第一章
第一節
はじまり
この世界の勇者の中で最強と呼ばれる勇者はぼっちだった。
その勇者は仲間を作ろうとはせず、いつも一人で黙々と魔物たちを狩っていた。
ゴブリンなんて一撃で、ゴーレムだって一撃で、ドラゴンですら楽々と狩っていた。
周りからは『強すぎて仲間なんて必要ないからぼっちなんだ』とか、『強すぎて俺たちを見下している』とかいろいろ言われている。
たまーに酒場で話しかけるものたちもいるが……。
「なあ勇者様! 楽しくやっているか!?」
「……」
「この前の話聞いたぜぇ国を襲いドラゴンの群れをたった一人で駆逐したそうじゃねぇか! 流石だな!」
「……」
「んで? 何飲んでんだ? ミルクか?」
「……」
「あー勇者様?」
「……」
「聞こえているのか? おーい」
「……」
「……」
「……」
会話にならない。
そのため酒場で勇者に話しかけられるものはある意味勇者と呼ばれている。
酒場以外、それこそ王様相手だって……。
「勇者よ! よく国を救ってくれた!」
「……」
「あの巨人どもを一人で葬ったと聞いたときは驚いたが、おぬしがあの勇者だというのなら話は別だ!」
「……」
「……あーそういえばおぬしはいま十五歳だそうだな? 実はわしの娘も同い年でな。どうか?」
「……」
「勇者よ、聞いているか?」
「……」
「おーい勇者よ」
「……」
「……首ぐらい動かしてはどうだ?」
「……」
「……」
「……」
こんな調子。
しゃべらない。
圧倒的にしゃべらない。
そう無口なのだ。
圧倒的に無口なのだ。
それこそ勇者の声を聞いただけで自慢できるほどに。
ただ別に勇者は好きで無口なわけではない。
先ほどの酒場での会話を勇者側の心情も交えて見てみよう。
「なあ勇者様! 楽しくやっているか!?」
(ヒィ! 知らない人に話しかけられた! どうしよう……どうしよう……この人顔怖いし、何されるか……)
最強の勇者が何を思っているんだ。
何されても余裕だろ。
「この前の話聞いたぜぇ国を襲いドラゴンの群れをたった一人で駆逐したそうじゃねぇか! 流石だな!」
(……いったい何を話せばいいんだ……どうしようどうしよう……ドラゴンのこと言ってるし、そんな感じの話題出せばいいのか? えーと……ドラゴンの血って浴びると案外暖かいですよねぇ……とか?)
ドラゴンの血の話とかされても相手は困る。
この勇者話題のチョイスが微妙である。
「んで? 何飲んでんだ? ミルクか? こんなところに来てまでミルク飲んでんのか?」
(あーダメだ。何を話していいかわからない。こんなんだから仲間出来ないんだよ)
「あー勇者様?」
(もっと気の利いたことを話せるようになれればなぁ……)
「聞こえているのか? おーい」
(無理だ。諦めよう)
諦めんなよ!
と、このようにすべての会話で考えすぎてバカになっているせいで会話が成り立たず、仲間も作れず、ぼっちになっていったのだった。
勇者いわく『自分から話しかけるなんて論外だし、話しかけられても何話せばいいかわからない。ならいっそ黙っていたほうがいいような気もする。ただ仲間はほしい』だそうだ。
とりあえず仲間は諦めたほうがいいかもしれない。
さて、そんな勇者だが魔王城の前で一人、頭を傾げていた。
「……?」
『おかしい』と勇者は思う。
魔王城の周りには魔物が全然おらず、近くの村から徒歩二時間で着いてしまった。
数日分の野営の準備がたたのお荷物になってしまった。
荷物を持って二時間歩いてって勇者はハイキングでもしていたのだろうか?
こんなことなら村人にもっと詳しく聞いておけばよかったのではないかと思うが、情報収集なんて高度なことこの勇者にできるはずがない。
とりあえず中に入る。
開けた瞬間魔物が襲ってくるかと思ったが、そんなことはなかった。
ただ妙にきれいな大広間が広がっているだけだった。
よく見ると隅の隅までしっかり掃除されている。
よほど腕のいいメイドでも雇っているのだろうか?
勇者はそのまま進む。
どんどん進む。
道中トラップもなければ魔物もいない魔王城。
ここは本当に魔王城なのかという考えが頭をよぎるが、ここが魔王城のはずと自分に言い聞かせる。
ながーい廊下を歩いていると、何かが聞こえてきた。
「……ふ、ふ……ふ……ん」
どうやらやっと敵が現れたようだ。
勇者は警戒して声がする部屋に向かう。
「ふふふーん、きれいにーふふふーん、おそうじー」
部屋の前で聞こえてきたのはそんな歌。
たぶん自作の歌だろう。
掃除してたらテンション上がってしまいましたって感じの歌だ。
なんというか正直言うと下手である。
もしかしたら敵ではなく、ただのメイドかもしれないと勇者は思ったが、中に魔物の気配があるので、たぶん敵だろうということで勇者は部屋に乗り込んだ。
「……ひっ! 誰じゃ!?」
中にいたのは見た目が勇者と同じくらいの年の角の生えたかわいい女の子だった。
詳しい種族はわからないが、人型の魔物だ。
人間にそのまま角付けた感じになっているが、魔物である。
ついでにこの勇者、人間相手ではあんな感じだが、魔物相手ではたとえどんな見た目でも普通に話せる。
勇者いわく『だって魔物だし』
「俺は勇者だ。抵抗するなら容赦はしない」
こんな感じで平常時もできたなら仲間なんて作り放題なのにね。
かわいそうに。
「お前は何者だ」
『三角巾にエプロンにホウキ……どう考えてもメイドだろう……』と思いながらもとりあえずセオリー通りに正体を問う。
「ふっ……聞いて驚け! 我こそはこの城の主! 魔王である!」
魔王だった。
メイドでもなんでもなく魔王だった。
三角巾にエプロンでホウキを持っていても魔王だった。
「さあ! 恐れおののくが……」
そこまで言って魔王が自分の格好に気付いた。
「……仕切り直していいかの?」
「……ああ」
「この部屋を出て、まっすぐ行くとな? 大きい扉があってな? そこが魔王の間じゃから、少し待っててくれんか?」
「……わかった」
……人類の存亡をかけた勇者と魔王の出会いが本当にこれでいいのだろうか?
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