真面目な戦い


 買い物から次の日。


 魔王は勇者がやってくる予定の一時間以上前から玉座に座り、魔王らしい口上の練習をしていた。


「ふははははは! よく来た……いや、ふは、あーよく来た勇者よ! うん、こっちのほうがいいか……?」


 ちゃんと戦うわけでないだろうになんて真剣なまなざしだ。


 口上にそこまで真剣になるよりもっと勇者との戦いに真剣になってほしい。


「……んー思った通りの声が出んのう……あー、あ、あ、あ、んー……あーあーあーあーあー……」


 ついには発声練習まで始めてしまった。


 口上のためにそこまでやるの?


「あいうえおいうえおあうえおあいえおあいうおあいうえかきくけこきくけこかくけこかき」


 滑舌トレーニングまでやるの!?


「拙者親方と申すは、御立会の内に御存知の御方も御座りましょうが」


 外郎売、だと!?


 この世界外郎売とかあっていい世界なの!?


 ついでに『外郎売』とは発声や滑舌、鼻濁音の練習のための教材として俳優や声優などの養成所、アナウンサーの研修などで使われている歌舞伎の演目の一つである。


「う、うん、あーあーうん。よしいい感じじゃぞ……よくぞ来た勇者よ! 我こそはすべての元凶にして魔物の王! 魔王である! おお! いい感じじゃいい感じじゃ! やはり発声練習は重要じゃな」


 魔王は満足そうにうんうんとうなづく。


「よし! もう一度!」


 そんなことをやっていると、魔王の間の扉が開き誰かが入ってきた。


「ここは……」


「警戒して。ここがこの城の中で一番魔力が濃い場所よ」


「……いる」


 入ってきたのは五人の人間。


 一人は神父のような格好にところどころ赤黒いなにか(どう考えても血)がついた杖を持った男。


 一人は黒いローブに大きな宝石がついた杖を持った女。


 一人はザ・武道家というようななぜか袖がギザギザに切れた胴着を着ている男。


 そして……。


「私が前に出ます。みんな警戒心を持っていきますよ」


 昨日とは違い重装備に身を包み、剣を構える戦士おかん


「よーし! がんがん行こう!」


 戦士おかんの言葉など耳にも入れず、一人で突っ走りだした女勇者。


「あなたは何でそうなんですか!? ここは魔王城なんですよ!? そしてどう考えてもここは魔王の間! 魔王が目前なんですからもっと緊張感を持って……」


 戦士おかんは勇者に小声で注意したが、


「よくぞ来た勇者よ! 我こそはすべての元凶にして魔物の王! 魔王である!」


 そんなことどころか誰かが入ってきたことにすら気付かず、先ほどのノリで魔王は名乗ってしまったのであった。







 空気が固まった。


 女勇者一行は魔王との戦いの前の緊張から、魔王は何も気付かず高らかに名乗ってしまった恥ずかしさから。


「……(あぁぁああやっちゃったぁぁあああ! 恥ずかしいのじゃ! 顔から火が出そうなぐらい恥ずかしいのじゃ!)」


 魔王は心の中で恥ずかしさに悶えるが、態度には出さず、見た目だけは堂々と玉座でふんぞり返る。


 その間に女勇者たちはそれぞれの武器を構え、タイミングをうかがう。


 ぼっち勇者のように口上をちゃんと聞いてやろうという思いはなく、ただ魔王を倒すためだけに動いている。


 おお! 真面目だ!


 これならちゃんとした人類存亡をかけた最終決戦っぽい戦いになりそうだ!


「……(あ、あれ? 次なんて言おうと思ってたんじゃっけ……? か、カンペ……あっそうじゃ今日は大丈夫だと思って書いてないんじゃった……)」


 魔王の心の中を見なければ!


「はぁ!」


 魔王がボーっと手のひらを見つめているのを見て、戦士が攻撃を仕掛けた。


「……(あ! そうじゃ! 今日は寡黙キャラってのはどうじゃろうか? こう……淡々と勇者と戦うかんじで)」


 だが戦士の攻撃はバリアに阻まれ届かない。


 魔王よ、あの名乗りからの寡黙キャラは無理だと思うぞ?


「チッ! あのバリア固すぎる!」


「全員で!」


 女勇者の掛け声とともに魔法使い以外が一斉に魔王に攻撃を仕掛ける。


「はぁあ!」


 僧侶が全員の攻撃、防御、素早さをあげた後、杖で殴りかかり、


 いや、あなた僧侶でしょ?


 なんでそんなに物理特化なの?


「……爆烈撃!」


 武道家が拳に火を纏わせ、一撃必殺を加え、


「紫電一閃!」


 戦士が一瞬の光としか認識できないほどの鋭く素早く斬りかかり、


 ついでに紫電一閃とは一瞬やその一瞬で急激に変化するという意味の四字熟語である。


 戦士はその意味を知らない。


「スペシャルミラクルウルトラギガアタック!」


 女勇者が斬りかかる。


 って何そのいかにも子供が考えそうな名前!?


 かっこ悪!


「みんな下がって! 『ダークネスエンド』!」


 そして最後に後方で魔法の準備をしていた魔法使いが強力な魔法を放った。


『ダークネスエンド』


 闇が敵を飲み込み、消してしまう魔法だ。


 前に魔王が放った『ブラックホール』の下位互換ではあるが、あれが強すぎるだけであり、これでもほとんどの魔物は息絶える。


 しかし、


「……(寡黙キャラってどうすればいいんじゃろうな? しゃべらならければよいのか?)」


 魔王のバリアにはヒビ一つついていない。


 それどころぼっち勇者のようにバリアごと動かすこともできず、玉座すら壊すことはできなかった。


「……これが、魔王」


「……強すぎるでしょ」


 女勇者のパーティーの心が絶望に侵食されていく。


 各々が放った技は今までどんな魔物でも葬ってきたそれこそ本当の一撃必殺だ。


 だがどれも魔王に傷一つ付けることはできなかった。


「さすが魔王! でもまだまだ行くよ!」


 しかし女勇者は絶望しない。


「スペシャルミラクルウルトラサンシャインギガアタック!」


 何度も何度も魔王に挑む。


「スペシャルミラクルウルトラサンシャインギガギガアタック!」


 先に先に、いまより先に、勝てないなら勝てるまでいまここで強くなればいい。


「スペシャルミラクルウルトラサンシャインギガギガブレイクアタック!」


 勇者として勇者らしく絶望せず諦めず、しぶとく希望に向かっていく。


「スペシャルミラクルウルトラサンシャインギガギガブレイクメガアタック!」


 その姿に仲間たちの心を侵食していた絶望も消えていく。


 でも一つ言わせてくれ。


 いいシーンだけどお願いだからこれだけは言わせてくれ。


 名前がひどすぎる!


「……ふぅ……負けてられないな」


 戦士は一つ息を吐き、魔王へと向かう。


「はぁああ! 紫電! いや! 光芒一閃! 二閃! 三閃!」


 戦士は先ほどよりもさらに鋭く、素早い一撃を連続で叩き込む。


「……爆裂連撃!」


 武道家もそれに続き、拳に火を纏わせ、一撃一撃がすべて一撃必殺の連打を叩きこむ。


「はぁあああああ!」


 僧侶も杖で何度も何度も殴りかかる。


 だからあなた僧侶なんだからみんなの支援を中心に戦ってよ!


 なんでまず殴りにいくの!?


「私だって! 『ブラックホール』!」


 魔法使いも自分がいま使えるすべてを込めて先ほどよりもさらに強力な魔法を放った。


「ちょ、ま……」


 ……まあ僧侶が逃げ遅れて吸い込まれそうになっているけど。


「……これで! 終わりだぁぁあああ! ライトニングゥゥウウウウスラァァァアアアアアアッシュ」


 最後に女勇者がいまある力すべてを剣に注ぎ魔王に叩きこんだ。


 魔王の玉座は壊れ、土煙が立ち込める。


 女勇者はすべての力を使った反動で動けない。


 仲間たちだってそれぞれが限界を超え、息も絶え絶えだ。


 もしこれがゲームや漫画の魔王だったら倒していたかもしれない。


 だがここは現実だ。


 そして思い出してもらいたい。


 魔王はまだ何もしていないことを……。


「……さて、そろそろ我の番か? (ん? よく見れば昨日の女勇者ではないか。そういえばここに来たといっておったの。まあなんというか戦ってみて分かったが、やはり我って強いんじゃな)」


 土煙が張れ、そこにいたのは無傷の魔王だった。


 その言葉は威厳にあふれ、さらなる絶望が女勇者一行に襲い掛かる。


 まあ心の中を見ると威厳という言葉を鼻で笑いそうになるんだが。


 正直、女勇者のパーティーは強い。


 それこそあのぼっち勇者に次いで強いだろう。


 だからこそかわいそうである。


 この世界の魔王はそのぼっち勇者と同等なのだ。


 たとえどんなに最終決戦ぽくっても、たとえどんなにかっこよくっても、あのレベルまで上がらなければこの魔王とはまともに戦うことすらできないのである。


「……終わりだ(まあ殺しはせんよ。ただ我の魔王としての力を世界に知らしめてくれればいい。そうすれば部下も戻ってきてくれるだろう)」


 うん、それはどうだろうね?


 あなたの元部下はちゃんと強さだけは認めてたみたいだし。


「『ヘルフレイム』(まあ、またあの村に来れば話ぐらいは聞いてやる。マオとして、な)」


 地獄の炎が女勇者一行に襲い掛かる。


 女勇者一行は全員すべての力を使ってしまったせいで動けない。


 魔王は殺すつもりはないと思っていたが、この状態の女勇者一行では生き残れないだろう。


 ぼっち勇者以外の人間に魔法を放ったことがない魔王のミスである。


 女勇者一行全員が死を覚悟した。


 生きる為にあがくことすらできなかった。


「……はぁ」


 そこにため息をつきながら一人の男が現れた。


 その体に防具はなく、その腰に剣はなく、ただの村人にしか見えないその男。


 しかし、その男にとって地獄の炎すら生ぬるい。


「……なんでこんなことになってるの?」


 地獄の炎を殴り飛ばし、ぼっち勇者が現れた。


 あれ?


 なんか勇者っぽい……。

 

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