦しみはなかった。


 あるのは王としての決意。


 王としての覚悟。


 普段の魔王を魔王だと思うことはないが、戦い以外で初めて『そこにいるのは魔王である』と認識した。


「……なんというか、ご立派だねぇ。俺にはできない生き方だ」


「そりゃそうじゃろう。おぬしのようなぼっちな守銭奴にはできぬ生き方よ」


「ああ確かにそんな堅苦しいこと俺には無理だな。俺はもっと自由が好きなんだよ。なので、冷める前にそこにあるピザを要求する!」


「よかろう! これから出すすべての料理に『うまい』と言わせてやる!」


「もう負けたしどんどん言っていくぜ! さあ来い!」


 真面目な空気を吹き飛ばし、勇者はどんどん魔王の料理を食べていく。


『生ハムとルッコラの石窯ピザ』に『牛肉百%ハンバーグ』、デザートの『バニラアイス』、うまいうまいと食べていく。


 すべて食べ終わったころには真面目な空気などすっかり忘れてコーヒーでほっと一息つくのであった。

 

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