二人目
勇者が城にやって来た日の魔王城。
魔王は自室で暇を持て余していた。
「暇じゃー暇じゃー」
それこそ口に出してしまうぐらいほどに。
ついでにこの魔王、あのぼっち勇者が来るまでは家事以外は食うか寝るかしているだけの魔物だった。
だが、あの勇者が来たことで『もしかしたら他の勇者が来てまた寝顔を見られてしまうかもしれない』という思いから日中は寝ないことを心がけるようになったのだった。
「暇じゃー暇じゃー」
だが起きているといってもベットに寝ころびながらこう言っているだけである。
魔王として何かしているわけでもなく、魔物らしく人間を襲うでもない。
模範となるべき魔王がこの体たらく。
そりゃ部下も減っていく。
「夕飯何しようかのー……」
ついでにいまは昼の一時。
つい先ほど昼飯を食ったばかりである。
「……そういえばそろそろ買い出しに行かんとなぁ」
そうつぶやいてやっと魔王は起き上がった。
「いやじゃぁ……知らないやつが多いところには行きたくないぃ……」
心の底から嫌がりながらも魔王はだらだらと村人と同じような格好に着替える。
そして魔法で頭の角を見えなくし、髪の色を銀から黒に変え、人間のような見た目に変える。
なぜこんなことをしているのかというと人間の村に買い物に行くためである。
この魔王、肩書としては魔王なのだが、部下がいないためもちろん食料の調達も自分の仕事だ。
だが、狩りをやろうにも魔王の使う魔法は強すぎて跡形も残らない。
野菜を育てようにも不器用なことと魔王城周辺の土の質のせいで育てることができない。
魔物の集落で食料をもらおうにも威厳がなさ過ぎて魔王と認識されず、追い返される。
そうなるともう方法は一つ。
本来は敵であるはずの人間から物を買わなければならないという恥も味方である魔物にばれたらどうなるかという外聞もかなぐり捨てて、人間の村で買い物するしかないのである。
といっても最近は慣れてきたのか、恥や外聞なんかを気にすることはなくなったのだが。
これがこの世界の魔王。
恥も外聞も捨てた、怖がりで不器用なただのダメ魔物である。
「はぁ……行くかのぅ……」
魔王城から出てだいたい一時間、魔王は村に辿り着いた。
村は今日もにぎやかだ。
魔王城から一番近くの村だということもあり、腕に覚えがある冒険者や高レベルの勇者一行などが滞在しているためどこも活気づいている。
というわけではなく、ただ単にここの村人が異常に元気なだけである。
「おっお嬢ちゃん久しぶりだね! 今日は何を買っていく?」
「いやいやお嬢ちゃん。そっちじゃなくてこっちだよな!? 今日のうちの野菜はみずみずしいぜ?」
魔王が八百屋の前で足を止めると、二人の八百屋が口々に話し出した。
この村は同じ店を対面にすることで競い合わせ、よりよいものを提供させるという方針をとっている。
にぎやかなのはこれのせいもあるかも知れない。
「お嬢ちゃん! さすが! 見る目あるねぇ! それ今日の一押し! 安くするよ?」
「いやいやお嬢ちゃん! それを買うならうちのも見てくんな!? 確かにそれもいいもんだが、値段が高すぎるってもんよ。うちは同じ質でさらに安くしておくよ!?」
それぞれの店の店主はにこにこしているがいろいろとバチバチしている。
だが相手の店のものもちゃんと評価しているあたり、いいライバルなのだろう。
「……(こっちは確かにみずみずしいけどすぐに食べるわけじゃないし、保存のことを考えると……)」
そんな店主を尻目に魔王は黙々と買い物を進めていく。
魔王は勇者のように他人とまともに話せないわけではない。
話そうと思えばちゃんと話せるし、店主相手なら必要とあらば値引き交渉を始めるぐらいには話せる。
しかし、話さない。
なぜなら不器用だから。
不器用すぎて一つのことに集中すると他のことまで手が回らなくなる。
いまは野菜の状態を確認するのに忙しくてあんなに騒がしい店主の声も耳に入っていないことだろう。
「これで」
「毎度!」
「くっ! 今日はそっちに行ったか……!」
「ふん!」
「あ! てめぇ鼻で笑いやがったな!?」
二人はその後も魔王がいなくなっていることも気付かず言い合いを続けるのであった。
村についてだいたい二時間。
魔王は肉屋魚屋金物屋でも同じようなことを繰り返し、大荷物で帰路についた。
といっても帰りは転移魔法ですぐに帰れる。
転移魔法は行き先に魔方陣を描いておかなくちゃいけないので、帰り限定だ。
前は村にも魔方陣を描いて楽していたのだが、描いても描いても消されるようになったのでやめたのだ。
魔王は転移魔法を使うため人気のないところを探し、うろうろと歩く。
もし人前で魔法を使ったりしたらどうなるかわからない。
さすがに魔王とは思われないだろうが、勇者の仲間と思われて村を送り出されたら目も当てられない。
「なぁねぇちゃん?こんなところで何してんの?」
人気のないところを探していたらあからさまに怪しいやつに声をかけられた。
「荷物、重そうだねぇ? 持ってあげようか?」
そいつはモヒカンにサングラス、肩パッドという世界観にそぐわぬ世紀末な恰好をしている。
こんな世界でそんなもんどこで買うんだよ……。
「ギャー! 怖い顔ー!」
魔王はモヒカンが視界に入るとすぐ叫び、モヒカンがいる方向とは反対に走り出した。
いや、お前魔王でしょうが。
怖い顔ってだけで逃げるのはやめなさいよ。
それに怖い顔って言ったらさっきの八百屋の店主の一人のほうが怖い顔してたって。
「おい! 待て! いって!」
モヒカンは魔王の方を掴もうとしてバリアにはじかれた。
やめとけモヒカン。
そこにいる一応魔王だぞ?
ただのチンピラに追いつかれるほど足が遅いけど一応魔王だぞ?
バリアがバチッてなってびっくりしてこけたけど一応魔王だぞ?
「おい……舐めた真似してんじゃねぇよ……」
モヒカンはこけた魔王に向かって怒りの表情を向け、胸元からナイフを取り出した。
「ギャー! もっと怖い顔になってるー!」
が、魔王は
確かに三白眼で目の焦点合ってないし、顔が縦長すぎて人間から離れた顔つきしてるけど、魔物にこんな感じのいるんだから怖がんなよ!
あれだ、うろこがついてないリザードマンとあんまり変わんないだろ!?
「怖い顔怖い顔うるせぇんだよ! くたばりやがれ!」
チンピラはナイフを振り上げ……。
「とう!」
魔王の後ろからやってきた誰かの強烈な跳び蹴りで吹っ飛ばされた。
「んっげぶ!」
よほど跳び膝蹴りが強力だったのか、チンピラはどんどんどんどん飛んでいき、奥にあった畑に突っ込んだ。
「……」
魔王は展開についていけず、呆然としている。
「大丈夫だった?」
その人は笑顔で魔王に手を差し伸べる。
魔王はその手を取り立ち上がった。
「いやーこんなところでもチンピラっているもんだね? 怪我ない?」
なんと笑顔を絶やさない人だろうか。
まるで太陽のように明るい笑顔だ。
「……あっはい」
それに比べて少し涙目で気のない返事をする魔王。
まあ相手が怖い顔だったってだけでピンチではなかったのだから気のない返事をするのはわかる。
でも魔王なんだから涙目はやめようか。
「それはよかった!」
魔王の気のない返事にさらに満面の笑顔で答えた彼女は
「私は勇者! あなたは?」
そんな自己紹介をした。
「……うぇ?」
唐突な新たな勇者の出現に思わず魔王は変な声をだし、
「……ま、まお……おう、お……マオなのじゃ……です……」
とっさに変な言葉づかいで安直な偽名を名乗ったのだった。
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