はじまった
次の日の午後二時少し過ぎ。
勇者と魔王は魔王の間で向かい合っていた。
「よくぞ来た勇者よ! 我こそ魔物たちを統べる王、魔王である! さあ! 我と戦おうか!」
魔王は三角巾やエプロンなんて恰好ではなく、ちゃんと黒いローブを着て、寝坊もせず、カンペを見ながらもきちんと口上を読み上げた。
勇者も戦うために剣を構える。
三日目にしてようやく、ようやく戦いが始まった。
「……」
しかし勇者は動かない。
「どうした? 怖気づいたのか?」
そんな勇者を魔王は挑発してきた。
「……いや、やっと戦えると思うとこう……なんか……」
勇者は謎の感動を味わっていた。
いや、そういうのいいから戦い始めろよ。
人類の命運をかけた最終決戦だぞ。
「いや、そういうのいいから」
魔王も呆れて思わずツッコんだ。
でもいままでそういうのをやっていたのは魔王だけどね。
「ああ! いくぞ!」
「こい!」
やっと本当に戦いが始まった。
勇者は一息で魔王の首に向かって横なぎに斬りかかりながら通り過ぎるが、その一撃は魔王が張ったバリアで防がれ、逆に剣が折れてしまった。
「ふん! そんな攻撃効くと思うな!」
魔王は座ったままの体勢でふんぞり返る。
それに気付いた勇者は剣の残った部分でバリアを叩く。
「……おぬし本当に勇者か!? 戦い方が野蛮すぎるじゃろ!?」
魔王は思わず素の口調でいった。
「勝てばよし!」
そういって勇者は叩き続ける。
「ひぃぃいいい」
だがバリアを破ること叶わず、剣は砕け散った。
「ふっふはは! 武器がなくなったな! もう怖くないぞ!」
怖かったのか、この魔王。
「ま、いっか。ふん!」
そういうと勇者はバリアごと魔王を殴り飛ばした。
「どんな威力じゃぁぁああああ!?」
魔王は入り口からみて右の壁まで吹っ飛び、土煙をあげてぶつかった。
「……勇者よ。なあ勇者よ」
土煙がはれ、出てきた魔王はしかし無傷。
それどころか普通に話しかけてきた。
「もう一度聞くぞ? 最初に見たときから思っとたんじゃが、本当に勇者か? 恰好もただの村人じゃし、戦い方も勇者っぽくないし……」
勇者っぽくないのは同意だが、たぶん勇者は聞いていない。
ただただバリアの攻略法を考えている。
「それにもう分かったじゃろ? 無理じゃよ無理。我のバリアを壊すことなんて無理じゃ。ほれおぬしの攻撃でもヒビすらはいっておらん」
そうはいっても魔王にもう演技する余裕はなくなっていた。
「……そうか」
何かを思いついたのか勇者は魔王に向かって走り出す。
一息で魔王のところまで来ると、魔王のバリアと同質のバリアを指先に作り、魔王のバリアを貫いた。
「いやぁぁあああああああ! バリアがぁああああああ!」
魔王、ビビる。
魔王は勇者に疑問を持ったが、こっちとしては本当にこれ魔王? って感じである。
「……無理か」
勇者がそうつぶやくと、バリアから指を抜き、後ろに下がる。
魔王のバリアにはもう穴などなくなっていた。
「なんじゃ!? なんなのじゃ!? なんでおぬしが我と同じバリアを使えるのじゃ!?」
魔王は考える『もういっそ逃げる手段はないものか』と。
「こっちとしてはなんでこんなバリアを常時はってられるかのほうが疑問なんだが……」
勇者は考える『この感じだとたぶん一生魔王を倒せない』と。
「言わぬなら良い! 今度はこっちの番じゃ! 手加減はせぬ! 『コキュートス』!」
魔王はもうすべてを終わらせたいという思いで自信が使える中でも最上級の魔法を放った。
『コキュートス』
地獄の最下層にあると言われる川の名前を関したこの魔法は、どんな生き物でもたちどころに凍り付かせるという恐ろしい魔法である。
たとえ勇者でも一瞬にして凍りついてしまうだろう。
しかし……。
「ふん!」
という声とともに氷を砕き、無傷で生還を果たす。
凍りついただけだった。
「おぬしは本当に人間か!?」
魔王の驚きももっともである。
凍り付いたのに無傷って何だ。
「これで終わりか?」
勇者は余裕綽々でそんなことをいう。
「ま、まだじゃ! 『コキュートス』! 『コキュートス』! 『コキュートス』!」
魔王は何度も『コキュートス』を放つが……。
「ふん! ふん! ふん!」
勇者は当たり前のように無傷だった。
「どうすればいいんじゃ……こんな化け物……」
ついには魔王に化け物呼ばわりされてしまう。
「これがお前の全力か?」
「そうじゃよ! 何か悪いか!?」
何も悪くはない。
ただ勇者が人間やめているだけだ。
「となると、俺はお前のバリアが破れない。お前は俺を傷つけられない」
「魔力切れを待っても無駄じゃぞ」
魔力。
この世界において魔法を使うのに必要な力だ。
個人差はあるが、この世界の生物すべてが持っている力でもある。
「我の魔力は無尽蔵にある。尽きることはない」
魔王はドヤ顔でいった。
どんなチートだ。
「だとしても俺のことを傷つけられなんじゃ意味ないけどな」
「おぬしだって我のこと傷つけられないじゃろ!」
ごもっともだった。
そうなると両者ともに相手を倒せないことになる。
といってもこの勇者で倒せないなら魔王を倒せる人類はいないし、この魔王で倒せないなら勇者を倒せる魔物もいない。
「おぬし死の魔法って効く?」
「効くと思うか?」
「じゃよね……」
そうなると魔王以外全部殺すか勇者以外全部殺すかになるが、勇者としてはそこまでやる気はなく、魔王としてもできれば働きたくない。
もうお手上げである。
「どうする? 勇者よ」
「どうする? 魔王」
「とりあえず、今日はもう遅いし、帰るか?」
「……そうだな」
「明日どうするか決めるかの」
「じゃあ、また明日同じ時間に来るわ」
「……うむ」
そうして勇者は帰っていった。
今日の結果、ドロー。
戦いでは決着がつかないことが判明した。
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