頼んだ


「……なんでこんなことになってるの?」


 魔王と女勇者一行の戦い介入したぼっち勇者は困惑していた。


 ただそれは魔王と女勇者の戦いに対してではなく、魔王しかいないはずだった魔王の間に知らない人間がたくさんいたことに対してだ。


「……(なんでこんなに知らない人がいるんだ? とりあえず人間ってことは魔王の部下ではないな。さすがに俺がこんななのに魔王に先を越されたとしたらたまったもんじゃない。となると俺と同じ勇者か? 助けてよかったぁ……見捨てたら勇者失格にされるところだったぁ……)」


 心を読めない他の人間には魔王とにらみ合うカッコいい勇者に見えているが本心はこうである。


 というか勇者のくせに見捨てるという選択肢もあったことに驚きだよ。


「……まさか、孤高の勇者……?」


 戦士がぼっち勇者の正体に気付いたのかぽつりとつぶやいた。


 孤高の勇者。


 世間一般で呼ばれているぼっち勇者の二つ名的なものだが何度聞いても笑えてくる。


 魔王も孤高の勇者という二つ名が聞こえたのか、手で口を隠してこっそりと笑っていた。


 ついでにここにいる女勇者はその行いや性格から勇者の中の勇者、『最勇の勇者』と呼ばれている。


「……」


 ぼっち勇者は否定も肯定もせず、ただ無言で答えた。


 まあただ単にどうしようどうしようと考えすぎて否定も肯定もする余裕がなかっただけなのだが。


「……あなたが、あの……?」


「……」


「助け、てくれた、のか……?」


「……」


「……すまない」


「……」


 女勇者の仲間たちが口々にぼっち勇者に声をかけるが、もちろんぼっち勇者は無言で通す。


 知らない人と一対一でもまともに話せないのにいろいろな人に声をかけられて気のいい返事ができるほどぼっち勇者のコミュ力は高くない。


 その上、一度見捨てることを考えたせいもあり、後ろめたくてなんて返せばいいかよりわからなくなっていた。


「……あの、お久しぶりで……」


「あ、あー、うん。勇者よ! その者たちを助けに来たのか? 殊勝なことよのう(勇者よ、おぬしのことをぼっちだぼっちだと思っていたが、そこまで……少し悲しくなってきたぞ……これを気に仲良くでもなってみよ……)」


 さすがにかわいそうになった魔王が女勇者の言葉を遮り、助け舟を出してきた。


 いや、かわいそう度でいったらすべての部下に逃げられた魔王も大概だからね?


 まあでも先を越されたらたまったもんじゃないと考える勇者と比べればまだ魔王のほうが性格はいいのかもな。


 いや、お前ら逆だろ。


「いや、偶然だ。こいつらのことなんて一ミリも知らないからな」


 なんで否定した!?


 なんで魔王のいろんな意味での助け船を無下にした!?


 助けに来たでよかったじゃん!?


 そうじゃなくとも助けられてよかったとか言っとけば好感度も上がって仲良くなれたかもしれないんだよ!?


 それになんかさっき女勇者が久しぶりって言おうとしてたのに一ミリも知らないってお前!


 それはないでしょ!?


「そ、そうか……」


 ほらぁあ!


 魔王もちょっと困ってるじゃん!


 こいつホントコミュニケーション能力ないなと思ってるじゃぁあん!


「まあいい! 勇者よ! 戦いの準備は出来ているか!? 今度はこの前のようにはならん!」


「それはこっちのセリフだ! そこのやつら! 邪魔だから動けるんならとっとと逃げろ! 死にたくはないだろ!?」


 そういういい方はないだろ!?


 緊張してうまく話せないからって命令口調はないだろ!?


 普通に『危ないから逃げるんだ』ぐらいでいいだろ!?


 なんで邪魔だからとか付けるんだよ!?


 女勇者一行は悔しそうに魔王の間から出て行った。


 そしてぼっち勇者と魔王のバトルは始まった。


 といってもどちらの攻撃も意味をなさず、ある程度のところで終わらせてしまうのだが。







 戦い開始から約一時間後。


 勇者と魔王は食堂でおやつタイムを楽しんでいた。


「くっ……悔しがうまい……!」


 テーブルに並んでいるのはいろいろな種類のクッキーだ。


 バターやチョコやナッツや紅茶、コーヒーやメープル、ジンジャーなどなどいろいろなクッキーが並んでいる。


 しかもこの世界には時間を指定すれば簡単にできるオーブンなどなく、すべて石窯だ。


 それを考えるといったいどれほどの手間暇をかけたのやら。


 魔王のくせに暇すぎるだろ。


 というかなに仲良くおやつタイムしてるの?


 お前ら自分が勇者と魔王ってこと忘れてませんかね?


「ふっふっふっ、うまくて当たり前じゃ。我が魔王になってから今までどれほど一人で過ごしてきたと思っておる? その間やることといえば掃除洗濯料理ぐらいよ! とりわけ料理ははまりにはまった! 我の本気の料理を食えばおぬしにいままで食べてきたものは残飯だったと言わせることもできるであろう!」


 魔王は高らかに笑い自慢げにいったが、もう悲しくて見てられない。


「ほう……それは食事が唯一の趣味といっても過言ではない俺に対する挑戦か? いままで金にものを言わせていろいろなものを食べ続けてきた俺にそんなことを言うとはな。次来たときは料理でもふるまってもらおうか!」


 なんだそのテンション。


 というか金欲しいって言ってたのは何? 食事のため?


 こいついつもどれだけいいものを食べてるんだよ……。


「よかろう! おぬしの舌をあっと言わせてやるわ!」


「やれるもんならやってみな! あっコーヒークッキーうまいな……」


 世界の命運を背負っているはずの二人なのにあんたら平和だね。


 料理で戦わないでチョンと戦いの決着をつけられるようになってくれませんか?


 それか魔王はさっさと貴族の場所を勇者に教えて世界を救わせてくれませんかね?


 こいつがその情報を手に入れればあとはこっちで何とかしとくから。


「そういえば勇者よ。王国にいってきたんじゃろ? 監視官にはきちんと釘を刺してきたか?」


「ああ、バッチリだ」


 どこが!?


 俺が一方的に公言はしないって言ってやっただけじゃん!


 お前は王様に振り回されて気絶して、目的も忘れて帰りたいってずっと思ってただけっじゃん!


 何もしてないじゃん!


「とりあえず俺たちは毎日のように戦って、それを監視官が報告するって感じになった」


「ほう、おぬしのような人間でもやればできるんじゃな」


「まあな……っていまなんか俺のこと下に見なかった?」


 『まあな』じゃねぇよ!


 俺のおかげ!


「まあいいか。さて、そろそろ俺は帰るかな」


 勇者はクッキーをたいらげ、大きく伸びをした。


 戦いの跡でお腹が空いてるとはいえ二人がかりでどんだけ食ったんだよ……。


 山のようにあったぞ?


 まあ昨日の女勇者のほうがすごかったが。


「おう、そうか。次はいつ来るんじゃ?」


「そうだな……料理はいつできる?」


 ねぇそれ重要?


「ふっ我をなめておるのか? いつでも作れるわ」


 ドヤ顔しなくていいよ。


 少し悲しくなるから。


「そうか、じゃあ明日、といいたいが連続で来るのもなぁ……戦いの頻度ってどれぐらいがいいんだろうな?」


 うん、そうだね。


 できる限り早く戦いを終わらせてほしいよ?


「三日に一度ぐらいでいいんじゃないかの?」


「そうか。じゃあ明々後日のいつもの時間で」


「おう」


 そういって勇者は帰っていった。


 こいつらはいつになったら勇者と魔王らしくなるのだろうか?







 勇者が魔王城を出るとすぐそこにボロボロの女勇者がいた。


「お久しぶりです。勇者さん」


「……(なんでこの人いるの? うわぁどうしよう……)」


 勇者は女勇者を見た瞬間、目を伏せ、


「積もる話はありますが、魔王について聞きたいことが……」


 何も言わずに女勇者の横を通り過ぎていった。


「あの!」


 女勇者はなお声をかけるが、


「……全部俺の監視官に聞いてくれ! (見てるんだろ!? 後は頼んだ!)」


 勇者はすべてを俺に丸投げし、村に向かって全速力で走りだした。


 おいこら頼んだじゃねぇよ!


 逃げるなこの野郎!


 本当に俺のところ来たらどうしてくれんの!?

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