第二部「覚醒」 第七章「ライオンの抱擁」

“今回はどうやら参加できそうだ。楽しみにしているよ。オールドボーイズへ。トミー”

送信、これでよし!

 俺はメールを閉じて椅子に背を伸ばすと、グルリと一回転、窓の外に目をやった。なかなかの眺めだ。世界を足下に見おろすというわけにはいかないが、新宿の高層ビルに執務室を持ち、世界企業で一つの事業部を率いているのは世間並みでいえばまあ、成功と呼んでもいいだろう。


 考えてみると俺はいつも闘っていた。

子供の頃すでに、相手がたとえ年上でも負けるのは嫌で、頭からぶつかっていた。学生時代の友人は今ではオールドボーイズと呼び交わして暖かい交流が続くが、当時は勉強にスポーツに激しいライバル意識を燃やしたものだった。

社会人として世界有数の建設重機メーカーに入社してからも、常に最も競争の厳しいポジションを求め、入社3年後には希望して海外に飛び出した。今にして思えば、柔な日本人では物足りなくて、歯ごたえのある相手を無意識に欲していた、ということだろう。

外の世界は広く、様々な人々がいた。最初に赴任した中東ではアラビア語を学び、オイルマネーをバックに羽振りを利かすアラブ商人と渡り合い、商売のイロハを教わった。アメリカでは最強のライバル、キャタピラー社と火花を散らしながら、鉱山主相手に超大型ダンプを売りまくった。これらの実績が認められて派遣されたヨーロッパではベルギーに居を構え、経済国境なき大陸を縦横に飛び回り、売り上げを2倍に伸ばすことができた。

勝利もあり敗北もあった。成功に酔い、失敗に学び、経験を積みながら、一歩一歩今の地位を築き上げていった。しかしそれでもまだ完全に思いが満たされたわけではなかった。俺はもっとやれる、何かがまだ俺には欠けている。それをみつけ出して自分のものにできれば誰にも負けないはず。そんな思いが熾き火のように胸の奥にチロチロと息づいていた。

そしてその火はロシアの大熊たちと相対したとき、炎となって燃え上がった……そう、転機はシベリアの大地で待っていた。


今から10年前、俺は大型ショベルローダーのクレーム処理でシベリア奥地の石炭鉱山に缶詰になり、奴らの無茶な要求と対峙することになった。ロシアの鉱山労働者たちが設計仕様をはるかに超える過酷な条件で散々走り回った上、ろくにメンテナンスもせずに壊してしまったショベルローダーの無償交換を求めてきたのである。

交渉がまとまらない限り、戻ってこられないかも知れない。誰もがしり込みするこのタフな交渉に俺は躊躇することなく手を上げた。

 奴らは日本人を、ちょっと凄めば何でも言うことをきく臆病者となめて切っており、これまでやってきた通りに机を叩いて重機の全数交換を要求した。第二次世界大戦末期、火事場泥棒のように北方領土に攻め込んできたのと同じ奴らのやり口に俺の血は滾った。

奴らが怒鳴ろうが、喚こうが俺は一歩も引かず、こちらの主張を貫いたので、とうとう交渉は最終日までもつれ込んだ。事態打開の糸口はいまだ見つからず「ひょっとしたらこのまま、シベリアの僻地に抑留されるかもしれない」と弱音の冗談がでるほど深刻な状況に陥った。

しかし、これが翌日にはきれいさっぱり解決してしまうのだから、人生は面白い。そしてドラマティックだ。


 夕食に出た牛肉が引き金だったのかもしれない。それまで一週間続いていたゴム草履のように固いステーキが、なぜかその日はひどく柔らかく感じられるのに気づいた。しかも、いい加減飽き飽きしていた牛肉がその夜はよだれが垂れるほどに美味しく、血の滴る生肉をかじっているような幻影に捉われ、妙に興奮したのである。

 夕食のあと、なおも続くその興奮を押さえきれずに一人、散歩に出かけた俺は全身、総毛立つ奇妙な感覚に襲われ、何かに引き寄せられるように町に隣接する森に飛び込んだ。そこで俺は自分の服を剥ぎ取ると地面に身体を擦り付けるように、むちゃくちゃに転げ回った。

そして俺はライオンになっていた。


俺は運命の変身を遂げたのである。

自分でも不思議だったのはライオンに変身したことが実に自然で、驚きのなかったことである。今や全てが明らかになった。なぜ自分が闘い続けなければならなかったのか。なぜ誰にも負けたくなかったのか。それは俺が百獣の王ライオン、名前の通り、獅子の血を受け継いでいたからなのだ。

 ツンドラの大地が逞しい四脚の下で静かに息づく。人間を限りなく矮小なものに貶めるタイガもその夜は俺を優しく迎え、いとおしく母のように包んでくれる。俺は森の奥に向かい、どこまでも野生の血のほてりを冷ますように走った。


 翌日の交渉ではもはや相手の怒鳴り声も、興奮して仁王立ちするその姿も気にならなかった。相手はたかが人間である。そして彼らの非は明らかである。王者は無法を厳正に処断せねばならない。外見は日本人獅子岡でありながら、身体の中には王者ライオンとしての力と勇気が溢れていた。

ロシア人たちも俺の中の何かを感じ取ったのであろう。俺が一声発するたびにお互い顔を見合わせて首を振るようになった。俺は一歩も譲らず、徹底的に押しまくり、相手の法外な要求を完全に粉砕してしまった。

最終的に彼らは俺が差し出す王者の取引、その中には彼らのいくらかの取り分、彼らが官僚社会の中で生き延びられるだけのものをみてやることは忘れていなかったので、その合意書にサインせざるを得なかったのである。しかし彼らもタフな交渉を終えて、内心ホッとしたことだろう。

後日、俺の上司に当局から、獅子岡だけは二度とよこすな、と電話があったとか。もっとも上司は笑いながらそう語っていたので、それほどまずい交渉ではなかったのだろう。そしてこの鉱山会社は今でもわが社の大のお得意である。

生死を賭けた戦いを求める俺の闘争本能の渇きはこうして癒され、異郷の地で才能が開花した。中東、ヨーロッパ、アメリカ、ソ連。アラブ商人、イギリス紳士、アメリカのエスタブリッシュと互角に渡り合い、販路を開拓することで若手一番の実力者として社内に名を轟かせた。


あっという間の20年、俺はついに事業本部長になってこの部屋を手に入れた。

しかし、世界中を飛び回る激務に身体は満身創痍、慢性の腰痛にくわえ、毎晩のように続く接待で血糖値上昇も危険領域にきている。

そんな俺のリラックス、リフレッシュの源は年に一度、家族で過すアフリカでの2週間の休暇だった。我が家のアフリカ旅行はロシアから戻って以後始まったものだが、初めて俺が“次のバカンスはアフリカにしたい”と言い出したとき、妻は強く反対した。娘がまだ幼かったうえに衛生状態が不安、それより地中海のクルーズかイタリアのグルメツアーがいいというのだ。渋る妻を何とか説き伏せてアフリカの大地に立ったとき、俺は妻に秘密を打ち明けた。

今では妻も娘もアフリカが大のお気に入り、なかでもライオンパパと一緒に散歩する早朝の草原は最高のひと時である。いつか、朝日を浴びながら娘を背中に乗せて歩いたとき「わたしも大きくなったら、パパみたいなライオンさんになれる?」と聞かれて困ってしまったが、こればかりは神のみぞ知る、だ。

俺は現地のライオンたちの縄張りを荒らさぬよう気を使いながら、何度か狩りも試みたが、残念ながらこれはうまくいかなかった。本物の雄ライオンは普通、狩りには参加しないといわれているが、確かにこの身体の重さではガゼルなど敏捷な小動物を捕らえるのは難しい。

かといってもっと大きい相手となるとさすがの俺も二の足を踏む。百獣の王にピッタリの相手はアフリカバッファローだが、何しろこちらは経験不足であり、あの真っ黒な小山のような巨体に向かうと正直いって身震いする。

それでもいつか、俺の中の野生の血に駆り立てられてやつらに向かって跳躍していくことになるのではないか、そんな気がする。そんな日を夢見る。きっとそれはリタイア後のことだろう。アフリカの大草原でバッファローと対峙することを思うと興奮に打ち震える。


しかし、そのためには俺の後を継ぐ者を育てなくてはならないのだ。

だから俺は部下に厳しい。この地位は自ら闘って勝ち取ったものなのだから、部下たちにも同じことを要求する。容赦しない。欲しいものは自分で奪い取れ、と叱咤する。

教育というよりしごき、愛情あるしごきである。断崖からつき落として這い上がってくる子だけを育てるといわれる獅子と同じ。ビジネスのジャングルにいきなり放り込んで、生き延びたものだけを引き上げる。

そんな俺に、ボス自身がそうやって道を切り開いてきたのだから、と部下たちは納得してついてくる。もっとも俺の耳の届かないところでは様々な、そう、怨み混じりの声があるのも事実だ。

「一歩も引き下がるなと後ろから吼えられると、本当に生きた心地がしない」

「いい加減な報告を持っていった日には、食い殺されてしまうような迫力がある」

「競争相手を出し抜いてサウジの契約をとったときは、よくやったと抱きしめてくれたが、あの抱擁の苦しかったこと!」

それでも部下たちは一頭の獅子に指揮された百頭の子獅子よろしく、一致団結どんな僻地でも、危険な場所でも勇躍、赴いてくれた。それはいざとなったら獅子岡が必ず助けにやってくる、と信じていたからだ。

そして俺はこれまで一度も、部下を裏切ったことはなかった。

もうしばらくは頑張らないといけないな、せめて子獅子が若獅子になるまでは。

そのとき、携帯電話が鳴った。


「シシオカさん?アナタの部下が武装勢力に拘束された」

 イラクにいる情報源からの知らせだった。現地でもまだこのニュースは押さえられているということだが、イラク復興のために現地入りして働く俺の部下が地元の反米組織に拉致されたというのだ。具体的な要求はまだないが、いずれにしても大問題になる。そして残念ながら日本政府にはほとんど解決能力はない。

俺はその夜、サウジ向けの飛行機の中にいた。飛行機が東京湾を旋回して高度を上げているとき、下界の明かりを見ながら、今回も木更津の例会には参加できなくなってしまったな、とぼんやり考えていた。

「他に選択肢はない。あいつらは俺が来るのを待っている。何か起ったら俺が助けに来てくれることを信じて、イラクに行ったのだから」

サウジで現地駐在員の出迎えを受けてホテルに入り、さっそく作戦会議を招集した。俺が到着した時点で日本人が武装勢力に拉致されたことはマスコミに伝えられていた。日本政府は現在、情報の収集に全力を挙げており、慎重に事態に対処する旨、発表がなされていた。いつもの通りだ!

政府に助けを期待できればどんなに楽だろうか、そう思いながらもないものねだりと分かっていたので、俺は地元の情報源と接触を持つと同時に人質交渉専門会社とも協議を開始した。彼らは商売柄、真っ先にこうした情報を手に入れているのだ。

これらを総合しておおよその事態は把握できた。

俺の部下たちを拘束したのはどちらかといえば宗教的情熱に煽られた若者グループで、プロではない。しかしその分、簡単に金だけで解決できる相手でもなさそうだった。彼らはアメリカ軍とそれに協力する日本人のイラクからの撤退を求めていた。

更に悪いことに、部下の一人が襲撃を受けたとき負傷したらしいとの情報も入ってきた。時間との勝負だ。

決めた。俺が前面に出て交渉を取り仕切り、金で部下を解放させるしかない。これまで俺が本気でかかって、交渉に失敗したことはなかった。異様なくらい興奮してきた。

久しぶりに変身するかもしれない、そんな考えが頭を掠めた。

もしそうなったらどうする?身を隠すものもない砂漠の真ん中だぞ。まあ、そのときはそのとき。一度に一つずつ。同時に二つのことに悩んでもいい結果は得られない、というのがビジネスから学んだ俺の哲学だった。

俺は人質交渉のエージェント、現地情報屋と共にひそかにイラク入りした。バグダッドから、誘拐グループと連絡をつけたとの知らせを受けたからだ。日本政府の交渉は全く進展していなかった。およそ一日、ホテルで足止めを食った後、ようやく奴らとの交渉の段取りがついた。そのときまでに社長から無制限の身代金支払い許可を得ていた。


交渉の場はバグダッド市内の某所、そこまで車でいき、あとは目隠しをされて迷路のような通路をエージェントと一緒に連れまわされ、とある建物の一室に導かれた。

目隠しを取られると目の前には自動小銃と手りゅう弾で武装した連中8人とその後ろに俺の部下が3人、不安そうな顔つきで床に座らされていた。一人は腕に包帯を巻いていたが、心配したような重傷ではなさそうだ。俺はホッとため息をついた。

部下たちは俺の顔を見た途端に泣き出しそうな顔になった。

「落ち着け。必ず来ると言っていただろう。すぐに自由にしてやる」

 そう部下たちに声を掛け、落ち着かせると、俺はエージェントと打合せの通り、ビジネスライクに解放の条件を切り出した。我々にはなんら政治的意図も宗教的対立もない。一体いくら出せばいいのだ、と。

しかし、彼らはなかなか核心に入らなかった。金の問題じゃない、というポーズをとってアメリカ軍の撤退を求める公式見解を繰り返すばかりであった。

「そんなこと、この私に約束できないのはわかるだろう。私は部下を救いに来ただけだ。言われる通り、身代金を払う用意はある。それに日本の自衛隊はイラクのためになることをやっていたんだ。イラクの人民に一度たりとも銃を向けたことはない。自衛隊が握るのはブルドーザーの操縦桿であり、給水車のバルブだけなのだ」

 しかし彼らは聴く耳を持たなかった。話を始めて一時間、なんら進展なく交渉は行き詰った。ここで引いては部下が参ってしまう、と迷ったがこれがアラブ流、エージェントの目配せを察知して頷いた。彼は「交渉は一回では解決しない。何度も日参して信頼感を高め、条件を詰めていくことになる」と予言していたのである。

「必ずここに戻ってくる。心配するな」

俺は部下に約束した。

再び目隠しをされ、車のところまで15分、歩かされた。そして俺たちが車に乗ろうとしたその瞬間、爆音が聞こえてきた。上空にF15が2機、超低空で侵入してきたのである。

まさか、我々の交渉が察知されていたのか。その場は大混乱になった。皆それぞれ近くの家陰に潜んだ。俺は一人になっていた。

「まずい。奴らは俺たちが罠を仕掛けたと誤解して部下に危害を加える恐れがある」


 そのときすでに、俺は変身していた。

 誰もが混乱して、俺のことには気づいていない。俺は自分の臭いをたどって武装グループのアジトを目指した。やつらが人質に危害を加えようとする前に止めなければ。

 5分でやつらと会った建物を探り当てた。しかしそこは既にもぬけの殻だった。

 そこから俺は部下の臭いをたどった。わが社員は皆、かぐわしい油圧油の香りがするのである。そして幸いにも彼らは上空からの攻撃を警戒して、迷路のような街角を徒歩で移動していたのだった。ついに俺は彼らに追いついた。

俺は奴らが潜む家に近づき、一瞬迷ったが、そのまま玄関から入っていった。臨機応変が俺の得意技、あとは出たとこ勝負だ。武装グループは廊下を近づいてくる俺の姿を見て凍りついた。

なぜこんなところに巨大なライオンがいるんだ?メソポタミアの大地から野生のライオンが消えて千年以上たっているのに。

突然、自動小銃が火を噴いた。おびえた一人が俺をめがけて引き金を引いたのだ。

よける暇はなく俺は全身で銃弾を受け止めた。何発もの弾丸が身体に食い込むのを感じた。しかし不思議に痛みはなかった。全身の筋肉が銃弾に抵抗して弾み、そしてそのまま銃弾を跳ね返してしまった。まるでわが社の自衛隊特別仕様の装甲ブルドーザーのタイヤのように。

俺はゆっくり首を振ると銃を発射した男を睨みつけた。

3人の男が武器を投げ出してしゃがみこんでしまった。

それを見て方針は決まった。

俺はその場に直立した。

「メソポタミアの獅子の子たちよ」

 俺は穏やかに話しかけた。

 全員が武器を捨て、地面にひれ伏した。

 

“メソポタミアの獅子の子たち”、イラク人でその言葉を知らぬ者はない。彼らが誇るサッカーのイラク・ナショナルチームメンバーの愛称であり、イラクの男である限り、こう呼ばれたいと思わない男はいないのだから。

「日本人を解放しなさい。彼らはイラク復興のためにやってきたのだ。彼らの軍隊がこの地で、同胞の血を流したことがあっただろうか。彼らは我々のために、彼ら自身の汗を流しただけではないか。

お前たちがどれほど勇敢であるか、私はよく分っている。しかし、世界を敵に回して闘うわけにはいかない。日本人は信頼に足る民族だ。中東の地で手を汚していない数少ない先進国でもある。日本人を解放するのだ。これはお前たちの父からの頼みである」

 俺はそう語りかけた。いや、少なくともそのつもりだ。俺のつたないアラビア語がどこまで通じたかはよく分らない。しかし彼らが「メソポタミアの獅子」の話す言葉を一言一句逃さず聴き取ろうと必死だったのは間違いない。

「自分たち以外はみな敵だ、と叫んでいても真の敵を喜ばすだけだ。いかにして味方を見つけるのか、が重要なのだ。誇りを持って正しく向かい合えば、必ず信頼できる味方は現れる。自ら可能性を狭めてはならない。それがメソポタミアの地で6000年の間、生き抜いてきた我らの知恵ではないか」

 俺は話し終え、彼らの反応を待った。

一呼吸、二呼吸、三呼吸、熱い沈黙が続いた。やがて彼らの中から最も年長と思われる男が前に進み出て、口を開いた。

「メソポタミアの獅子たちの父よ。われらは感謝します。あなたがわれらの前に現れてくれたことに。あなたはアッラーの信仰より古くからこの地を守る、われらの父親です。

あなたが去ってしまったあと、この地は戦乱にまみれました。そしてそれは今も続いています。しかし、今日、あなたは戻られた。この地に平和が戻る印として神に使わされたのだと信じます。

決して平和への道は平坦ではないでしょう。しかし今日、私は、そしてここにいるあなたの息子たちは信じます。われらの味方は世界中にいると。私たちは真の敵を見失わず、また友を失わないようにします。私は日本人を解放することを約束します」

長老の言葉を聴いて拉致犯の若者たちは急にオイオイ泣き出してしまった。俺の部下もそのやり取りをおぼろげながらも理解して、助かることを知ると泣き出した。

俺は身を翻して家を抜け、車まで戻った。そして変身が終わるのを待つと、俺を必死で探していたエージェントと素っ裸で対面した。

「ズボンを貸してくれ。さっきの戦闘機の爆風で吹っ飛んでしまった」


俺はサウジの空港で部下たちと再会した。

武装勢力はあのあと二時間後に無条件で日本人を解放した。もちろん俺の行動は永遠に秘密のベールに隠れたままになる。マスコミはもっともらしく裏取引に言及したが、そんなものは何もなかったのだ。メソポタミアの獅子とその息子たちの約束以外は。

俺は全員をガッチリと抱きしめた。


「素晴らしい光景ね。それにしても単身、中東に飛んで人質解放の指揮を執るなんて、獅子岡さんってすごいわね」

ママがウットリしたようにつぶやく。

「あいつは昔からあんな男だった」

 悟が頷く。

僕たちは、獅子岡が解放された部下たちとかたく抱き合う様子を“メタモルファ”で一杯やりながら、生中継で見ていたのだ。

「今回はすっぽかされたけど、来月の飲み会で会えるのを楽しみにしよう」と大河。

「早く会ってみたいわ。あのたくましい腕でハグされてみたい!」

 ママが意外に真剣そうに言ったので、大河はちょっぴりライバル意識を燃やしてテレビをキッと睨んだ。

 そんな大河の様子に気づいていないママはちょっぴり不満そうに続けた。

「それにしても、例会の日はいつも何か動物がらみの事件が起るのだけど、今回は普通の事件だったようね」

 

もちろん、ママは間違っていたのである。


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