第二節

限界


 俺が倒れた次の日。


 勇者は王国の城下町にいた。


 どうやら昨日は城下町についてすぐ宿をとったらしい。


「……」


 勇者は無言で城下町を歩く。


 町の人間は勇者に気付くと道を開け、勇者の噂を口にした。


「あれが孤高の勇者……」


「貫禄がすごいわねぇ」


「孤高の勇者を怒らせると町が吹き飛ぶらしいぜ」


「俺は話しかけるとって聞いたぞ」


「ああ……カッコいいわぇ」


「憧れるよなぁ」


 町の人間は勇者にあこがれの視線を向けているが、勇者はそれに気付かない。


 それどころか『うわっあいつ田舎ものじゃね?』『あの格好ダッサ』と言われてると思い込み、道が開けられていくことに関しては避けられていると思っている。


 心を閉じずにちゃんと聞こうとすれば賛辞が聞こえてくるが、それはしない。


 この孤高の勇者(笑)は自分の噂はすべて悪いものだと思い込んでいるので、聞こうとすることはないのだ。


 ついでに孤高の勇者というのは世間一般でいわれているぼっち勇者の二つ名的なものである。


 仲間も作らず、たった一人で世界を救う勇者から来ているそうだ。


 真実を知っていると孤高の勇者と聞くだけで笑いがこみ上げてくる。


 そんな城下町を抜け、勇者は城にたどり着いた。


「勇者様! 今日はどんなご用件でありましょうか?」


 門番は勇者の顔を見るなり、愛想よく笑って話しかけてきた。


 勇者が複数いるせいで、基本的に勇者というだけでは門を開けてくれないのだが、ぼっち勇者ぐらい有名な勇者なら話は別だ。


 それどころか出世のためにすり寄ってくる人間は多い。


 この門番もその一人だ。


「あ……え、と」


 しかし話しかけられたせいで勇者は固まった。


 昨日の夜から城下町を歩いている間に門番に『監視官に用がある』というシミュレーションを何度もしてきた勇者だったが、先手を打たれたせいで言葉が出なくなったらしい。


 『監視官に用がある』ぐらい練習もなしに言えるようになってほしいものだが……。


「王様に用ですかな? いや、でも上からそんな話は聞いておりませんし……」


 まあいつもは王様に呼ばれるときぐらいしかここに来ないしな。


 本当なら昨日のうちに俺が話を通すべきだったんだが、気付いたときには夜だったからなぁ。


「え、と……か、かんし……」


 お! 言えるか!?


「おお! 勇者ではないか!」


 しかし、勇者の後ろから空気が読めない王様がやってきた。


 そういえば今日は山で狩りのご予定だったはずだ。


 狩りといっても野山にいる動物たちを狩るのではなく、城下町の周りにいる魔物の退治のことだ。


 王様はまだ三十代後半なこともありまだまだ元気が有り余っている。


 しかも強い。


 並の勇者と同じぐらい強い。


 そのため週に一回はこうして狩りに出かけるのだ。


 しかも一人で。


 いまの時間はちょうどお昼時。


 いったん切り上げて昼食に戻ってきたのだろう。


 そのタイミングと重なってしまうとは勇者は運がない。


「……」


 勇者は無言で頭を下げる。


 どうやら勇者はもう限界のようだ。


 さっきまでは『監視官に会う』という目的が頭の中にあったのに、いまは頭の中が『どうしよう』一色だ。


「門番! 門を開けよ!」


「はっ!」


 勢いのいい返事とともに門番は入り口付近にある水晶に手を当て、魔力を流す。


 魔法を使うときに使う魔力だが、一部の道具に魔力を流すことで魔法に近い現象を起こすことができる。


 このような道具を魔法道具という。


 この城の門に取り付けられた魔法道具は個々人の魔力を記録し、流した魔力を読み取り、記録と一致していれば門を開けてくれるのだ。


「さあ! 勇者よ! 共に行こうぞ!」


「……」


 勇者は何も言わず、王様の後について行く。


「おぬしの活躍は聞いておるぞ! 魔王と戦ったそうではないか!」


「……」


 勇者は王様の言葉をまともに聞いていない。


 ダメだ。


 思考が停止している。


「さすがわしが見込んだ勇者なことはある! わっはっはっはっ!」


 王様は勇者の状態に気付かず話し続ける。


 王様は王様で自分の話したいことをずっと話し続ける人だ。


 相手が無言でも関係ないのだろう。


「そうじゃ! これから昼食を食べるのだが、どうじゃ!? 一緒に食べぬか!?」


「……」


 それに対しても勇者は無言。


 しかし王様はそれを肯定ととったのか、王様は強引に勇者を連れていく。


 このままだと少し勇者がかわいそうだが、俺には何もできない。


 こんな王様でも相手の顔を見ていれば勇者がまともに話を聞いていないことに気付くのだが、いまは王様が先行してずかずか行っているので、それは無理だろう。


 まあ食事のときにはいやがおうにも対面するだろうから気付きそうではあるが、そのときはもう空気が悪くなるだけだ。


 俺には関係ないだろう。


「お父様!」


 そのとき、勇者にとっての助け船が現れた。


「おう! 姫よ! どうした?」


 そう、姫様の登場である。


 鮮やかなまでに黒く長い髪なびかせ、愛想のいい笑顔の中に凛としたものを感じさせる明るく社交性のある女の子だ。


 黒髪短髪のゴリラからなんでこんなにかわいらしい女の子が生まれたのか、謎である。


「どうしたじゃありません! 今日は一緒に昼食をとることになっていたはずです」


 そんな姫様だが、今日はいつもと一味違う。


 王様ゴリラもひるむ怒気を体にまとっていた。


「いや……その……」


 王様ゴリラは何も言えず立ち尽くす。


 勇者はどうすればいいかわからず立ち尽くす。


「あら? あなたは確か山田さんの担当の勇者様でしたっけ?」


「え? あ、はぁ……」


 姫様に声をかけられてかろうじて出した言葉がそんな言葉。


 勇者なのに情けなくて仕方がない。


「の、のう……姫よ。昼食に彼も……」


「お父さんは何も言わずそこに突っ立っていてください。どうせこの人の話もろくに聞かず連れまわしていたのでしょう?」


 さすが姫様。


 王様ゴリラのことを誰よりもわかってらっしゃる。


「……」


 王様ゴリラは姫様に言われた通り、何を言わなくなった。


 勇者はちょっと姫様が怖くなった。


「山田さんの部屋は一つ上の階の……ちょっと待ってね。あっ! 侍女さんちょっと!」


「はい、何でしょうか?」


 姫様は口で説明するにはわかりにくいと思ったのか、侍女さんに勇者を託した。


「じゃあ私はもう行くわね。お父さん、行くよ」


 そして、姫様は王様ゴリラを連れて去っていった。


 その姿はまさにゴリラとその調教師だった。


「では、案内いたしますね」


 それがいつものことと言わんばかりの侍女さんを見てさらに姫様が怖くなった勇者は、侍女に連れられて監視官の事務所的な部屋、つまりいま俺がいるところにやってきた。


 もちろん連れてこられている間、勇者は一言もしゃべれなかった。


 こいつ俺のところに来るのはいいが、何も話せないんじゃないだろうか?


 ついに部屋の扉がノックされる。


「はーい。入っていいですよー」


 よく『見る』限り、扉の外には侍女さんと勇者しかいない。


 これなら俺は大丈夫だ。


「失礼します。勇者様を連れてまいりました」


 扉を開けた侍女さんとともに勇者が顔を伏せながら入ってきた。


 どうやらもういろいろと限界らしい。


 やはり話せそうにないんだが……。


「では、私は失礼いたします」


 侍女さんは勇者を俺の前の椅子に座らせ、自分の仕事に戻っていった。


「……えーと、はじめまして。君の監視官をやっている山田です。よろしく」


 俺はとりあえず当たり障りのない自己紹介をしたが……。


「……」


 勇者は気絶していた。

 

 

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