達成


 気絶してから一時間ほどして勇者は目覚めた。


「……ここは?」


 勇者は起き上がり、目をパチクリさせてつぶやいた。


 どうやら自分がどこにいるかも思い出せないらしい。


 というか『見る』限り、王様に会ってからの記憶があり得ないぐらい薄い。


 思考停止して心閉ざしてただ何も考えず王様についていってただけなんだな。


 だから記憶が薄い。


 ぼっちだコミュ障だといろいろ思ってきたが、ここまで来ると病気なんじゃないかと思えてくる。


 何があればここまで他人と話せなくなるのか。


 はなはだ疑問である。


 あっでも『姫様は怖い』って記憶だけはちゃんと頭に残ってる。


「おはようございます。体のほうは大丈夫ですか?」


 そこまで確認してから俺は勇者に声をかけた。


「……あ、えっと……」


 声をかけられたことで俺がいることに気付いたのか、俺の予想通り勇者は何も話せなくなった。


 やはり知らない人に話しかけられると無理みたいだな。


 一応魔物の魔王だって見た目はほとんど人間なのだから話せなくなってもおかしくないと思うのだが、いったいどういう基準なのだろうか?


 まあそんなことはどうでもいい。


 やはり勇者といるときは勇者の考えを読みながら話をしたほうがいいようだ。


「……(いったいここはどこなんだ……? この人は誰なんだ? そもそもなんでここに来たんだっけ……?)」


 勇者は何も話さない。


 が、心は雄弁だ。


 言いたいこと聞きたいことなんでもわかる。


 でもここに来た理由を忘れちゃダメでしょ……。


「ここは城の中にある監視官の事務所的な部屋です。そして自分はあなた担当の監視官の山田です。以後お見知りおきを」


 俺は恭しく名乗った。


 この勇者は王様ゴリラのようななれなれしい人間は無理だ。


 すぐに心を閉ざす。


 だが相手が優しそうな人間、迷子のおばあちゃんとかフラフラのおじいちゃんとかには話しているのを見たことがある。


 だからこうすれば少しは話やすくなっているはず……!


「……(な、なんか丁寧すぎて怖い……それに俺が知りたいことをいってもないのに答えてきて怖い……)」


 怖がられていた。


 勇者の警戒心が上がった。


 なぜだ。


「今日は何のご用でしょうか?」


 だが最初にあんな風に話した手前、急に砕けた感じに変えるとさらに警戒されそうなのでそのまま貫く。


「……え? (何の用……? なんか用事あったっけ?)」


 こいつ、本当に忘れてやがる……!


 お前は魔王のこととか貴族のこととかのことを話さないように釘を刺しに来たんだろうが!


 監視官しめてくるとか息巻いてただろうが!


「……(そもそもなんで事務所的なところにベットなんかあるんだ? というか事務所的ってなんだ? 普通に事務所でいいじゃん)」


 なんで急に関係ないこと考えだしたのこいつ?


 ベットは仮眠用に俺がいれてもらったからあるだけで、事務所的っていうのは別に事務作業をしているわけないからだよ!


 別に事務所でも監視官室でもどうでもいいよ!


 でもみんななぜかあの事務所的な場所って言うんだよ!


「……はぁ(もう帰ろうかな……やることもないし……)」


 ため息をつくな!


 やることあったはずだろ!?


 そのために転移魔法使ってここまで来たんだろ!?


「あーもういいや」


 俺はぽつりとつぶやいた。


 このままじゃらちが明かない。


 ここで勇者が帰ると魔王のところに戻って何を話すか思い出して、また同じように誰かに絡まれて目的を忘れて帰って、というようなループはさすがにやめてほしい。


 俺の精神的疲労を考えてほしい。


「なあ勇者、お前の目的は魔王のことや貴族のことを俺に公言させないようにここに来たんだろ?」


 俺は恭しい口調を捨て、いつもの口調で話す。


 俺が魔王や貴族のことを知っているせいか、俺の口調の変化のせいかはわからないが、目を見開き驚きの顔を見せた。


「……(……いま、あそこにGがいた)」


「おい待てこの野郎!」


 聞けよ!


 俺を見ろよ!


 説教されてる小学生じゃないんだからちゃんと相手の話を聞けよ!


 こっちはお前にしめられる可能性もあるのにちゃんと話してやったんだから聞けよ!


 そんな怒りを込めながら近くにあったもので黒光りしたGと交戦を始めた。


「あー怖かった」


 いつの間にか部屋の端に移動してた勇者は小声でつぶやいた。


 Gごときに恐怖してんじゃねぇよ!


 お前勇者だろ!?


 これよりグロイ魔物を倒したりしてんだろ!?


 ゾンビ系統とかドラゴンとかのほうが絶対Gより怖いわ!


「……あの、それ使ってよかったんですか?」


 勇者がやっとまともに話しかけてきた。


「それって……?」


 勇者が指刺したのは俺がGをしとめたものだった。


「……」


 冷汗が滝のように流れ落ちる。


 それは本だった。


 この世界の歴史について記されているただの本だ。


 しかし、この本の持ち主が問題だった。


 あの姫様である。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 息が荒くなる。


 あの姫様のことだ。


 本でGをつぶしたことを怒ることはない。


 しかし、しかしだ!


 あの人は使えるものは何でも使い、楽しむ人間だ。


 このことがバレたなら必ず無茶な要求を俺にしてくる。


 それを拒否したら最期、王様を召喚するだろう。


 昔、姫様の飲み物を間違えて飲んでしまった時は大変な目に合った。


 何人の視線に耐えられるかの実験って何だよ……。


 しかもなんで百人からなんだよ……。


 一人から徐々に徐々に増やすやり方でよかったじゃん……。


「……だいじょう」


「はは、ははははは」


 もう笑うしかねぇ……。


 だって今日の夜に必ず返すって約束だったし、なくしたっていっても同じ道たどるし、もう俺にできることはもうこれだ……。


「なあ勇者、魔王のことも貴族のこともできる限り内緒にしておくし、お前が勇者の資格をはく奪されないようにうまくやるから今日はもう帰ってくれないか?」


 これからどうなるかを考えると、ちょっと涙が流れてくる。


「……わかりました(大の大人が泣く姿ってきついなぁ……まあなんかよくわからないけど得したし、山田さんの言う通り帰ろう)」


 最後に心の中で俺を傷つけ勇者は帰っていた。


 俺は少しイラッとしたが、帰り道で四苦八苦する勇者を見ることで溜飲を下げるのであった。

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