はじまれ


 魔王との偶然の出会いから少して、魔王の間で勇者と魔王は仕切り直していた。


「よくぞ来た勇者よ!」


 そういった魔王は三角巾にエプロンという恰好から、フードの付いた黒いローブを着て、フードで顔を隠すという魔王というより悪の魔法使いみたいな格好で玉座に座っている。


 まあさっきよりは雰囲気が崩れることはないので、いいんじゃないでしょうか?


「……ああ、うん」


 勇者は先ほどのいろいろと少し待たされたせいで完全に気が抜けていた。


「我こそ魔物たちを統べる王、魔王である!」


 それに気付かず魔王は続ける。


 というよりも勇者のことを見る余裕がないのかもしれない。


 だってずっと手のひらに書いてある文字を見ているのだから。


 ……カンペを使うのはいかがなものだろうか?


「……」


 それに気付いたのか勇者はさらに気が抜けた。


「さあ! わしと戦おうか!」


 ……さっき我って言ってませんでしたっけ?


 一人称ブレブレじゃないか。


「……さっき我って言ってたじゃん……」


 勇者も気付いたのか、魔王に聞こえないように呟いた。


 さすがに魔王に指摘することはしない。


 これ以上空気がブチ壊れたら戦いどころじゃなくなるだろう。


「どうした! おじけじゅいたのか!」


 かんだ。


 それはもう盛大にかんだ。


「……」


「……」


 両者無言になった。


 勇者はもう見てられなかった。


 人類最大の敵と言われた魔王が、エプロンや三角巾を付けて掃除したり、カンペを使ったり、一人称ブレブレだったり、かんだりしたら目をそらしてしまっても仕方がない。


 魔王はもうここから逃げ出したかった。


 勇者に生活的なところとか、記憶力が低いことだとか、いろいろ見られて恥ずかしくて仕方がなかった。


 もう最終決戦という空気じゃない。


 というより戦う空気じゃない。


「……勇者よ」


「……なんだ」


「……今日はやめにしないか?」


 ……魔王としてその提案はいかがなものだろうか?


「……そうだな。また明日くる」


 ……勇者としてそれを飲むのはいかがだろうか?


 そして本当に勇者は帰ってしまった。


 魔王は恥ずかしさでベットに潜ってしまった。


 なんだこれ。







 次の日。


 勇者は前日とほぼ同じ時間に魔王城を訪れた。


 今日は昨日とは違い最低限の荷物だったこともあり、片道一時間半で着いた。


「……」


 魔王城を見ていると昨日のぐだぐだが思い出される。


 さすがに今日はあんなことにならないだろう。


 勇者は扉を開け、他の部屋には目もくれず魔王の間に向かう。


 昨日と同じように敵もいなければトラップもない廊下をすすみ、無傷(当たり前だが)で魔王の間についた。


 しかし魔王はいなかった。


 勇者は帰りたい衝動に駆られたが、思えばいつもここにいるほうが変なのだ。


 別に時間を決めていたわけでもない。


 待っていればいつか現れるだろう。


 よって勇者は魔王が来るまでここで待つことに決めた。



 三十分経過。



 魔王はやってこない。


 まあまだ三十分だ。


 時間を考えれば今はおやつ時、もしかしたら何か食べているのかもしれない。



 さらに三十分経過。


 

 魔王はまだやってこない。


 一時間たったがそろそろだろうか?


 おやつを食べ終わり、食器を片付け、ここに向かっていることだろう。



 さらにさらに三十分経過。



 魔王はまだまだやってこない。


 さすがに遅くないか?


 勇者という侵入者がいるのにやっと来ないのを考えると少しこの城の警備のほうが心配になってきた。



 さらにさらにさらに三十分経過。



 魔王はまだまだまだやってこない。


 さすがに勇者もしびれを切らしてきた。


 このままいけば太陽も沈んでしまうかもしれない。


 ここで勇者、魔王を探すことを決意する。







 すべての部屋をしらみつぶしに開けていく。


 魔王の間のある二階の部屋から一階の部屋、三階、四階、五階の最上階、右の塔に左の塔。


 何個も何十個も何百個も開けていく。


 広間厨房何もない部屋何もない部屋何もない部屋何もない部屋……ほとんどの部屋が何もない部屋だった。


 そのくせ妙に掃除されている。


 しかし魔王はいなかった。


 この広い城の中だ。


 見落としているのかもしれない。


 もう一度同じところを探していく。


 しかし魔王は見つからなかった。


「……さすが城、広すぎる」


 魔王の間に戻ってきた勇者は一人ぼやく。


 さすがの勇者も疲れが見え、独り言も増えだした。


 まあこの勇者は一人でいるときのほうが口数が多いのだが。


「どこにいるっていうんだよ……もしかして外か? 城にいないのか? あーもうヤダ」


 勇者はすべてが嫌になり、床に寝転がる。


「……この城壊しちゃおっかなぁ……」


 ついには勇者にあるまじきことを考えだした。


 魔王城だとしてもやめてもらいたい。


「あああああああああああああ」


 勇者はごろごろごろごろと床を転がり続ける。


 勇者のくせに魔王城でいったい何を遊んでいるのだろうか?


「あ」


 そんなことをしていると、勇者が何かに気付いた。


「……まさか」


 勇者は玉座に近づき、玉座の後ろにあるカーテンを開ける。


 そこには扉があった。


 勇者は扉に耳を付け、中の音を聞く。


「くぅーうへへへへ……くぅ」


 寝息が聞こえた。


 どう考えても中にいるのは魔王だが、勇者はそれを考えたくなかった。


 扉を開け、中に入る。


「うはははは……我が魔王じゃ……」


 やっぱり魔王が寝ていた。


 しかもなんか幸せそうだった。


 まさかこの魔王、一日中寝ていたというのだろうか?


 なんて自堕落な生活をしているのだろうか。


 勇者が魔王に近づいていく。


「うへへ……部下がいっぱいじゃ……」


 そんな夢で幸せそうな顔をしないでほしい。


 勇者はそんな魔王の耳元に口を持っていき、


「起きろ!」


 と声に魔力を宿して大きな声で怒鳴った。


 この技に勇者は名前を付けていないが、弱い魔物ならこれだけで消滅し、ドラゴン相手でも一定時間ひるませる効果がある。


 もちろん人間にやったら耳が聞こえなくなるぐらいじゃ済まないだろう。


「……ふぇ?」


 しかしそこは魔王。


 ダメージはないらしい。


「……なんで……勇者……?」


 起き抜けの頭では状況が理解できないのか、あくびをしながら疑問を口に出した。


「何で勇者!?」


 そして自分の言葉で状況を理解したのか叫び出す。


「オイコラ勇者! 乙女の寝室に勝手に入るとか何を考えているんじゃ! バカか? バカなのか!?」


 魔王は顔を真っ赤にしながら叫び続ける。


「お前こそ何を考えてるんだ? 俺、昨日言ったよな? また明日くるって。いま何時だ? 言ってみろ」


 勇者もいろいろあって頭に来てるのか少しキレながら言い返した。


「いま!? ……てへっ!」


 魔王は時間を確認すると舌を出してかわいい顔してごまかそうとする。


 まあもちろん無理だが。


「昨日はお前の都合でなしにして今日はお前の都合でなしか!? またここに来なくちゃいけない俺の気持ち考えてみろ!」


「しょうがないじゃろ? しょうがないじゃろ!? 起きれなかったもんはしょうがないじゃろ!?」


「しょうがないってことはないだろ!? そもそもこんな時間まで寝てるってことがおかしい!」


「おかしくありませんー」


「おかしいですー」


 みなさんこれが勇者と魔王です。


 勇者と魔王の口喧嘩です。


 なんて幼稚な口喧嘩でしょう。


「あーもう! 今日は帰る! 明日また来るからな! 明日こそは戦いだからな!」


「何時じゃ!? 何時に来るんじゃ!?」


「二時ぐらい!」


「わかった!」


 何だいまの会話。


 仲良しかよ。


 そうして勇者は帰っていった。


 魔王はまた寝た。

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